天上のアオ 26
わたしと少年の視界いっぱいに「塔」がそびえ立つ。
ついに目の前まで来た。
少年と顔を見合わせる。
言葉はない。
わたしが頷くと、少年は眼の前にあった小さな十字架に触れた。
その途端、周囲の十字架が一斉に動き出した。石のこすれる音があたりに響き渡る。十字架たちは元の配置から組み変わり、入れ替わり、やがてわたしの身長よりも少し高いくらいの入口を作った。
少年は何も言わず、十字架でできたアーチをくぐり、「塔」の中へ入っていく。わたしもそれに続いた。
中は暗闇だった。
いや、正確には暗闇の空間で何かが光っている。
わたしたちは明かりの方向へ進んでいった。
やがて見えてきたのは、横倒しの丸太に座る誰かの姿。
空間をぼんやりと照らす明かりは、どうやら焚き火のようだった。
焚き火の前に座る人物が振り向く。まるでわたしたちが来るのを待っていたかのように。
「ここに来るなら君だろうと思っていたよ」
彼と同じ声。同じ姿。いや、現実の彼よりもいくらか年を取っているように見える。
「あなたは…」
「驚くのも無理はないな。俺は…そうだな、そこの子と似たような存在だ」
お面の少年を顎でしゃくって見せる。
「まあこっちに来いよ。どのみち上に行くならここで立ち止まる必要がある」
少年とわたしはそれぞれ違う丸太に座った。ちょうど三人で三角形を形作るように焚き火を囲う格好となった。
「あまり納得していないような顔だな」
「あなたが単なるパーツでないことはわかる。けど内なる子どもと同質の存在が複数いるなんて聞いたこともない」
「相変わらず君は整合性を重んじるんだな。大事なのはここが人の心の中だということだ。心を普遍的に記述する統一理論は存在しない。このシステムは外界から摂取したいくつもの理論や概念が組み合わさって構築されている」
彼は一旦言葉を切った。
「正確に言えば、俺はそこの子の一部だったものだ。特定の記憶が分化した存在。パーツの成り立ちと似ていなくもないな」
内なる子どもが持つ記憶や感情のさらに一部分が切り離されて生まれた。たしかにその成立過程は、特定の感情を司るために生み出されたわたしたちパーツと近しい。
「あなたの存在については理解した。だけどどうしてここにいるの?」
「君が来ることを期待していた。もっと言えば、この塔に立ち向かえるだけの存在が来ることを待っていた」
「どうしてわたしなの?」
「薄々勘付いてはいるだろうが、君の存在は『彼』というこの世界の中において特別なものになっている。そしてそれだけにとどまらず、君は外界にすら影響を及ぼす存在になりつつある。それだけの存在強度があればここに来ても大丈夫だろう。それが理由だ」
命を繋げて以来、感じていた違和感。本当にわたしはパーツなのかという疑い。でも、それって。
わたしの中に芽生えた想像を制するように、彼は掌を突き出した。
「考えすぎるのはこの世界に住まう者すべての悪癖だ。そして君が何を想像したかはだいたい検討がつく。が、心配しているようなことにはなっていない。君はどこまで行ってもパーツであって『人格』ではない」
その言葉に安堵した。
わたしの最悪の予想は外れたらしい。
パチパチと薪の爆ぜる音が今更になって響く。
罪が折り重なって生まれた場所の中にいるのに、ゆったりと落ち着いている。でもその理由というか、訳はなんとなくわかっていた。
これは前提なんだ。
彼の罪は内側のわたしたちが内側で処理すれば済むものではない。外界で彼と彼以外の人との間で対話をしなければならない。そこで罪を重ねずに現実を進めるためには、この世界が安定している必要がある。
「どうだ。ゆっくり話でもして待たないか。どうせ外側の時間で数ヶ月はこのままだ」
もっともこの場所に時間は存在しないがね。
彼はそう続けた。
「いいよ」
「そうか。良かったら君の話を聞かせてくれないか。君がここに至るまで何を体験して、何を感じてきたのかを」
「わかった。…そうだな、まずは」
わたしは話し始めた。