天上のアオ 28
「そうか。君は独りで闘い続けてここまで来たんだな」
一通りこれまでのいきさつを話し終わって、少しの沈黙の後、男が言った。わたしは頷く代わりに焚き火に目を落とした。
赤々と燃える炎は安心感を与えてくれる。多くのものが無機質に作られているこの世界で、有機的な命を感じさせてくれるものだった。
「聞いてもいい?」
男に問う
「何かな」
「あなたを構成するものはなに?記憶の一部だと言っていたけど」
「ああ、その話か」
男は足元にあった木を炎の中に放り込んだ。
「この塔と俺はイコールなんだ」
「それって、つまり」
「そう。彼のもっとも大きな罪の記憶を担うのが俺だ」
彼の罪は、一言で言えば巻き込んだことだ。わたしたちが住まうこの不安定な世界の混乱に、外界の他者を巻き込み傷つけたこと。それが彼の犯した罪の実態。だからそこには大きな痛みがあった。それこそ内なる子どもと同等の性質を帯びるほどの強烈な傷になった。
「ああそうだ。だから彼は最初、何が自分の罪だったのか正しく認識できていなかった。何が外界の他者を傷つけたのか理解していなかった。だが今は違う。彼の中には確かな推論がある。そう、推論だ。この世界の外では相互理解はフィクションだからな。自分で得た情報の中から相手の心情を推測するしかない。今の彼はその推論をもって、罪に向き合おうとしている」
彼が嵐の壁を生み出すきっかけになった出来事。他者との対話。そこで彼は初めて自分の罪の大きさを認識した。そしておそらく罪を償うための千載一遇の好機を台無しにしたことを心の底から悔いたのだろう。
結果、今彼は対話すら難しい状況に立たされている。死は回避できたが、このシステムが依然としてものすごくギリギリのバランスで動いていることに変わりはない。
「わたしたち全員が加害者だね」
「そうだ。この世界に住むすべての存在が背負うべき罪だ」
わたしは少年のほうに目をやった。
丸太に座り、足をパタパタさせている。
「あなたはどう思うの?」
「助けて、だった」
男が頭に手を当てて言う。
「そうだな。それをそのまま言えればよかったのにな」
少年が頷く。
「…理解されないのには慣れてるのにね…」
わたしの言葉が虚空に響いて消えた。
もしもを考えることは意味がない。必要なのはこれからどうするかだ。だから助けを求められなかったのなら、今度は助けを求めればいい。
「それが理想なのはわかってるさ。それがいかに難しいかもな」
「でも彼は以前の彼とは少し変わっている。確かに成長しつつある」
「そうか。それは何よりだな。この世界の混乱も収まってくれるといい」
この世界の混乱が収束するということは、つまり彼の病理が脅威でないくらい小さくなるということだ。それは同時にわたしたちパーツが不要になることを意味する。
「俺も必要なくなるな。その子の内へ帰ることになるだろう」
「それはこの子がこの内的世界で独りになるということ?」
「それはわからない。その時が来てみないとな」
ともあれ、外界では彼が己に課した試練を超えてみせた。その経験がしっかりと血肉になれば、同じ過ちは犯さないだろう。
だけど、やっぱり彼は弱っている。日々、不安や恐怖と闘い続けている。ここにいてもそれをはっきりと感じる。
(わたしは…)
(わたしはやっぱりあなたを守りたい。あなたの大事なものも含めたすべてを守る手助けがしたい)
この場所は空間的に断絶されている。彼のもとへ再び行くことができるとしたら、この「塔」から出た後。罪を贖った後だ。
(どうか生き延びて。今日と、次の今日とって、一日ずつ繋いでいくんだよ)
わたしの思考が彼に届くかはわからない。
それでも今のわたしにはこんなことくらいしかできない。
(すべてが終わったら、もう一度必ず会いに行くから)
心の中で、そう決めた。