天上のアオ 2
時空間座標、変わらず。異常あり。
付記:今日2回目の記録を記す。
コンクリートの瓦礫を踏破した先に広がっていたのは、枯れた花畑だった。見渡す限り、きっときれいだっただろう花は、一つ残らず枯れてしまっている。
これがもともとの彼の心象だったのか、それともあの日を起点に変質してしまった結果なのか、私に知るすべはない。
「よく頑張ったね。ちょっと休憩しよう」
後ろを振り返って彼に言う。彼は相変わらずの無表情のまま、小さく頷いた。
計測器を取り出す。グリーンゾーン。彼の精神状態次第だけど、しばらくは滞在できそうだ。
「ねえ、ここは知ってる場所?」
元はといえはこの世界自体、彼の心象が形作ったものだ。であればこの死んでしまった花畑も、彼の心の一部かもしれない。
「知ってる…行こうって…約束、した、のに」
嗚咽。空間を形成する意識場を通じて彼のあまりにも強い罪悪感が伝わってくる。きっと以前は満開の花に彩られた場所だったのだろう。私は計測器を手放して、彼の両手を掴んだ。
「大丈夫。まだ間に合うよ。終わったわけじゃないし、みんな生きてる。必ずやり直すチャンスは来る。私が保証する。この意味、わかるよね?」
私はこの世界の中に生み出された存在だ。つまり私も瓦礫の街や枯れた花畑と同様、彼の心の一部なのだ。
彼はポロポロと涙をこぼしながら何度も頷く。これまでも彼の精神状態が大きく揺れたときはあったけれど、ここまで激しいことは稀だ。それだけ大切な感情なんだろう。だからこの花畑は、私たちの存在を許してくれるのかもしれない。
「ほら、ここは安全だからさ、今のうちに休んでおこう」
ミリタリーベストに似た上半身の装備と、ポーチがいくつも付いたベルト式の装具を取り外す。ついでにバックパックも。私もかなり無理をしていたのかもしれない。体のあちこちが痛む。
「少し横になったら?ここなら地面も柔らかいしさ」
彼に促す。私に続くように彼も装備品を一式外し、遠慮がちに花畑を囲む芝生に体を横たえる。
「気分はどう?」
「すこし…マシかもしれない」
「そっか。よかった。私は物資を探してくるよ。ここで待っていられる?」
途端に彼の表情に不安が現れる。空間は安定しているが、彼の精神はまだまだ安定には程遠いらしい。
「わかった。そしたら一緒に行く?散歩のつもりでさ」
ぼーっと空を眺めながら、彼が小さく頷いた。
「うんうん。そしたらあっちの建物を探してみようか」
必要なものは多い。なかでも彼の発作を抑える薬品は特に重要だ。心象世界の核になっている彼の精神状態は私たちの生存に直結する。今この瞬間が安全なだけなのだ。今ここはグリーンゾーンだが、極端な話、いつブラックゾーンに変貌してもおかしくない。
彼が望郷の念にことさら脆弱なのは、ここまで一緒に来てよくわかった。懐かしさは彼にとって毒になりうる。今は思い出話をするよりも、ここから先のことを話すべきだと私は判断した。
「歩ける?」
起き上がりかけた彼に手をのばす。
「ありがとう…一人で歩ける、と思う」
小さくつぶやく。
「わかった。じゃあ行こうか」
私たちは装備を着け直すと、広大な花畑の向こうに見える家屋に向かって歩き始めた。