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家族の感情表出について

副院長コラム「家族のちからを支援する」では、精神疾患・精神障害を抱える方のご家族のために行われる家族心理教育について簡単に書きましたが、今回はそこで紹介した感情表出についてもう少し詳しくご紹介したいと思います。

感情表出について

EE(感情表出、Expressed Emotion)とは、家族や近しい人が精神疾患を持つ本人に対してどのような感情を表出するかについて示しています。
ご家族の本人に対する感情表現の仕方は、病気の再発に影響を与えていることが分かっており、本人に対して、批判的、敵意的、感情的に巻き込まれた仕方での感情表現が強く見られることをEEが高い(high EE)、そうでない場合をEEが低い(low EE)と言います。

  • High EE(高い感情表出): 批判的、敵対的、または過干渉な態度。精神障害を持つ人に対して過度に感情的な反応を見せることが多く、否定的な発言や行動をしてしまい、それが再発リスクを高める要因とされています。たとえば、統合失調症やうつ病などの場合、家族の高いEEが病状の悪化や再発につながりやすいとされています。

  • Low EE(低い感情表出): より落ち着いた、受容的で共感的な態度。批判や過干渉を避け、本人の自立を尊重します。Low EEの環境は、精神障害の治療過程において肯定的な影響を与えるとされています。安定した回復を遂げるための環境として好ましいと考えられます。

高い感情表出(High EE)と家族の苦悩

High EEとは、以下のようなコミュニケーションをいいます。

  • 批判: 本人の行動や態度に対して、否定的な評価を頻繁に行う。例えば、

    • 薬の飲み忘れに対して「どうしていつも怠けてるんだ?」と厳しく責めてしまう。

    • 例: 本人が症状によって何もやる気が出ない時に、「もうあなたにはうんざりだ。もっと頑張るべきだ」「いつまでも家でゴロゴロするな」と言ってしまう。

  • 敵意: 本人に対する否定的な感情や態度が強く、時には怒りや苛立ちを表すこと。例えば、

    • 「あなたなんて産まなければよかった」「あなたがいなければ・・・」「あなたの病気のせいで私の人生は狂った」などの攻撃的な態度を取ってしまう。

    • 本人に否定的な感情が強く、無視してしまう。

  • 感情的過干渉: すべての行動に過度に干渉し、自立性を尊重しない。例えば、

    • 例: 外出しようとすると、「心配だから、あなた一人では何もできないから行かないで」と過度に保護的になってしまう。

    • 例:本人は仕事について一人暮らしすることを望んでいるが、「いつまでも家にいて良いんだからね」「そんなに頑張らなくても良いんじゃない?」と言ってしまう。

こうした感情表出の多い状況では、本人が感じるプレッシャーやストレスが増加し、それが病状の悪化や再発のリスクを高めるとされています。特に統合失調症や双極性障害などの慢性的な精神疾患では、家族の批判や敵意が増えることで、症状が悪化しやすくなります。

このように書いていると、家族が悪いと言っているように聞こえてしまうかもしれませんが、そのように言いたいわけではありません。

例えばご本人の症状が激しかったり、慢性的に辛い状況や状態が続いていたり、ご家族が育て方について後悔していたり、様々な要因の中でご家族もストレスやプレッシャーにさらされています。また、精神科医療は不透明で分かりづらく、正しい知識を得ることにも一苦労する領域ですから、ご家族の病気に対する知識が不足している場合などがあります。歴史的背景もあり、ご家族が精神疾患・精神障害を抱えていることについて周囲の人に相談が出来ず、孤立してしまうこともあるでしょう。

そういった状況、状態ではご家族にも余裕がなく、知識もなく、どのように接すれば良いのかも分からなくなるのは当然のことです。「私の育て方が間違っていたんじゃないか」という思いから、それを受け止めきれずに批判的・攻撃的になってしまう人もいれば、後悔の念から過保護・過干渉になってしまう人もいます。そのようにご家族も、もがいている中で結果としてhigh EEになってしまうことが多いように思います。

そうした状況を何とかするべくあるのが、家族心理教育です。必要なのは正しい知識を持つこと、孤立せず孤独にならないこと、適切な関わり方を学ぶことです。

家族心理教育で正しい知識と関わり方を学ぶ

家族心理教育では、病気、治療(薬やリハビリ)、本人への関わり方などについて適切な知識や方法を学んでいきます。家族が本人に対してどのように対応すれば良いかを学び、感情表出を低く保つためのコミュニケーション方法やストレスマネジメントを教えることが含まれます。これにより、家族のストレスやフラストレーションを軽減し、再発リスクを減少させることが期待されています。

具体的には、以下のような内容が行われます。

  • 疾患、症状、薬についての正しい知識を身につける

  • 批判や敵意を避けるコミュニケーション技術を身につける: 感情を適切に表現し、本人に対して批判的な言葉を使わない方法を学びます。

    • 例: 「どうしていつもダメなの?」という代わりに、「今日は難しい日だったね、でも一緒に乗り越えられるよ」といった表現を使う。

  • ストレス管理法を身につける: 家族自身のストレスを減らし、冷静に対応する方法を学びます。これにより家族が本人に対して過剰な反応を示すことを防ぎます。

  • 共感的理解を促進する: 本人の視点に立って物事を考え、彼らの感情を理解しようとする姿勢を強調します。これにより、本人が感じる孤独感や疎外感が軽減され、回復のサポートになります。

  • 社会資源について知る:経済的な支援制度、生活支援や就労支援の制度やサービスなどについて、知識をお伝えします。

このように、感情表出は精神疾患の治療や家族の対応において非常に重要な要素であり、家族心理教育によって適切な知識や対応を学ぶことが、本人の回復に大きく寄与します。

当院の家族心理教育では、精神科医、薬剤師、精神保健福祉士がそれぞれの専門性を活かして講義をするだけでなく、ご家族に参加していただくグループワークを中心にして実施しています。

低い感情表出(Low EE)とは

ではLow EEとは、どのような関わり方なのか説明します。Low EEとは、本人に対して共感的で落ち着いた態度を持ち、批判や過干渉を避け、本人のペースを尊重した感情表出です。例えば以下のようなコミュニケーションが含まれます。

  • 共感的理解を示す: 本人の感情や状況を理解しようとする態度を持つ。

    • 例: 統合失調症を持つ本人が不安定な時期にいるとき、「辛い時期を乗り越えるのは大変だけど、少しずつ一緒にやっていこう」と優しく励ます。

    • 例:「そういう状況で辛く感じて投げ出したくなる気持ちはわかるよ。まずは主治医やソーシャルワーカーに相談してみたらどう?」と促す。

  • 自主性を尊重する: 本人が自分のペースで日常生活を送ることを尊重し、必要なときにサポートを提供する。

    • 例: うつ病を持つ本人が活動的でない日があっても、「今日は休んでも大丈夫。明日また頑張ればいいよ」と見守る。

  • 安定したサポートを提供する: 感情的に安定し、急激な反応を避けることで、安心感を持てる環境を提供する。

    • 例: パニック発作を起こした本人に対して、「大丈夫、一緒に深呼吸して、落ち着いていこう」と冷静に対応する。

こうした感情表出の環境では、本人が安心して治療やリハビリ、訓練に集中できるため、病状が安定しやすく、再発リスクも低くなります。ご家族が批判や敵意を避け、共感的なサポートを提供することで、自分のペースで回復できるようになります。

精神疾患・精神障害を持つ本人を支えていくためにhigh EEからlow EEにすることが望ましいだけでなく、こうした感情表出の方法を身に着けたり、正しい知識を得たりすることは家族のストレスも減ることになります。本人を支えるために家族が自分自身を犠牲にしては本末転倒ですから、家族もストレスに対処し、余裕を持つことが重要になってきます。

正しい知識を身につけるために

このように書いてきましたが、通院している医療機関が家族心理教育をやっていることは少ないでしょう。そのような時には書籍学習が役立ちます。

本人・家族のための精神医学ハンドブック こころの病気のやさしい教科書

家族のための統合失調症入門

本人も家族もラクになる 強迫症がわかる本 ココロの健康シリーズ

新版 双極性障害のことがよくわかる本 (健康ライブラリー イラスト版)

うつ病の人の気持ちがわかる本 (こころライブラリー イラスト版)

当院のデイケアにもイラスト版の書籍が置いてありますが、こうした書籍はわかりやすく正しい知識が書いてあるのでおすすめです。ここにあげたのは一例ですので、検索してみてください。

アサーション・トレーニングについて

また、コミュニケーションについてはアサーショントレーニングもおすすめです。

コミュニケーションは主に4つのタイプがあると言われています。最初の3つとして

  • 相手に有無を言わせない攻撃的な態度

  • Noといえない受け身的な態度

  • 皮肉や遠回しな表現をする操作的、作為的な態度

これらが必要な場面は確かにありますが、どれか一辺倒ではコミュニケーションはうまくいきません。先程のhigh EEにも上記のような態度は含まれますよね。そうした時に、4つ目の相手の意見を尊重しながらも、自分の意見をちゃんと伝える方法があり、アサーティブな態度といいます。

当院のデイケアで実施しているアサーションSSTでは、レクチャーとロールプレイを通して、このアサーティブな態度を身につけるトレーニングを行っていますが、参加できない方には以下のような書籍を読んでみることをいつもおすすめしています。

三訂版 アサーション・トレーニング: さわやかな〈自己表現〉のために

アサーション入門――自分も相手も大切にする自己表現法

夫婦・カップルのためのアサーション: 自分もパートナーも大切にする自己表現

マンガでやさしくわかるアサーション

アサーティブな態度を身につけることは、精神疾患・精神障害を持つ家族が本人にどう接するかという点だけでなく、自分の夫婦関係、親子関係、友人関係、職場での人間関係など様々な場所で活かすことのできるものですので、おすすめです。

さいごに

私達は本人と医療機関スタッフだけでなく、ご家族もチームの一員であると考えています。

一番身近で本人を支えるご家族だからこそ、
「飲んでいる薬のことをもっと知りたい」
「本人の自立を助けるためにはどのような工夫が必要か知りたい」
「本人と接して感じたことを共有したい」
と感じたり考えたりするのは当然のことです。

家族教室では、本人を支えていく上での知識を得て頂くことと共に、ご家族同士の交流を通してご家族自身がエンパワメント(その人が持っている力を引き出そうとすること)されることを目指しています。

医療チームのメンバーの中で、ご家族だからこそできることがたくさんあります。この記事や当院の家族教室がその支えになれたらと思います。

当院家族教室のお知らせ
http://linksmental.com/hospital/family/

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