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Dr. スースの絵本が発禁になったのは日本人としてはむしろ喜んでいい話なのかも

最初に聞いた時はビックリしたけど、落ち着いて考えてみたら、まぁそうだよな、ぐらいのニュースだったわけだが。

ドクター・スースの絵本といったら、日本でもわりと知られているとは思うけど(追記:思っていたほど翻訳されてなくて、知らない人も多かったというのを発見した)、アメリカの子どもにとっては、必ず一度通る道…しかもハマる子どもはめちゃくちゃハマる不思議な絵本。

地元テキサスが大寒波に襲われ、停電やら水道管の破裂で有権者が凍えている時にカンクーンに行ってたロクデナシ上院議員のテッド・クルーズに至っては、「フィリバスター」と呼ばれる議案反対派の牛歩みたいな嫌がらせとして(この時はオバマケアと呼ばれる健康保険改革案の妨害)、国会でDr. スースの「帽子を被ったネコ」と並ぶ一番人気のひとつ「緑の卵とハム」をいきなり読みだした、ってエピソードが思い出されるな。

でもね、本当にDr.スースの本にハマった子どもだったら、この本をみなくてもそらでGreen Eggs and Hamくらい暗じられるはずなんだよな。だからコイツはDr.スースのファンだったことはないってこと。そんなお茶目な子どもだったはずがないw お目汚しゴメンってことでオバマ一家の朗読風景も入れときますね〜

相変わらず話が逸れて申し訳ないが、要するにDr.スースの本って、ストーリーがバカバカしくて、ありえない生き物が出てきて、韻を踏んだ造語だらけの文章のノリがよくて、エログロナンセンス(エロはないが)的で、アメリカでは児童書の古典シリーズになってるんだよね。もう少し歳が上の子向けの『きみの行く道』(河出書房新社)なんて、毎年これから新しい進路に踏み出す卒業生向けのプレゼントとして毎年5月になると決まってベストセラーになるくらい。

私の古巣だったランダムハウスがずっと著作権を持ってて、50タイトルぐらいはあるんじゃないかな? これさえキープしてれば児童書部門は安泰ってなぐらいのロングセラー。ほっといても(とはいえ毎年ちゃんとプロモーションはしているが)毎年全部で100万冊は捌ける。

それが今回、Dr.スースことセオドア・ガイゼルの遺族が版権を管理している非営利団体からの申し出でがあって、そのうちの6冊がこれから出版されないことになった。BBCのこの日本語の記事がわかりやすいかも。

そのうちの1冊「And to Think I Saw it on Mulberry Street(マルベリー通りの不思議なできごと)」には、チャイナタウンで「チャイナマン」を見た…ってくだりがあるんだけど(今はChinamanからChinese boyに変わっていて、昔は顔もどぎつい黄色で、弁髪みたいな長い髪が垂れていたらしい)、その挿絵がこんな感じ。

そりゃ今こんなステレオタイプばりばりのイラストを出版したら一発でアウトなんだろうけど、これって…1940年代ぐらいかなぁ?いや、調べてみたら、これが「Dr.スース」のペンネームで書いた最初の児童書で、初版が1937年。まだ「グリンチ」とか「帽子をかぶったネコ」みたいなお馴染みのキャラはいなくて、家族でニューヨークに観光に行った時のお話って印象しかないけど。

でも実はDr.スースことガイゼルおじさんは、アメリカが第2次世界大戦に参戦しようという時期に、政府に協力してプロパガンダの挿絵を描いていた。もちろん日本は敵国だから、アメリカ国内にいる日系市民を収容する方針にも賛成で、それを促す風刺漫画を描いている。例えばこんなん↓ ひどいでしょ。(意味がわからないというリプもあったんで、補足すると「5th Column」ってのは忍者の「草」みたいに敵の陣地に送り込んだスパイを指す言葉で、TNTってのは爆薬、つまり日系人はみんな日本の天皇からの指令を待っているテロリストのスパイなんだって言っている)

その頃は日本でも敵国人を「鬼畜米英」ってクソミソに言ってたんだから、おあいこって気もするけど、まぁ、ひどいことに変わりはないよね。

今回、発禁(というより、今まで出回った本を回収したり、出荷して書店にある在庫をリコールするわけではないので、これからは増刷しないよ、という刊行中止、敢えて見出しに入れたのはツリです、ツリ)になった6冊には、Yerkaって呼ばれる黒人の人がいかにも未開の国の野蛮人みたいな格好で動物を運んでいる挿絵が含まれた「If I ran the Zoo」も入っている。これがいちばん酷いかな。

なぜそれが今になってアメリカで、みんながアジア人や黒人の描写に気を使うようになったかといえば、もちろんあの人のせいです。「ブラック・ライブズ・マター」運動の平和なデモ行進を、アンティファのテロリストの仕業とか、強奪するためにやっているとか、煽っていたのがトランプ大統領。

そして新型コロナウィルスによるパンデミックがアメリカにおしよせても、なんら対策を打たず、Covid-19のことをわざと「中国ウィルス」とか「Kung Flu」って呼んで、責任をなすりつけるポーズだけは忘れなかった。その間にも、アメリカでは感染者3000万人、死者50万人という末恐ろしい被害に拡大。

その結果、副作用的に何が起こったか。バーでお酒も飲めず、デートもできず、仕事がなくなったり自宅勤務で籠らざるを得なかったりと、ストレス溜めてる若者(そしてバカ者)たちの矛先がアジア人に対するいわれのない差別と暴力、という形で吹き出した。

そんなこともわかってないのか、日本国内でトランプがなぜか「中国と戦ってくれる日本のヒーロー」みたいな扱われ方をしているのが不思議でしかたがない。あのね、トランプ支持者に多い白人至上主義者だのネオナチのクズ野郎にとって、細い目をした人間が歩いていたら、中国人かどうか関係なく襲うわけですよ。憂さ晴らしにぶん殴るのにそんなこと、いちいち確かめたりしないでしょ?

おっそろしいことに、例えばニューヨークでは2020年に、アジア人に対する人種的偏見が原因とされる暴行の件数が20倍に増えたという数字が。先日ニュースでやってた、地下鉄でいきなり真一文字にカッターで顔を切られたお爺さん…カリフォルニア州でも84歳男性が散歩中にいきなり突き飛ばされて後日死亡とか、60代女性が路上でいきなり襲われるとか、そんな話ばっかり。しかも名前見ると中国とか関係なくてフィリピン系ぽかったり、市民権も持ってる人も多そう。

アジアからの移民ってもともと、黒人の人と違って祖先が奴隷としてむりやり連れてこられたわけじゃなくて、ベトナム戦争や朝鮮戦争の後、それぞれ理由があって祖国を出てきた難民の人も多いし、白人が嫌がるような労働でも頑張って働いてとにかく子どもを学校に行かせるとか、積極的に政治に参加しない人も多いし、ってんで昔から「モデル・イミグランツ」つまり、「移民の鑑」みたいに言われてきたんだけど、勘違いしないでほしい。誰も日本人のことを勤勉だって褒めているわけじゃないからw これは黒人の人が白人と同等の権利を主張したときにやりこめるための常套手段だったわけ。「あいつらを見習っておとなしくしとけ」って恫喝。

その「おとなしさ」につけこんで、今度は憂さ晴らしみたいな人種差別でボコられているのがアメリカにおけるアジア人の現状だよ。トランプが日本の味方だったことなんて、ただの1回もないね。そもそも、アイツはニューヨークで不動産王になろうとしていた無能なボンボン息子だった80年代に、プラザホテルとか、ロックフェラーセンターとか、有名な物件を買おうとして、バブってた日本企業に取られた、って原体験と、その後リゾート建設の時に鉄材を中国から買わないと安くビルを建てられない事情が身にしみていて、アイツの中では日本人なんて映画「ガンホー」に出てくるような人たちでしかないわけ。

そこでまた話を戻すと、今回、長らく愛されてきたドクター・スースの本がもう買えなくなるということに関しては、個人的には「それでいんでねぇの?」という気がしてる。だって、モヤモヤするでしょ。例えば、日本人の人がなぜか大好きなオードリー・ヘップバーン主演の『ティファニーで朝食を』に出てくる「ミスター・ユニオシ」ってのがいたじゃない? あれが当時の日本人のイメージだったわけですよ。出っ歯で、糸目で、メガネ、上向いた小さいブタ鼻。

他にも、今から思うとよくそんなものが受け入れられてたよね?ってのは他にも思いだせる。Bugs BunnyのアニメにNip the Nips(日本人をやっつけろ)ってエピソードがあって、やっぱりユニオシさんみたいな日本人とおぼしきキャラが出てくる。

今回の刊行停止は、権利保持者側が自主的に、今の時代にはhurtful and wrong(人を傷つけるし、間違っている)だから、この数冊はもうこれ以上出し続けるのは止めますって話で、今の価値観で既に故人であるDr.スースを差別主義者と糾弾しているわけではないし、そういうことか当たり前とされていた歴史があったことを修正したり、隠蔽しているわけでもない。

クルーズをはじめとする共和党のおバカ政治家は、「ドクター・スースがキャンセル・カルチャーの犠牲になった!」ってぎゃあぎゃあ騒いでるんだけど、狂うズ君が好きな「緑の卵とハム」は無事だし、リパブリカンの人たちをキャンセルしてるんじゃなくて、君らの価値観、人種差別的だからそういうのはヤメレ、って言ってるだけなんだけど、存在そのもの否定されたと思ってるんだよね。まあ実際に白人至上主義者の集団に成り下がっているから批判されて当然なだけなんだけど。

そんなこんなで、私も出版側にいる人間だから、表現の自由を妨げることに対しては大概反対なんだけど、Dr.スースの本の場合、こうやって歴史と対峙して方向修正するのは悪いことだとは思わない。むしろ正しい決断かと。今までこうだ、って決めてきたことをひっくり返すのには勇気が必要なんだよね。さっさとオリンピック中止も言い出せない国もある、みたいにさ。

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