長編①

 どうも、お久しぶりです。
 シリアス、異世界転移モノ、なろう風味、一応R-15、一人称視点、約2万字と長めです。合間合間にアイキャッチみたいな設定集が入ります。
 別にこれを書いてたからご無沙汰してたわけではないですが、久々に最後まで書けていたので投稿することにしました。章分けとかしてなくて読みにくいかもしれないの申し訳。

* * *
仮題:最強は主人公枠に任せるので、根暗な俺はモブ枠でいいです…いいっつってんだろ!

 クラスごと異世界召喚された。
 先生と一部のエリートは勇者とそのご一行に。
 商売で知識チート始めた奴らは有力商人たちのところに。
 余り物の、女は冒険者ギルドの受付嬢に。
 男共?そりゃお小遣い渡されて町に放り出されるわけよ。ちなみに俺もその1人な。

 …そのはずだったんだけどな。

 俺、遠藤仁1x才。大家族の末っ子に生まれて今まで自由なんて無かった。学習道具も服も玩具もゲームも全部ぜぇんぶ兄貴や姉貴のお下がりだった。だからって、不貞腐れるのも嫌で、反抗するように全部使いこなしてやったけど。
 その結果出来上がったのは一人遊びが得意な器用貧乏で。

 だから、召喚されたときはやったぜ!と思った。
 能力は役立たずでお願いします、っつって心の中でしつこいぐらい唱えたら、その願い叶ってか否か、要望通りユニークとは言えゴミスキルだったし、お陰様で役立たずの烙印押されて自由の身になったってのに。

 いや、分かってる。調子に乗ってたんだ。何もかもが上手く行って。このまま行けると思ってた。
 だからって、これは無いだろう。
 このままでは___俺は死ぬ。
 待望の第二の人生は。たった3日も立たないうちに終わりを告げようとしていた。

 前も後ろも。いいや、囲まれていると言った方が正しいか。
 俺と、俺についてきた"捨て駒"達は今、王都よりの刺客に囲まれていた。

 クソッたれだ。自分のことに夢中なかつてのクラスメイトも、俺の傍で恐怖に震え怯える雑魚共も。
 __これを予想できなかった、いや、この可能性を意図的に無視していた俺も。

 皆々、クソッたれだ。

 切り札は切りたくない。これは、このスキルは俺の寿命を縮ませ兼ねない。だから、"捨て駒"を使うことにした。

「おい、作戦を伝える。合わせろ」
「こっ ここ、この状態でまだ何か出来るのか?」
「助かるんだろうな?」
「そりゃ、お前らのやる気に寄る」
「やる、やらせてくれ。死にたくない」

 …王都を出た時点で俺の物語にお前らは巻き込まれたんだ。……悪く思うなよ。っと、それは無理があるか。恨んでもいいが、化けては出てこないでくれよ。

「俺が囮になる」

 嘘だ。

「その隙をついて逃げ出すんだ」

 俺はわざとらしい動作で"鑑定の間より盗んだもの"を"捨て駒"の懐に滑り込ませる。

「お守りだ」

 盗品だけどな。

 捨て駒たちは様々な表情で俺を一瞥し、表情を引き締める。
 大体が同情か感動で。心の奥にしまったはずの良心がちくりと痛んだ。

 __ごめんな。俺の贄となってくれ。

 俺は駆け出して__スキルを使用した。
 ふっと俺の身体が"斜めに沈む"。駆けだした勢いのまま、俺は地上より"消えた"。

 最後に聞こえたのは困惑の声と、いち早く裏切られたことに気付いた絶望の声。その声が、俺の耳にこびりついて離れない。
 悪いな、俺には英雄的行動は出来ない。
 出来るのは生にしがみついて、泥臭く生き残るだけなんだ…。

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ユニークスキル「沈降」
文字通り、一定時間沈む能力。熟練度が上がると沈む速度、干渉できる材質が増える。
仁「この能力に浮上する能力は無い。つまりそういうことだ」
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 ぶっつけ本番だったが、俺は生き延びた。
 その代償に、俺は土塗れになり、"彼ら"を裏切ったトラウマを負い、なんなら酸欠で死にかけた。
 当然の報いか。1人生き残ろうとしたんだから。

 正直、後悔している。他にやりようがあったんじゃないかというIFが俺を苦しめる。サイコパスとか精神強者みたいに簡単に感情の整理をつける事なんか出来なかった。
 少なくとも、あいつらは、話したことはそれほどなくとも、同郷で同年代の……いや、止めよう。ドツボに嵌る前に、振り返ることは止めよう。このまま考えすぎて身動きが取れなくなる前に。
 俺が生き残る方法を考えなくては。でなければ、俺なんかのために死んでしまった"彼ら"も報われないだろう。

 残り使っていないゴミスキルは4つ。スキルの数はまぁ普通ぐらいだと思うけど、全部ゴミだ。特にさっき使った"沈降"なんかは使い続けて熟練度が上がると余計に使い辛くなるというゴミっぷり。
 そんな尖りすぎでいつ使うのかというスキルが、俺の持ちスキルだ。

 勇者ご一行は8~10個ほどのレアな有用スキルを持っていた。
 商人についてったやつらは数はバラバラだったが運搬や鑑定系統のレアなスキルを持っていた。
 受付嬢になったやつらは少なくとも容姿に優れていたし、最低限の戦闘スキルは持っていた。
 余り物は…有用スキルでも1つか2つ、あるいは大量のゴミスキル。レア度で言えば一般人にも劣る。

 その中でも俺はユニークスキルが5個だったが、いずれも聞いたことが無いもので、更にはスキル内容もゴミという突き抜けっぷり。期待された分、容赦なく放り出された。いや、知らんがな。
 勝手に期待されて勝手に裏切られたと思われて理不尽な扱いを受ける。
 その時は自由の身になれたと舞い上がって全スルー出来たが、今考えれば随分酷い話だ。

 そんなことを考えながらゴミスキルの説明文を次々と流し読みして、今後どうしていくのかを考える。
 とりあえず、頼みの綱は平均、だ。

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ユニークスキル「平均」
大抵のことを並みに出来る。
仁「すごいぱっとしない。有用そうではあるが…。実はすごい隠し能力とか…無いか」
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 平均スキルは俺の救世主だったらしい。様付けで呼んでもいいぐらいだ。
 現に俺は飯にありつけている。並みの狩りと、並みの食料確保をした結果、兎肉と果物にありつける結果となった。
 現在、平均スキル様の独自スロットには狩りと食料確保が並んでいる。空きはあと一つ。
 そして、取り外しは自由、と来たが、取り外すと名前の下に僅かに出ていた緑の点が消失した。

 これが個別の熟練度だとすれば、スロットの入れ替えをするとその行動の熟練度が消失する、ということになってしまう。つまり、狩り、食料確保は確定としてあと一つ、決められると言うことだ。
 悩みぬいた末、3つ目は自由枠にすることにした。熟練度の消失は覚悟の上でその都度入れ替えるということだ。
 危機的状況になった時に溜まった熟練度を惜しんで身動きが取れないのはヤバいからな。

 そんな感じで俺の森を隠れ蓑にした生活が始まった。


 そこに早々にトラブルというか、特異点が迷い込んだのは俺の悪運が強いせいか、それとも"彼ら"の恨みか。
 俺は最悪の敵と対峙することになる___。

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ユニークスキル「妄想」
僅かな時間、妄想を現実とする。
代償として使うごとに精神汚染が発生する。
仁「切り札だ。瞬間的で条件付きとはいえ現実改変能力はアツい。名前と説明が最悪だが」
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 それは俺が寝床の改良をしているときのことだった。
 あのまま5日を生き延びた俺はそこそこ自信がついてきていて、同時に少々油断してしまっていたのかもしれない。
 3つ目をキャンプ作成にセットして、慣れて来た手つきで拾って来た木の枝を組み替える。その、木の枝を支柱に木の枝を立てかけ、上に木の葉を被せたそれはかなり原始的なものだが、隠れるにはもってこいだ。
 寝転がる程度の隙間しか作れないが。

 よし、出来た。と昨日より幾らか補強して多少頑丈になった寝床を眺めた、その時だった。
 ザザザと茂みが揺れるような音が一瞬で大きくなり。
 視界が真横にぶれ、同時に脇腹に激痛が走った。
 混乱する頭で、俺は辛うじてスキル虚弱を行使し、時が間延びして幾らか激痛も和らいだかのように思えた後、空中で、俺に激突してきたものを見ることに成功する。

 それは獣だった。
 それは人の形をしていた。
 その瞳は赤く染まり、その凶悪な牙が生えた口元からは多量の涎が垂れていた。
 ___どう見ても正気には思えないそれの、長く伸びた爪が。

 俺の脇腹を大きく抉っていた。

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ユニークスキル「虚弱」
五時間の運動能力デバフと引き換えに思考能力を加速させる。
仁「コストがバカ高いし、説明がクソ曖昧。使ってみないと分からないがリスクが大きすぎる」
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 死に物狂いとはまさにこのことを言うのだろう。
 ぼんやりと霞む思考の中で、俺は獣と戦っていた。
 切り札を何度切ったか分からない。
 精神汚染のせいか、意識が茫洋とする中、必死に生き延びる。

 スキル妄想で、獣の速過ぎる攻撃をかわす。
 スキル妄想で、虚弱のデバフで動かない体を無理やり動かす。
 スキル妄想で、対応の間に合わなかった攻撃を鍔迫り合いで受け流す。
 スキル妄想で、距離を取るもすぐさま詰められる。

 立て続けのスキル行使で精神汚染は加速度的に増している。
 けれど、それをどうにかする手段などない。甘んじて受けるしかない。
 でなくては死ぬ。次の瞬間にはお陀仏だ。
 体のあらゆる違和感を思考の外に、今は目の前の敵に集中するしかない。

 無様だ。
 そんな幻聴が聞こえる。
 死んだはずの奴らが、肉体的にも精神的にもボロボロな俺を笑っていた。
 そんな幻覚が見える。

 それでも、俺は死にたくない。
 恨みを背負ってでも生きようと思ったのだから。
 いわば、これは意地だ。
 た か が 獣 に、俺は負けない。

 例え勝率が絶望的でも。
 その可能性がミリでも存在するなら。
 その可能性を掴もう。
 そうやることでしか、弱い俺が勝てないのならば。

 これでもかとスキル妄想とスキル虚弱を乱発する。
 立て続けに使えば、それは効果時間の延長だ。
 同時に数多の代償を追い続ける俺はあざ笑うクラスメイト達と、気味の悪い蟲や冒涜的な物体を掻き分け、獣に接近し、弱点だと思われる後頭部から生えた巨大で歪な宝石を。

 妄想によって強化した俺の怪力で叩き割ってやった。
 ガクンと見るからに体の制御を失った獣に。

 俺の体力は一歩、及ばなかった。

 どちゃり、と。
 限界を迎えた俺の体が、先の戦闘によって荒れた地面に崩れ落ちる。
 それまで鮮明に見えていた視界がぼやけ、体が重くなり、瞼が落ちる。

 終わりだ。

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ユニークスキル
 クールタイムの存在しない特殊なスキル。一般的にスキルの上位種だと捉えられている。しかし、連発のためには体の負担を強いるリスクがあり、常人ならやらない。代償があるのなら猶更。
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 寒い。そう感じて、まるで酷い風邪を引いたときに目ヤニで瞼が開かない時のような錯覚を覚える。
 力の入らない瞼を苦労して開けると、俺は横になっているらしく、視界が90度傾いていた。
 1mもない距離で炎が燃えている。その視界に何者かの脚が映った。

 人間ではない。炎で分かり辛いが黒くくすんで見えるそれには膝と足に纏まった毛が生えていた。
 俺の目の前で止まり、片膝をつくように折り曲げられる。
 視線を、膝から上へと上げていくと、そこにはあの獣が居た。

 ああ、そうか。食われるのか。
 そう思って、だけど、諦めるのは嫌で。
 じろりとその獣を睨みつければ、それは見るからに怯んだ。

 その反応に違和感を覚えると同時、その獣が俺に話しかけた。

『俺を助けてくれたのは、お前だよな?』

 召喚時に掛けられた翻訳魔法がまだ有効だったのは驚くべきことだが、それよりも、俺はその獣が話せるほどの知性を持っていることに驚いていた。
 相変わらずぼやける視界に苛立ちながら、目を凝らしてその獣を改めて観察する。

 瞳が、赤くない。それどころか、真っ赤に染まっていたはずの目全体は黒くなっており、その瞳は金色になっているように見えた。
 どういうことだ、そう尋ねたかったのに、口から零れ落ちたのは別の言葉だった。

「寒い」

 そうだ。俺は寒くて目を覚ました。現に体温は奪われ続けている。
 このまま死にそうなぐらいだ。途端に、全身がズキズキと疼き始め、熱を持ったように思えた。
 同時に体中を蟲がはい回るような錯覚が俺を襲う。末期症状だ。

 体が痙攣を始め、それを見た獣は驚いたように身を強張らせ、慌てたように手を動かし、その様子がおかしくて噴き出したはずの俺から出て来たのはくぐもった唸り声だけだった。
 終わりだ。今度こそ。

 それこそ、この獣が起死回生の回復魔法でも使えない限りは。


 2度目の目覚めは。
 どうしようもなく全身が怠く、気分も最悪だったが。
 生きているようだった。

 あの獣はいない。
 俺は整えられた寝台に寝かされ。
 ここは室内のようだ。

 喉がカラカラだが、寝台の脇の水差しから水が飲めるほど、俺の身体は自由じゃない。縛られているわけではないが、まるで縛られているかのように身体は動いてくれない。
 ヘタするとこのまま寝たきりかもな。

 俺は唇の端も自由に動かせないままに失笑した。
 不思議と、あの俺をあざ笑う幻聴は聞こえなかった。


 3度目の目覚めは。
 気分爽快とは行かなかったが1度目や2度目に比べれば大分マシのように思えた。弱り切った体を起こそうとして、失敗して寝台に体が落下する。
 案外硬いなこの寝台は。今まで気付かなかったが。

 その音が聞こえたのか、ドタドタという五月蠅い足音と共にあの獣が部屋へと入ってきた。

 普段通りの正常な視界で、初めて俺はその獣の全容を知ることが出来た。

 肌は黒に限りなく近い灰色で、関節部は長く伸びた体毛で隠れている。手足には大きな爪が光り、人間というより獣のそれに見える。…瞳はやはり金色で、白目であるはずの部分は黒い。整った顔立ちをしている"彼女"の頭頂部には大きめの動物耳が生えていた。

『やっと目が覚めたか!』
「…みが?」

 声が掠れて小さい声しか出ない。彼女は首を傾げて"頭頂部の耳を"俺の方へ近づけてくれたが、俺は早々に会話を諦め、苦労して腕を動かして、水差しを指さして見せる。
 すると彼女は合点がいった様子で頷いて、水差しを取り…、そのまま俺の口元に運んだ。
 違う、そうじゃない。

 案の定、水差しから俺の口に注ぎ込まれた水は、その大半を床に零した。

 それでも、水差しの水を全消費し、床をべちょべちょにしながら喉を潤すことに成功した俺は、改めて彼女に話しかける。

「…き、みが。たすけて、くれた、のか?」
『ああ、いや、その。俺は俺の村までお前を運んだだけで』
「いや、そか。ありがとう」
『いや、俺は…俺は本当に何も、何もできなかった…!』

 その声色は心底悔し気で、けれども、それは俺にとって好意的に思えた。
 彼女はかなり素直で、美人で、そして、俺にはもったいない。
 だけど、まぁ。戦力として数えるならこれ以上は無い。
 あれが"発狂状態"だとして。あの半分の実力しかないとしても。
 弱い俺には十分だ。

「わるい、けど。もうすこし、ねかせて」
『…ぁ?まだ寝るのか…?』
「ああ、つかれて、るんだ」
『…そうか。分かった』

 彼女の表情には再び悔しさが過り。
 俺はそれだけのことをしたのだという実感と。
 これ以上の無茶は俺の体のことを考えると出来ないなと思いながら。
 俺はゆっくりと目を閉じた。


 4度目の目覚めは。
 部屋の外から聞こえる口論で目が覚めた。
 "彼女"の声と、知らない若い男の声。
 間違いなく寝たきりの俺に関することだろうが。

 ぼんやりとした頭を瞬きで起こしながら、俺は身体を起こそうとして。
 ようやく成功した。
 これで心置きなく水差しから水を飲める。
 そう思って水差しを持ち上げようとして。
 失敗した。

 水差しは俺の手をかわして、危なっかしく傾くと。
 そのまま床へと落ちて行き。
 大きな音を立てて割れてしまった。
 同時にピタリと口論が止み、"彼女"が部屋へと駆けこんできた。

『どうした!?大丈夫か!』
「あぁ、その、ごめん。水を飲もうとして、水差しを落としてしまった」
『…無理するな。その、何かあれば俺を呼んでくれ』
「…名前を知らない。遅くなったが、俺はジンだ。君は?」
『あぁ、そうだったか。俺はゼルだ。よろしくな』

 そんな会話をして、焦った様子の彼女を落ち着かせていると。
 口論相手と思われる彼女より頭一つ分背の高い男が部屋へと乱入してきた。

『お前は何なんだ!俺のゼルに手ぇ出しやがって!』
『おい!グスタ!病人だぞ!』
「あぁ、いや、手ぇ出すの基準は知らんが、キスもアレもまだだぞ」
『はぁあ!?もうそんなことまでやってんのか!?許さん!』
『おい、こら、俺の話を…聞けぇ!!』
『ぐぼぁっ!?』

 ガンガンと頭に響く大声を上げる男は、ゼルさんに成敗された。
 正確には顎をアッパーで打ち抜かれた。
 男は軽く1m以上ふっとばされ、壁を壊して向こう側の部屋へと転がり込んだ。
 いや、まぁ静かにはなったけど、さ。

『…悪い。本当にゴメン。あいつ、俺のことになるといつもああでさ』
「いや、いい。俺も寝たきりでずっと世話されてるしな…。俺の方こそ何も」
『何言ってるんだ。俺を助けてくれただろうが』
「…死にたくなかっただけさ。それが結果的に、お前を助けることになっただけだ」
『…難しいことは分からん。あと、名前で呼んでくれ』

 なんだ。いわゆる脳筋枠か。それと距離感なく詰めてくる陽キャ枠でもあると。
 …参ったな。そういうタイプはちょっと苦手だ。

「…俺は何日寝てた?」
『ええと、分からん!』
「つまり、分からなくなるぐらい寝てたってことだな」
『そうだな!…それで、もう大丈夫か?どこか痛い所はないか?』

 そう言われて体を触ってみると、押し込むとまだ痛みがあるところはあるものの、そういった部分以外は問題ないように思えた。

「まぁ、大体治ってるよ。ありがとな」
『いや、怪我を治したのは俺じゃなくて…巫女様とババ様だ』
「…そうか、じゃぁその2人にも礼を言わないとな。だけど、ゼルにも俺は礼が言いたいんだ」
『いや、俺は何も』

 なんでそんなにも断り続けるのか。脳筋だから本当に何もしていないと思っているのか?
 だとすれば、その認識は覆してやらないとな。何より、俺の気が済まない。借りはさっさと返しておきたい。

「ここまで運んでくれたんだろ?あのまま地面に倒れてたら俺はきっと死んでいた。命の恩人だ」
『…う、そこまで言うなら。礼は受け取ってやる』
「うん。だけど、それじゃ足りないから、ゼルのために何かさせてくれ」

 俺がそう言うと、ゼルは一瞬目を見開いて俺を凝視した後で、俯いて黙り込んでしまった。
 …あれ?これは不味ったか?と思い始めた頃、彼女はばっと顔を上げ、寝台に片膝を伸せて、俺へと迫った。
 ふわ、と香った彼女の体臭に、キョドらざるを得ない。

「ぜっ…ゼル、さん?」
『さ、さっき言ってたっ!その、俺に…手ぇ出して…くれないか?』
「は……はぁあ!?」
『い、嫌か?嫌なら、その、いいから』
「い、嫌じゃない、けど」

 ちょっと待ってくれ。それだと借りを返したいのに借りを作る羽目になるだろうが!
 じゃなくて!俺は彼女いない歴=年齢だぞ!そんな童貞に無茶を突き付けるな!

 目の前には瞳を潤ませた"彼女"の顔。俺は歯を食いしばり、荒ぶる心臓を宥めながら、彼女の頬に唇を当て、全身を使って彼女を押し戻した。幸い、彼女の胸は薄い。これで豊満だったら死んでた。理性的に。

『…ジン?』
「悪い。さっきの言葉は嘘だった。体の調子がまだ万全じゃないみたいだ。その…ちょっと休ませてほしい」
『いや、その。俺も早とちりすぎた。本調子はまだ戻ってないもんな。ごめん』

 そう言ってしょぼくれる彼女にそんな表情をさせたくなくて。
 気が付けば俺はそんなことを口走っていた。

「ゼルさんは、その、魅力的だ。だから俺にはもったいないというか。いや、違う、そうじゃなくて…今、そんなことをされると、その。きっと激しく君を…ゼルを求めてしまうから、ごめん」
『ぁ……ぇ?』
「いっ、いや、今のは忘れてくれ。ちょっと下品だったな」
『……ん』

 肯定か否定か。どっちともとれる返事をした後、彼女は足早に部屋を出ていってしまった。いや、これは流石に嫌われたかな。我ながら気持ち悪いと思うし。
 俺はちょっと落ち込んで、ふと至近距離の彼女の潤んだ瞳を思い出して撃沈した。
 そんなのは…そんなラブコメは英雄共主人公枠の領分だろうがよ!
 そんな捨て台詞を飲み込み、俺は悶々と眠れない時間を過ごした。


 気が付けば寝ていたのか。ええと、何度目だったっけ。これじゃゼルを笑えないな。
 視線の先には新しい獣…人?が見える。"彼女"たちは獣人…でいいのかな。そう言えば種族名を聞くのを忘れていた。
 その獣人はゼルたちと違って色が白い。"彼女"たちを黒狼とすれば、この人は白狼という感じだ。
 その人は俺が上体を起こすのを見届けると口を開いた。

『おやぁ目が覚めたかね。どうだい?調子は』
「ええと、巫女様ですか?」
『まさか。ワシはババじゃよ。ふぉっふぉ』

 え、白いのは白髪で白いの?肌の色まで?そんな疑問が顔に出ていたのか、ババ様は悪戯っぽく笑った。

『ホホ。ワシのこれは自前じゃ。突然変異、というやつじゃの』
「あ、その、すみません」
『構わぬよ。黒いのを見ておれば当然の疑問じゃろうて…。さて、お主は』

 じっとババ様の金色の瞳が俺を見据えた。おどけるような色味はもはやなく、真剣な表情だ。
 何を聞かれるのかと俺は気を引き締め、ババ様の言葉を待つ。

『ワシらの敵かの、味方かの?愚問かもしれぬが一度訊ねておきたくてのう』
「…今は、味方です。というより、助けて戴いた恩がある。ただし…危害を加えられればその限りではありません」
『フン。危害云々は当然じゃの。じゃが、そうであればゼルのやつはお主を死ぬ寸前まで追い詰めたはずじゃが…』
「それは…」

 全く考えてなかった、と言えばウソになるが。けれども。

「それは、同時に彼女が命の恩人でもあるからです。彼女がここへ運んでくれなければ俺は死んでいた。それで帳消しとは行きませんが…これは予想ですが、彼女は無理を言って俺の治療と療養を頼み込んだのでは?」
『…ほぅ、それで?』
「それでトントン、と言ったところですね」
『嘘、じゃな。そうでなければあそこまで酷い状態にはならなかったはずじゃ。苦労したんじゃぞ?酷い精神汚染を取り除くのには、かなり骨を折った』
「それこそ、俺を買いかぶりすぎですね。俺は戦力としては一般人以下。たまたま珍しいスキルを持っていたからあんな状態で辛うじて生き延びられただけです。彼女が生きているのは、殺す一歩手前で俺が力尽きたからに過ぎません」

 俺がそう言い切って見せても、ババ様の表情は厳しいままだ。本心だってのにこうも上手く伝わらないとは。
 ババ様はフンと鼻を鳴らして問答を保留とした。

『…まぁ、よいわ。病み上がりを虐める趣味はないからの』
「…俺は英雄ではないんですよ」
『今はそういうことにしておこうかの。あぁ、そうそう。精神汚染は取り除いたが、それはもう一度負って良いという話ではないからの。あれは一度負えば二度目からはより早く深くなる。もう負うでないぞ。次は助からぬかもしれん』
「…分かりました」

 結果として切り札がゴミになった。トントンと言ったがこれは本気でゼルに貸しを作ったかもしれないな。ただ、そのことをあの脳筋感覚派おバカが理解できるとも思えないが。
 …これで手を出せばトント…止めろ!考えるな!俺はモブでいたいんだ!
 恋愛小説の主人公なんざゴメンだ!

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獣人族
 厳密には神代の時代に強大な力を持つ魔物が人との間に子を成した結果生まれた後天的種族。
 ゼルたちは"山黒狼"という先祖を持つ一族で、○○族がある一帯に繁栄している、というわけではなく、選ばれし少数民族が各地で細々と暮らしている、という様相となっている。
 故にモフモフランドは局地的。
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 もう寝ている必要が無いとはいえ、食事もとらず何日も寝ていた俺は空腹でどうにかなりそうだ。
 おそらく療養の一環で流動食かなにかを流し込まれていたのか、それとも回復魔法的な何かで必要が無かったのか、最低限生き延びられてはいるが、起きている時間が増えた現状では、やはりそれでは足りないみたいだ。
 そんな状態だから大声なんて出せない。うかつだった。せめてババ様に何か軽いものをお願いしておくべきだったか。

 ぐぎゅるるると、情けなく腹が鳴る。…そう言えば明らかに狼っぽかったが、まさか肉料理とか出ないよな。絶対に受け付けないぞ。胃が。
 …かといって自分で取りに行くわけにもいかないしな。と、悶々としていると、部屋に誰かが入ってきた。視線をやればまた新しい人だ。ババ様と同じ、白い獣人で、ともすればこの人が。

「巫女様、ですか?」
『あら、起きていらしたのですね。その通り、私が山黒狼が子、黒狼一族の巫女、ゼーレです』
「…随分とお世話になったようで、ありがとうございます」

 あれ?そう言えばババ様にお礼言ってないような気がするな。とそんなことが脳裏に過ると同時に回答が返ってきた。

『かまいません。あの子が命を救われたのですから、お礼を言うのは私の方です。ゼルを救って下さり、有り難うございます』
「…そう言えば名前が似ていますが」
『ええ、ゼルは私の妹でして……私が白に生まれたばかりに不幸な定めを背負わせてしまって…ですから、ずっとそのお礼を言いたくて』
「ちょっと待ってください。白とは?」

 巫女様は白い頬を仄かに赤らめて興奮した様子で経緯を話してくれたが、その…黒狼一族の常識で話しているのか内容がイマイチ分からない。それを指摘すると、巫女様ははっとした様子で口を閉じ、恥ずかしそうに視線を逸らせた。

『あら、あら、私としたことが、すみません。ずっとあの子は助からないものと思っていましたので…』
「…いえ、身内が死なないで済んだのであれば何よりです」
『…あの子は忌み子なのです。我が種族は代々、一族を統括する役割である白が生まれ、その白が死ぬと、次代の白が生まれ、と、そうやって存続してきました。白は巫女として一族を率いるのです。しかし…』

 そこで巫女様はか細くため息をついた。
 その様子はまるで両肩に大きな重荷がのしかかっているように痛々しく見えた。

『しかし、白が生まれた家族には必ず猛き黒が生まれ落ち、そしてその黒はある日突然狂ったように凶暴になり、同族他種族関係なく暴虐の限りを尽くしてしまうのです。ですから、私は…私は彼女を、ゼルを追放せねばなりませんでした。そのままでは一族に危害が及びかねませんから…苦渋の決断でした』

 ……随分と胸糞悪い話だ。種族としての、白を生む代償が猛き黒であるとでも言うのだろうか。

「…でも、黒狼族は精強なのでは?正気に戻すことはできないのですか?」
『かつて、多くの犠牲を払えば、正気に戻ったこともあるそうです。ですが…その後、我が一族は少数民族として細々とした生活を強いられたとか。私は一族の巫女。一族存続のためには…1人を切り捨てなければならないのです。それが実の妹だとしても…』
「あ、…すいません。考え無しで」
『けれど!けれど、貴方様が命懸けで妹を救って下さいました。ですから…ありがとうございます』

 そう言われると、何も言えなくなってしまう。
 結果論だ。だけど、その結果で俺を含めた2人の命が救われ、目の前の1人の家族が救われた。たぶん、たまたま、巡り合わせが良かったんだろう。
 でも、もうこんな幸運はそうそう無いだろう。

『それから、ですね』

 そう言い始めた巫女様の雰囲気が突然変わる。どこかもじもじとした様子は俺に不信感を抱かせるには十分だった。

「あの、その話はこん」
『私の妹がですね。私にこんな相談をしてきたのです。添い遂げたい相手が出来た。どうアプローチすればいいのか、と』

 疑いようもなく、特大の爆弾だった。
 なぁ、俺は病み上がりだって知ってるよな?
 なんでそんなに畳みかけたがるんだ?そんなのは後でいいだろうが…!
 そんな俺の気も知らず、巫女様は再び興奮でか頬を上気させてこんなことをのたまいやがった。

『こんな相談をされたのは初めてなのです!お相手は貴方様ですよねっ!いかがですか私の妹はっ!』
「いかがもクソも…とても魅力的で愛らしい妹さんだと思いますよ」
『きゃーっ!相思相愛ですか!?妹も喜びます!』
「それはいいんですけど、腹が減ったので何かもらえますか。施しを受けた分は働いて返しますので」
『…妹と家族になれば』
「それは保留でお願いできませんか?ひとまずは立って歩けるようにならないと」
『あっ、そうですね。元気にならないとナニもできませんものね』

 何を言い出すんだこの巫女は。いや、巫女っていうか女性リーダーって感じではあるけれども。
 それにしても話がぶっ飛びすぎて逆に冷静になってしまう。というかこれじゃ始まってしまう。ラブコメが。

「その前にゼルにお熱な同族の方がいるみたいなんですが」
『あぁ、グスタですか。あの子は、全く。言い聞かせておきますのでご心配なく』
「いや、言い聞かせて聞くような奴では」
『言って聞かなければ叩きのめすだけですよ』
「あっはい」

 ……黒狼一族こええぇぇ!
 あ、これじゃなんの歯止めにもなってない。いや、もう、いいか。いいや。適当に誤魔化そう。
 俺の理性がもつ限り。

 妹の恋路を全力で応援する気概を吐いている巫女さんを前に、俺は無言の視線で飯を催促した。
 それぐらいしか、意趣返しをする手段が無かったからだ。
 完全に断ることが出来なかった俺を笑え。
 お、俺だってなぁ!可愛い嫁さんが欲しくないわけじゃないんだぞ!?

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黒狼一族の突然変異
 山黒狼が自ら亡き後の一族を憂えた結果、生まれるようになった性能の高い黒狼族の突然変異。
 しかし、そのバランスを取るために、副作用として差はあれど心臓を覆う魔核に異常を来たし、凶暴化する同族が生まれるようにもなってしまった。必ず同じ家族から生まれるため対処は可能だが、精神的にクる。
___________


『…悪かったよ』

 そいつの訪問は突然だった。
 っていうか、君らとの面会はいつも突然だな?なにも飯食ってるときに来なくてもいいだろうが…!
 ちなみに飯といっても果物だ。
 肉は止めてくれと言ったらこれぐらいしかなかったらしい。いや、あっただけ有難いけど。

 上半身を起こして木の板の上で果物を齧る俺の目の前にいるのは、あのとき俺に突っかかってきた…
 ええと、そう、グスタだ。あのゼルにアッパーを食らって壁ぶち破って吹っ飛んだ奴だ。

「で、なんで急に?」
『…巫女様から経緯をたた…聞いた』

 今一瞬叩き込まれたって言いかけなかったか?
 ……まぁ、俺に危害が及ばなければいいや。

『ゼルのために命を懸けて戦ったそうだな』
「…ちょっと脚色が混じってるな。ゼルが助かったのは結果論だ。俺はあいつを…殺すつもりだった」
『…なんだと?』

 おっと、雰囲気が一気に変わったな。伏せてた耳と萎れた尻尾がぴんと立って逆立ったぞ。…巫女様の好意なんだろうが、少なくとも俺は、嘘の関係は御免だ。だからごめんな、巫女様。
 木の板に果物を置いて、両腕を乗せる。ここから先の話は、食事しながらだと失礼だ。

「そもそもあの状態のあいつに、1対1だぞ?俺は切り札を切り続けて無茶をして、その結果、倒れた。奇跡的に、その瞬間にあいつが正気に戻り、俺は止めを刺し損ねただけだ」
『…ゼルを殺すのか?』
「…あいつに襲われたのは俺が野営の準備をしているときだった。俺も生き残るのに必死だった。そのためにあの脅威を殺す必要があった。それだけだ。脅威の無い今、そしてあいつの故郷にいる今、そんなことをすれば殺されるのは俺だろう」

 そう説明する俺を、グスタは油断ならない目で見つめている。
 よく見れば、こいつは灰色だな。ゼルを黒と巫女様が呼んでいたからもしかしてとは思ったが、ゼルと巫女様、ババ様以外は灰色なのかもしれない。

「脅威はなくなった。俺は生き残った。殺す理由が無い」
『ならば、殺す理由があれば殺すのか?』
「…さぁ、どうだろうな。それは俺にも分からないんだ」
『…なんだと?』

 実際、目を見て会話して意思疎通を済ませた相手を、俺は殺せるのだろうか。"彼ら"をやった時でさえ、俺は精神を病み、スキルの副作用とは言え幻覚を見るに至った。
 暫定、ババ様の精神汚染治療によって、今それは薄れてはいるが。
 もし、"彼女"を見捨てるような場面になったとして、"彼ら"が再び出てこないとは限らない。

「彼女、ゼルの本来の姿を、俺はもう知ってしまった。もう化け物の彼女じゃあない。俺は今後も俺のために生きるつもりだが…、次に今回のようなことがあれば、確実に壊れるのは俺で、ヘタすりゃ共倒れだ。……俺に彼女を守れる力はもうない。ババ様にもあの力は使うなと念押しされた」
『…そうか。そのことをゼルに伝えても?』
「当然。彼女には知る権利がある。…出来ればここに呼ん…いや、情けないことに、俺にはそれを彼女に伝えられるだけの度胸は無さそうだ」
『フン、腰抜けが』

 そう言ってグスタは席を立った。その目には最初のような敵意は無いが、特に何の感情もない。無表情だ。
 どうやら彼のお眼鏡にはかなわなかったらしい。いや、俺も最初からかなうとは思っていなかったが。
 それでも、俺にはまだ言うことが残っている。当然の、礼儀だ。

「ありがとう」
『…礼を言われる筋合いはない』

 グスタはそう言いながらも、その平時の様子に戻った尻尾は僅かばかり左右に振れてくれた。

_________
黒狼族の家族
 犬科なので多産。ただ、巫女の指示により血が濃くなることを避けるため、白の系統に属する巫女の家の長兄、もしくは長姉と白の排出が最も少ない家から長兄、長姉が選ばれ婚姻が、同じ条件で末子が選ばれ同じく婚姻が
結ばれる。
 極力気に入った組合せで行われるが、恋が発生しないこともある。
 別の血を取り入れるという都合上、他種族との婚姻は歓迎される。ちなみに生まれるのはほぼ黒狼の子。
_________


『ジーン!』
「俺は仁だ」
『仁!元気になったか?村、案内してやろうか?』

 どうしてこうなった。
 俺に駆け寄って尻尾ブンブンな後ろにグスタが立っている。…眉間にぎっちり皺が寄っているが。
 おかしいな。俺の好感度はダダ下がりのはずなのに、なんで彼女はまだ俺のところに。
 いや、まさか、な。

「グスタから俺の話聞かなかったか?」
『聞いた!よく分からなかったけど!』
「…そっか」
『何回もぐちゃぐちゃ言われたけど分からなかった!』
「そ、そっか…」

 グスタさん、ドンマイ。説明ベタ、なのかな。あんまり喋らなさそうだしな…。
 そう思って視線を向けると、思い切り睨まれたので慌てて視線を逸らす。これはアレだ。俺から何かフォロー入れないとダメなやつだ。

「な、なぁ、ゼル。俺はマジで弱っちい男なんだよ」
『…ふーん』
「きっと今、ゼルと戦っても余裕で負けるし、グスタと戦っても負ける。そのぐらい俺は弱い」
『じゃあ、どうやって俺に勝ったんだ?』
「それは…」

 どう説明すればいいだろう。いや、噛み砕いて一つずつ説明するしかないな。
 ……考える内に、度胸云々じゃなく、単に俺が彼女に失望されるのが恐いだけだとはっきりしてきた。
 これじゃ、腰抜けと言われても当然だな。

「俺には確かに力がある。けれどもそれを使うと命が削れる」
『命が…削れる?』
「そうだ。使えば使うほど、俺が生きられる時間は短くなっていく…使い過ぎれば数日で死ぬかもしれない。そんな体になってしまうんだ」

 厳密には違うけど、そういう説明でも問題ないだろう。
 数日で死ぬかもしれない。その言葉で、彼女の眉間にもぎちっと皺が寄った。

「今回はババ様と巫女様のお陰でなんとか元の状態に治すことが出来た。でも、ババ様からはもうその力は使うなと言われた。次に使ったら…最悪死ぬってことだ」
『…そんな!』
「俺はそんな力を頼りにこれまで生きて来た。だからそれを使えなくなった俺は弱い。クソ雑魚なんだ。だから、もし"次"があれば、俺はゼルを守ることは出来ない」
『次は無い!もうおかしくならない!』

 いいや、そうじゃないんだ。俺は単に、黒狼族に相応しくない。彼らは強さが指標で、俺はクソザコだ。
 幾ら巫女様やゼルが主張したって、グスタや他の黒狼族が許すとは限らない。俺は、一族分裂の原因になんてなりたくはない。

 しばらく黙っていると、ゼルは潤んだ瞳と、震える唇で俺に尋ねた。

『ジンも…ジンもルーを捨てるの…?』
「っ!」

 ルーは…ゼルの事だと思う。きっと、小さな頃に使っていた言葉。
 その瞳の奥の、弱弱しい光が"彼ら"の絶望した瞳に被って。
 俺は目をぐっと瞑り、歯を食いしばった後に言った。

「君が、俺を捨てるんだ。ルー」
『っ!』

 息を呑み、とうとうその両目から涙を溢れさせたゼルは。
 耐え切れなくなったのか。俺の目の前から逃げ出した。
 これで、これで良かったんだ。

 …本当に?

_________
グスタ
 ゼルの兄。仁は恋人か何かだと思っているが間違い。グスタが仁と仲良くしたくないのは、そもそも弱いヤツが嫌いで、かつ、ほとんど自分に笑顔を見せる事の無かったゼルが仁にべったりであるため。ほぼ嫉妬。
 シスコンというよりかは世話焼き兄。波乱多き妹のことが心配で仕方が無い。
_________


 それからは、ただ、療養に努めた。一度、巫女様が来たが、俺の惨状を見てため息を付くと部屋を出ていった。
 聞けば、俺の目が死んでいるらしい。そりゃあそうだ。未来の嫁になるかもしれない子を手酷く振ったんだから。
 だけど、これで良かったんだとも思っている。俺にはもったいない子だ。
 どうか、この村で、他のいい人を見つけて幸せになって欲しい。

 数日後には歩けるようになり、リハビリがてら部屋の中をグルグルと歩き回る。
 そうやっていると、自然とこれまでのことが頭の中に浮かんできた。
 王都から追われ、発狂ゼルと戦い、黒狼族の村へ。
 ともすれば、この村に居づらくなった俺は、どうにか次の切り札を構築して別の場所に行かなきゃならない。

 地図はあるだろうか。この村で働いて護衛を雇わせてもらうということは?
 ……いいや、ゼルを振ったことで俺への好感度はダダ下がりのはずだ。
 くっついても下がり、振っても下がるとはクソゲーここに極まれりだな。
 うんざりするぜ。

 とはいえ、寝たきりにならなかったことにはひとまず安心だ。ババ様と巫女様には感謝感謝だな。
 …そういえば、結果的に巫女様も裏切ることになってしまった。
 参ったな。恩をあだで返すつもりなんてなかったのに。
 ゼルへの説明はこの村を離れる直前ぐらいが適切だったのかもな…。

 さて、と。今日の運動も一通り終えたし、後は寝台で過ごそう。そう思ってそこに身を横たえた直後だった。
 部屋へと誰かが入ってきた。足音からして複数人。
 俺がそっちへ視線を向けると…そこには珍しく怒った表情の巫女様と、その後ろに隠れるようにゼル。
 そして、随分と大仰な装置に逆さにつられたグスタがいた。

 …いや、お前どうしたんだそれは。
 いや、十中八九巫女様がやったんだろうけどさ。

__________
ゼル
 白の系統の一族の末に生まれた末娘。しかし、最悪なことに彼女が猛き黒に選ばれ、すでに巫女となっていた彼女の姉、ゼーレに見知らぬ森の中に置き去りにされる。
 幸い、仁との死闘の末に正気を取り戻したが、未だに"捨てられた"ことはトラウマで、大好きな仁にそれを言われ、相当ショックだった模様。
 なお、ゼーレとは仁をかすがいに仲直り済み。ゼーレが彼女を出来るだけ大切に扱っていたことも大きい。
___________


『さて、貴方様。何故私が怒っているかお分かりですね?』
「…ゼルを泣かせたから、ですか?」
『それは勿論のこと。ですが、この子を振ったからです』

 あーやっぱりー。とは思ったものの、そこは俺も譲りがたい。

「…俺は相応しくないんですよ」
『ゼルは貴方様が好き、貴方様はゼルが好き。それでいいじゃないですか』
「俺は俺がために黒狼族が割れるのが嫌なんですよ」
『…?いきなり何の話ですか?』

 困惑する巫女様に、ボタンを掛け違えたような違和感を感じつつも、俺はそれに返答する。

「だから、弱い俺が彼女と結ばれるのが間違いだって話です」
『誰がそんなことを…あぁ、グスタが?』

 そう言って彼女が彼に向ける視線はかなり冷たい。
 こんな目も出来たのか。じゃなくて。

「いやいや、俺が勝手に思ったことなんで。ババ様にも言いましたけど、俺は英雄なんかじゃないんですよ。だから」
『ゼルと結ばれるのは間違っていると?』

 そう言うなり、巫女様ははぁ、と大きくため息をついた。
 そして俺にゆっくりと言い聞かせるように話し始めた。

『私はゼルの婿にはジン様がなって欲しいと考えています。ということは以前もお話しましたね?』
「はい」
『その後に、黒狼一族皆に確認を取ったところ、そこのグスタ以外は賛成してくれました』
「はい……はい?」

 いや、いやいや、ちょっと待ってくれ。黒狼族って皆グスタとかゼルみたいな物理的に強いやつらじゃないのか?確かに俺はここから外には出ていないし、他の黒狼族もまだ見ていないけど!

『私たちも、悔やんでいたのです。一族の幼子一人救えない自分達が不甲斐なかった』
「それは…」

 俺と同じだ。"彼ら"を止む無く見捨てたことを後悔している、俺と。

『ええ、仕方のなかったことかもしれません。それでも。ゼルが。貴方様を抱えて戻ってきた時には…覚えてはいませんものね。その時、貴方様は気絶していたのですから』

 そこで、巫女様は言葉を切って俺へと視線を向けた。
 穏やかで、俺に微笑みかけるかのような。

『見張り番たちが慌てて私の元に駆けつけて来たのです。ゼルが帰ってきた、ボロボロの人族を抱え、目の色を黒に戻して、帰ってきた、と』

 巫女様の声が震え、その眦に雫が溢れ出す。
 余程その時のことが嬉しかったんだろうか。

『私は、信じられませんでした。だからその日の仕事も放り出して、見張り番に案内をさせて、そして』

 声を詰まらせ、彼女は自分の背後にいた"彼女"を一目見て、こちらを振り向いた。

『ゼルを、ゼルが、皆に歓迎されているところを見たのです。最初は夢かと思いました。ですが、それは本当のことで…、そして、ゼルは私を見つけるなり駆け寄ってきて、こう言ったのです』
『この人を助けて、ください。って。俺、必死だった。俺、おれ…ずっと考えたんだ』

 巫女様の後ろに隠れていたゼルが、巫女様の前に出て、俺を見つめてたどたどしく話し始める。

『姉ちゃんに見捨てられて、森を歩く内に、こんな辛い思いをするならずっと1人でいいって。そうしたら、なんだかよく分からなくなって、体があつくて、何もかもを壊したくなって』

 そうやって話すゼルは必死で、まるで俺を説得しているみたいで。

『だけど、本当はそんなこと、したくなかった。森は、俺たちの家で、安心するところなのに。俺は悲しくて、恐くて、泣きたいのに泣けなくて。そんなときに…、ジンを見つけて』

 その表情が一瞬だけ苦し気に歪んで。

『もういやだと思ったのに。俺は、ジンをこ、こ、殺そうとした。嫌だって叫んでも、俺が何をやっても、俺の体はいうことを聞かなくて…だから、逃げてって、何度も、言おうと…したのに』

 ギリ、と歯を食いしばる音が聞こえる。それは、彼女から聞こえているのか、それとも、俺からなのか。
 そうか、彼女も経緯は違えど、俺を殺そうとしていたのか。俺は、それも知らないで。

『だけど、ジンは、死ななかった。俺を止めてくれた。俺を、俺の中の、恐いヤツを殺してくれた。だから…だから俺は!』

ゼルが俺に俯けていた顔を見せた。両目には零れそうなほどの涙を湛えて、俺に覆い被さってきた。

『俺はジンから離れたくない!ずっと一緒にいたい!俺はジンを捨てないし、捨てたくもない!俺は…俺は……!』

 俺は、何も言えなかった。それは間違ってる、と俺の中で俺が叫んでいる。けれども。
 俺は初めてその声に耳を塞ぎ、目の前で震える彼女を抱きしめた。

「…ごめんな。俺もゼルとはずっと一緒にいたいと思ってた」
『じゃあ、どうして…!』
「ゼルと一緒だよ。俺もゼルを殺そうとした。それをゼルに伝えるのが…恐かった。だから…、嫌われる前に、俺から嫌うことにしたんだ。それなら、覚悟が出来るから」

 今までは何だったのかというほど、本音がスラスラと口から溢れ出る。

『そんなの…俺が、ジンを嫌うわけないのに…』
「ゼルだって、俺を殺そうとしていたことを言う時に声が震えてただろ?それと一緒だよ」
『そっか、ジンも、俺と一緒で苦しかったんだな』
「そう、だな。苦しかったさ。ゼルとはもっと別な形で会いたかったな…。あ、でもそれだと俺なんかをゼルが好きになることは無いか」

 俺がそう言うと、ゼルは大きく頬を膨らませた。ついその頬をつつきたくなるのをぐっと我慢する。
 彼女は頬を膨らませたまま、俺に言う。

『ジンはちゃんと強い。だからきっと好きになってた』

 そう言われると悪い気はしない。だけど、それが無性にむずがゆくて、俺はつい誤魔化してしまう。

「それに、俺は女の子とそういう関係になったことがなくてさ。こんな可愛い女の子を前に、獣になってしまいそうだったから」
『…ジンも俺みたいになるのか?』
『まぁ、その話はまた今度に致しましょう。黒狼族の皆も心配しています。
 いつまでも待たせるわけには行かないでしょう?』

 ん?それはどういうことだ?と俺が言う前に。
 ゼルが、俺を担ぎ上げた。逆お姫様だっこだ。全然嬉しくないぞこんなの。おい、降ろせって!
 俺が暴れてもゼルの腕はピクリとも動かないし、何なら悲しい顔までしくさる。…クソが!

『無事、仲直りもできたことだし、お披露目をしましょう。グスタも、文句はありませんね』

 そう言って巫女様が視線を向けた先で、グスタは顔を真っ赤に膨れ上がらせながらうなずいた。
 おい、あれちょっとヤバくないですか?早く降ろしてあげて!ついでに俺も降ろして!?

 しかし、俺の心の叫びも虚しく、俺はゼルに抱っこされたまま大歓声を上げる一族の皆の前に晒された。
 ……もうお婿に行けない。
 いや、この俺を抱えてる子の婿になるんですけどね。

_________
巫女様の権力
 巫女様が白と言えば白くなる。わけではなく、大体、1対多の合議制。大抵のことは黒狼族の皆と話し合って決める。グスタが吊られていたのは家族のお仕置きであって巫女という立場は関係ない。
 ちなみに家族での彼女の立場は大姉ちゃん。両親に次ぐ権力を持ち、必要であれば制裁も下す。
_________


 さぁ、エンディングだ。

 と言ってもなんのことはない。盛大な披露宴の後に、俺とゼルが結婚式を上げて、皆でどんちゃん騒ぎするだけだ。
 ちなみに誓いのキスみたいなことは無かった。黒狼一族ではそういうことは寝屋でするそうだ。助かった、と思う反面少し残念な気持ちもあるのは、俺が元日本人だからだろう。
 郷に入っては郷に従え、というやつだ。

 ともあれ、俺が以前に予想していたような反発は全く無く、やっぱり全部グスタの暴走だったらしい。
 そのグスタはすでに酔いつぶれて泣き上戸なのか、恐らく友人と思われる黒狼族の男に絡んで鬱陶しがられている。でも、その黒狼族も嫌がってはいるものの、完全に押しのけることは無く、時折頷いては酒をちびちび飲んでいた。
 あんなでも人望はあるらしい……いや、いつものことだからと諦められているのかもしれないが。

『……おい。どこ見てるんだよ』
「……」

 俺の隣には着飾ったゼルが座って一緒に食事を取っている。といっても、俺はすでに満腹だ。
 病み上がりで胃が縮んでいるのもあるだろうが、彼らの食事量はハンパじゃない。宴ということもあって胸やけするレベルのご馳走が並んでいるわけだ。だから、俺が目を逸らしている、というわけでもない。
 それは……。

『こっち向けって!』
「……んん」

 思わず言葉に詰まるほど、美人の嫁さんが隣にいるからだ。正直こんな近距離に座られて困っている。
 肩は触れあっているし、なんならたった今、顔を両手で挟んで彼女側に引っ張られたことにより、俺の視線は谷間に引き寄せられてやまない。そう、谷間、だ。何が、とは言わない。こんなにあったか?という思いが掠れて消えていく。
 ただ、それは、そう。パラダイスだ。

『……』
「……」

 彼女は俺の方を何か言いたげに見つめ、徐々に頬を赤くしていく。
 一方の俺もだんまりだ。その様子もさることながら、可愛すぎていけない。先ほどから頭の両側で感じる彼女の肉球の柔らかさも緊張に拍車を掛けている。俺はまずゆっくりと息を吸い……
 彼女が付けているのか、花の香りのような女性らしい香りを思い切り吸い込んで自爆した。

 顔を真っ赤に染めた俺に対して、彼女が噴き出す。その彼女の顔も真っ赤だってのに。
 その歪む唇を奪いたい欲求にかられるも、すんでのところで我慢に成功した俺は、彼女の耳元で呟いた。

「今晩……覚悟してろよ」
『……?』

 その本気で分からないように首を傾げる彼女に、俺は口の端を歪める笑みで返して、もう一度彼女の耳元に顔を寄せる。それが効かないのなら、こうだ。

「愛してるよ、ゼル」
『っ!?』

 びくりと体を硬直させた彼女ははくはくと口を開けたり閉じたりした後、俺の方へくたりと崩れ落ちると、俺の腕にしがみつくように抱き着いた。
 会心の一撃。
 そして俺にもスリップダメージだ。近すぎるしいい香りもするし。もうだめかもしれない。そう思った時、ふと目が合った巫女様が意味有りげに目配せしてきたかと思えば俺に手招きをして呼び寄せた。

『ふふ、あつあつですね。寝屋はあっち、ですからね』
「……そりゃ、どうも。あ、覗きはダメですよ」
『え~、残念です』

 そんなお約束を口にする彼女だが、表情はまるで残念そうではなく、寝屋と聞いて少し緊張し始めたルーを柔らかく見守るようだった。そんな視線に見送られて、俺たちは寝屋へと向かい……本当の意味で愛を確かめあった。


 ちなみに彼女は強敵だった。最初こそ知識差で俺がリード出来ていたものの、脳筋の彼女はあっという間に感覚的に技術を習得し、その無尽蔵の体力で俺を攻め立ててきた。
 俺も意地で立ち向かい、辛うじて勝利を収めたが……今後勝てそうな気がしないんですがこれは。

 ともあれ、俺と彼女は結ばれた。これにて、めでたしめでたし、だ。

_______________
生き延びた落ちこぼれの末路
 遠藤仁は黒狼族のゼルと結ばれ、幸せに暮らした。子宝にも恵まれ、ただ一つだけ使えるスキル「平均」により広く浅く、様々な技術を黒狼族にもたらした。そして無事、寿命を終えて、この世を去る。
 年老いたゼルと大きく成長した子供たち、当時を知る村人たちは墓を作り、彼を祀った。
 黒き同胞を救いし英雄、ここに眠る、と。
 英雄を嫌う彼は、没後、英雄となってしまったが……おそらく、彼ならば、苦笑した後、嫌そうに「仕方ないな」と言って済ませるだろう。
 それだけの絆が黒狼族との、ゼルとの間に育まれていたのだから。
_______________

終わり

* * *

後書き

 特に書くこと無いんだけど書きます。ネタバレ含む。
 字下げに1時間掛かったのマジか。ヤバいな。
 そういうわけで字下げにクソほど時間かかったので誤字があるかもしれませんがご了承。

 ちなみに本編に登場してないゴミスキル最後の一つはこれ。
____________
ユニークスキル「孤独」
 耐性能力。1人でも精神異常にならない。
 仁「完全にソロ向け。むしろソロになれと神は言っている」
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 ハピエン厨なので何があってもハピエンに終着します。テーマ根暗だったはずなのに主人公めちゃ喋るやんけ。なんやこいつ。
 プロットは蛇行した挙句蹴っ飛ばすものなのかもしれません。

 ではまた機会があれば。

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