短編⑦

 例によって思い付きで最後まで書きました。うっすら転生モノ、ファンタジー、性別不詳、ほぼ地の文、一人称視点、約8000字ぐらい、主人公が癖が強いです。苦手な人もいるかもしれません。その時は遠慮なくブラウザバックをどうぞ。

 続編の構想が少しあるので、外伝のような形で続きを書くかもしれません。あくまで未定。

* * * * * *

 ちょっと田舎にある、かといってめちゃくちゃに田舎であるというわけでもない。
 そんな街にぼくの店はある。

ぼくは魔力電池

『魔力売り〼』

 裏路地の隅でそんな怪しげな看板を掲げている小さな一軒家。それがぼくの生活空間であり、店舗なのだ。
 知る人ぞ知る老舗…と言いたいところではあるけれど、ぼくがこの世界にやってきてからはまだ数か月しか経っていない。
 そんなぼくに相応しい立地……というわけではない。

 何しろ、この裏路地、最近できたばかりなのだ。
 それも、『ぼくのために』。
 それもこれも、ぼくが魔力電池と呼ばれる所以、身に秘めた膨大な魔力量にあるのだ___。


 今日も今日とてこんな寂れた路地裏にやってくる客がいる。
 ぼくのお得意様第一号の、売れない魔道具士、サーヤ君だ。
 女性っぽい名前に即した中性的で細身な男の子で、だからこそその外見で舐められて信用がない。
 それだけでなく、実力も外見相応だから始末に負えない…おっと、これ以上よからぬことを考えると表情に出てしまいそうだから止めておこう。妙に鋭いのだ。彼は。

「こんにちは!今日もやってますか!?」
「はいはい、やってるよ。まいど」

 とても元気がいいことも彼の特徴だ。寂れた裏路地の粗末(に見える)な小屋の明度が1ランク上がる気がしたが、勿論そんなことはない。あくまで、彼の明るさを示す暗喩である。
 ぼくの不愛想な返事にもへこたれることなく、彼は水晶のような両端が円錐状の円柱が垂直にはめ込まれた器を取り出した。彼の魔道具の中では最も価値が高いかもしれない、魔力器の一つだ。
 ちなみに作り手は彼ではなく、彼の祖父であることを予め記しておこう。

 それでも彼がそれを持ってきているのは、彼が彼の実力に諦観を抱いていないということだ。
 ぼくにはそれがとても眩しく映る。ぼくは生まれ変わって若返ったはいいが、元来の性格はそう変わらない。
 そも、性格はそう簡単に変わるものでもないのだが。

「これにお願いします!」

 そう言って差し出される器に手をかざす。すると手のひらから、ほんの小さな魔力の帯が魔力器へと流れていく。そして、徐々に魔力器に安置されている魔結晶が光り始め、その数秒後に帯が水晶に乱反射し始めた。
 魔力制御に長けた人間であるなら、これも制御して魔結晶により多くの魔力を込められたかもしれない。
 けれども、ぼくはただの魔力が多いだけの人間だ。そんな技術は持ち合わせていない。

 だから、ぼくの仕事はここでおしまいだ。

「終わったよ」
「いつもありがとうございます!あ、これ最近できたやつです!」

 彼は酷く貧乏で、それでも売れない魔道具士を続けている。ぼくはそんな彼の明るさと人柄に救われて、ここにいる。
 だから、お代は彼の作る魔道具だ。大して使えないものが多いが、ぼくはそれを彼に伝えることは無い。
 彼の払う対価が、ぼくのささやかな恩返し。これで彼の技術向上になるならば、ぼくにはそれで十分だ。
 とはいえ、使い方ぐらいは訊いてもいいだろう。

「これは?」
「ドアのノックを自分の代わりに、適切な力加減でやってくれる『ノッ君壱号』ですよ!」
「それはすごい」
「はい!すごいんです!」

 ……相変わらず彼の名づけははっちゃけているが、それも彼の魅力なのだろう。きっと。
 ところでぼくは専ら引きこもりだ。つまり、使う機会など無いに等しいが、ぼくはそれをがらくた箱…ではなく、ゴミ箱…でもなく、彼の作品を纏めて入れている箱に追加した。そこには「もしかしたら使うかもしれない」魔道具が入っている。万が一。あれば。おそらく。たぶん。

 ぼくは褒めて伸ばすタイプだ。不愛想なので棒読みになってしまうが、決して興味が無いとかではない。事実、彼という人間には少しばかり興味があるのだから、あながち嘘でもないだろう。

 彼は一言、また明日もお願いします!と言って去って行った。相変わらず小さな台風のような在り方だ。あんなに興奮して疲れはしないのだろうか。そういう部分は理解に苦しむ。


 その次にやってくるのは、ぼくをこんな辺鄙な場所に追い込んだ張本人の部下、商人ギルドのコスッティ氏だ。
 コスッティ氏と一々言うには長ったらしいのでティー氏と略して読んでいるのだが、本人はそれが気に入らないのか、呼ぶたびに気難しい顔でぼくを見るのだ。だからと言って呼び名は変えないのだが。

「やあ、こんにちは。今日もよろしく頼むよ」
「はいはい、こんにちは。どうも」

 ティー氏はぼくの顧客の中ではそこそこ身分が高い部類に入るが、ぼくの態度は大して変わらない。
 それは、彼が気難しい顔つきの割に冗談が通じるからか、痩身の割に存外甘党だからか、は分からないが。

 彼が持ってくるのは、先ほどの彼の魔力器が安価な一品に見えるほど豪華な装飾が施された魔力器である。
 勿論、そこに安置されている魔結晶の品質も段違いで、ぼくが多少力を込めて魔力を注いでも壊れるなんてことは無い。
 そう、魔結晶は大きな魔力を注ぐと壊れてしまうのだ。その結果、サーヤ君の魔力器に元から付いていた魔結晶を破壊した経緯もある。予備があると聞いて心底胸を撫で下ろしたものだ。
 ……別にそういった借りがあるから、彼に優しくしているわけではないのだが。

 そういうわけで、ティー氏が持ってくる仕事に関しては少し重労働だ。
 なにせ、そんな高級な魔力器が幾つもある。なんでも、商人ギルドの得意先の各種生産ギルドの職人らが、彼らを仲介して依頼してくるのだという。
 最初こそ品質もそれなり、数も大してない魔力器だったのだが、ぼくがほぼ満タン(技術の問題で品質が悪いと満タンに出来ない)で送り返す内、こんなことになってしまった。

 相手が明確にぼくの実力を把握したのはいいことかもしれないが、それなりに疲れるようになってしまった。
 ぼくもこの仕事のお陰で引き籠っても生活できるだけの生活費を稼げてはいるし、余裕も出来てきたが、かといって本当にこれだけの「お仕事」を全てしなければならないのか、というと疑問が湧いてくる。
 ……とはいっても、それとなく「お仕事」を減らそうとティー氏に掛け合ってみてもまるで取り合ってくれないのだ。ここで、素人と生粋の商人との交渉術の技術差が出てしまっているのだろうな。

 とはいえ、何度も言い過ぎると「お仕事」が無くなる可能性もある。それはそれで困るのだ。なんせ、ぼくの生活費の8割はこの「お仕事」の給料なのだから。はてさて、難儀なものだ。

「…ふぅ」
「おやおや、流石のあなたでも魔力切れですかな?」
「まさか。ちょっと休憩するだけですよ」

 ぼくはそう言ってテーブルに備え付けてあるベルを鳴らした。
 前世のような叩くと鳴るタイプではなく、普通に持ち手が付いていて手に持ち振って鳴らすタイプのものだ。
 チリンチリン、と軽く鳴らすと、静かな足音が聞こえてきて、客間に一人の女性が姿を表す。

「何か御用でしょうか」
「アズさん。軽食の準備をして頂けますか?少し休憩します」
「はい。かしこまりました」

 ぼくに一礼をして去っていく彼女は、ぼくの身の回りの世話をしてくれるメイドのアズールさんだ。
 見目麗しい美少女、なんてことはない。そんなものはぼくが断った。
 そもそも、メイドとは主人の身の回りの世話をしてくれる女性の家政夫である。発情した猿でもあるまいし、何者かのひも付きになる気もなかったぼくは、老婆に差し掛かる女性を望んだ。
 ……別にそういう特殊な性的趣向を持っている訳でもない。そんな表現は彼女に失礼である。

 アズールさんは既婚で孫もいる物腰柔らかな熟練のメイドさんで、老齢だから、と彼女を休ませたがっていたある一家と、まだまだ働ける、と休みの勧めを悉く断っていた彼女の間で静かに揉めていたところを、ぼくの家に働きに来て頂くという折衷案を引き出し、了承された形になる。
 ある一家の屋敷とぼくの家は同じ街にあるし、距離的にも近いということで、思いのほかすんなり落ち着いた。
 ぼくにとってもたなぼたで有難い限りだ。そしてそのある一家もまた、ぼくの顧客でもある。

 アズールさんが運んできてくれた小さな品の良い焼き菓子を摘まみながら紅茶を飲む。丁度良くバターの効いたコクのあるお菓子と、熱すぎず冷まさずに飲める紅茶の組み合わせは流石アズさん、というところだ。
 対面に座るティー氏もその眉間の縦皺を緩ませて軽食を取っている。
 ぼくは知っている。この軽食をティー氏は割に楽しみにしていることを。実際、この軽食を取らない日の彼は、少し不機嫌なままここを後にする。そこに気付いてからはなるべく取るようにしている。

 別にぼくは意地が悪いわけでも意地汚いわけでもないのだから。ただ、表向き不愛想なだけだ。
 とはいえ、いくら大机においてある角砂糖がタダだからと言って5個も6個も入れるのは話が違うだろう。それではほとんど砂糖水、いや、砂糖湯だ。紅茶の味なんか分かるわけがない。
 そう思っても口に出すことは無い。そんな些細な文句でアズさんが上げてくれた好感度を落とすことはない。

 先に軽食を負えたぼくは、残りの魔力器の充填に取り掛かる。
 一方で、ティー氏は相好を緩めたまま、軽食を続けている。ぼくは軽食は本当に軽食として、軽く食べる。
 しかし、ティー氏は言外にかっちりした服装が乱れることもある程度には忙しいのだ。忙しいとは決して言わないが。それでも、ここで過ごすひと時が少しの休息になれば幸いだと思っている。
 重ねて言うが、ぼくは決して性格が悪いわけではないのだ。人並みの気遣いぐらいはできる。

 ぼくはティー氏の一人お茶会(ぼくが仕事をする傍ら、寛いでるのだから、これぐらいの嫌味は許されるだろう)の様子を横目で伺いながら魔力器の充填を終える。丁度、ティー氏が紅茶ならぬ砂糖湯を飲み切った辺りで、だ。
 これで、来たときよりは幾分か柔らかい表情のティー氏を後腐れなく送り出すことができる。
 最初の頃はギクシャクもあったものだが、最近では慣れたものだ。ぼくも心なしか、ティー氏の扱いが上達した気がする。

 それが終われば午前の仕事は終了する。
 後はアズさんが飛び入りの接客を持ってこない限りは特にやることも無く暇になる。
 この時間は特に何をすることも無い。『おもちゃ箱』から魔道具を取り出して手慰みにいじってみたり、家事の片手間、アズさんに話し相手になってもらったり、予想外にティー氏の仕事で魔力を消費していれば、瞑想や昼寝をして昼食まで魔力を回復させたり、といったところだ。

 幾らぼくの魔力が多いと言えど、この街の新進気鋭の職人が挙ってぼくの魔力を求めている(…とはティー氏の談)のだから、そういう時もある。
 特に魔力というものは使わなければ凝るものらしく、滅多に使わない量の魔力を引き出すと妙に疲れる、ということもあるらしいのだ。さらに、ぼくの場合は『使う魔力は顧客次第』ということもあり、そういうことには気を遣うようにしている。
 毎日配給されていたものが、急に配給されなくなれば困ったことになるだろうから。

 魔力しか売らないとはいえ、仕事は仕事だ。逆にこれ以外は出来ないのだから、猶更というものだ。
 しかしながら、無茶をする気はさらさらない。例えば数十人が何年もかけて張るという王都の結界などに、ぼく一人が貢献しようなどとは思わない。そもそも住み処でもないところでそんな力を使うつもりもないが。


 昼食はもちろん家で食べる。作ってくれるのはもちろんアズさんだ。
 アズさんの手料理は盛大というわけではないが、落ち着いていて品がある。10割郷土料理ということもなく、しかし流行りの料理というわけでもない。そんな絶妙なバランスのある味わい深い料理だ。貧乏舌であるぼくなどは、あっという間に気に入ってしまった。
 元より食にそれほど興味があったわけでもないから、少なくともぼくは美味しいと思っているという注釈はつくが。

 それでも、たまに様子を見に来るある一家の人々が思い出したかのように昼食を共にするのだから、それはやはり美味であるのだろう。


 満足の行く昼食を終え、食休みをした後は大口の依頼だ。
 これは予め預かっている魔力器以外のものに魔力を使う、という仕事になる。魔力器は魔力を『溜める』ものだが、それ以外にも魔力には使用用途がある。
 特に纏まった量の魔力は、それなりに魔力量がある人間にしか用意することが出来ず、さらにそういった素質のある人間は往々にしてそれらを魔法なり、魔工学なりに使用する能力を持っている。
 そのため、日常的に使用して他の事に使う余裕がないものなのだ。

 そこで、ぼく、という人間に価値が出てくる。
 ぼくは魔法を使うことができない。魔工学の知識もない。なんならちょっと不器用ですらあり、素質もない。
 そうなってくると魔力は余ってしまう。魔力器に注ぐことは出来ても、小規模の街では大した数にならないし、ましてや枯渇するほど注ぐことなどない。
 つまり、魔力が余り、そういったことに使う余裕が出てくるのだ。

 とはいえ、そういった大口の仕事は滅多にあるものではない。
 だからこそ、一日ではなく半日を使って、少しずつ進めている。
 次の依頼が来れば多少急ぐことはあれど、緊急の用事は午前の空いた時間に来るはずだから問題はない。
 そもそも、多量の魔力が急に必要となること自体が非常に少ないらしい。

 さて、今回の依頼は魔工学によって作り出した何に使うかはよく分からない機械の試運転である。魔工学の知識でもあれば何に使うのか分かるのだろうが、ぼくにはさっぱりだ。
 一見、大きな機械の一部分にも見えるが、それで完成形のようにも見える。前世の知恵を絞ってもまるで分からない。
 ……こういうのは深く考えないに限る。一応、領主様という偉い人を仲介に挟んでいるから大丈夫だろう。責任は偉い人に丸投げだ。

 そもそもそういう約束でこんな裏路地に住んでいるのだから。


 魔力を使う、のは、魔力を注ぐ、のとはちょっと違う。
 難しく言えば、魔法を行使する前段階の基礎的な魔力の動かし方を実践する、ということだ。
 魔法はこれと属性の素質が組み合わさって発動するものらしいがよく知らない。使えないものを知って何になるのか。
 そういうわけで、その程度のことはぼくにも出来る、ということだ。

 そしてこれが魔工学で作るものや魔道具の試運転に役立つわけだ。
 元々、魔力を動力として動く類のものであるからして。逆にこれを試験として使わないでどうする、というものだ。
 そして、そこに特別知識は必要ない、ということが実にいい。完全に流れ作業である。中には説明書き通りに使わねば不具合を起こすものもあるというから、説明書きをよく読み、慎重である必要はある。
 最初、それをやらずに幾つか壊したこともあったが。あれは申し訳ないことをした。あれから、同工房の依頼は幾つか受けて無事、送り返したからそろそろ信用も戻った頃だろうか…。

 それはさておき、今回のそれは水滴を水面に落とした時のように波紋状に魔力を浸透させるものと、魔力を液体のように染み込ませて浸透させるものの2種類のようだ。
 殊に、魔法を使うにおいて重要であるのは、想像することだ。波紋なら波紋、液体なら液体。
 その空想を明確に反映させることが何よりも重要になってくる。

 そこはそれ、前世ではサブカルにどっぷり嵌っていたぼくである。何も支障はない。問題があるとすればそれは、サブカルから離れたことによる発想不足と、年齢を重ねることによる物忘れぐらいだろう。
 が、波紋やら液体やらの姿形は一般教養として知っているため、忘れることは無い、と思う。
 記憶を消すような魔法を掛けられたなら別だが。

 試運転は大抵あっさりと終わる。何しろ、説明書き通りに魔力を使った後、その機械の反応を見て、正常であるか、そうではないかを確かめるだけなのだ。
 機械であるので、ランプが何色に光った、とか、これこれここの部分がこのように動いた、とかそういうことである。
 その辺りは前世の機械と大して変わらない。工場見学を取り上げた番組のようなものである。往々にして一部分を問題として出題されても分からないように、どう動いたからといって何に使うか分かる代物ではないのだ。

 そう考えるとまだ魔道具の方が効果が分かりやすくていい。
 ただ一つ問題があるとすれば、それらは大抵大きな効果を繰り出すときに使用するものであり、ともなれば一つ試用するにしても頑丈で巨大な空間が必要になるということだろうか。

 実は先ほどから作業している場所は家の地下、広大に広がり金属で囲われた空間である。半ば格納庫であるようなそこは、様々な損傷に絶え得る強度を誇っている。
 前世の核から身を守るようなアレに近い。アレよりもずっとゴツくて味気ない空間だが。なんでもこの街の魔工具士と魔道具士が共同で作ったものらしい。
 そのせいか、魔工具士たちは遠慮なく巨大なものを、魔道具士たちは配慮せず危ないものを送りつけてくるようになった。

 心象としては魔工具士たちの方が幾らかマシだ。ほんのちょっぴりではあるが。
 実際、魔道具の試用で事故が起き、小さくない怪我を負ったこともある。それ以来、魔道具士たちはぼくの恩恵を得ている多くの人々に厳重注意を受け、ある程度は大人しくなったが、それでも擦り傷は珍しくも無い。
 ぼくもこの程度であれば、文句は言わない。それでも送るということは需要があるということだからだ。ぼくが居ることで新たに作れるものがあるというのは、少し気分がいいものだ。

 そういうわけで、この場所は割と傷だらけだ。壁や床は頑丈だが、それなりに傷はついている。
 これが全て魔道具の威力によるものだと思うと、少し引き気味になるが。
 ちなみにアズさんをここに入れることは無い。彼女にはここの荒事とは無関係に過ごして欲しいからだ。
 ここにぼくの他に入るのは依頼人と運搬業者ぐらいである。搬入口は入口とは別の場所にあり、魔工学による近未来的昇降機が備え付けてある。そこから地上の機械を降ろすのだ。
 ちなみに、その『地上』までの運搬は魔法でものを浮かせるなどして運ぶらしい。

 それが終われば、もう夕食の時間だ。客間で鳴らしたものと同じ魔道具の呼び鈴が勝手に浮き上がって鳴れば、仕事終了の合図である。何でも共鳴の相互干渉で同位体がどうとか…魔道具の仕組みはよく知らない。知ろうとも思わない。

 夕食もアズさんの手料理を頂く。糖質控え目の健康食ではあるが、十分に美味しい。
 それにぼくは、昼はともかく食事は質素なものの方が好きだ。腹八分目というやつである。
 年寄り臭いと思われるかもしれないが、これも前世の影響だろうか。
 別にそうであろうと無かろうと、特に問題も無いわけだが。

 食べ終わった後は自室で読書だ。ぼくの数少ない趣味の一つである。
 何を読むかと言えば、時折ここを訪れる、アズさんの元勤め先のある一家の人々に借りている書物だ。そもそも書物は高価で一般家庭には置かれていないものらしいから、貸与である。
 いわば図書館ばりに利用しているわけだが、誰にも文句は言われていないどころか、勤勉だと言われる始末。
 この世界では読書とはずいぶんと高尚な趣味らしい。

 書物の内容は選んでいない。つまらなければ読み飛ばせばいいだけだ。何しろ書類ではないからどれも分厚く、頁数には申し分ないのだから。むしろ全て興味のある内容であることの方が稀だ。
 最初こそ、語学学習のついでだったが、情報収集には(少し古いが)丁度良いと思って続けている。
 そうして眠くなれば寝て、翌朝、サーヤ君の来訪時の大声に不快な気分で起こされる前に、自ら起きることで、また一日が始まるわけだ。

 ……早起きの習慣がついたことに関しても、彼には感謝しなければいけないな。
 はてさて、彼に恩が返せる日は来るのだろうか。

終わり

* * * * * *

後書き

 今回思いついたのは主人公が魔力電池ってことと、その主人公の周りはこういうことになってるだろうな(外伝構想)、ということ以外がまるでなーんにも決まってませんでした。きっと読んでいたネット小説から湧き出た発想に助けられたのでしょう…。

 というわけであっさり宣伝します。あくまで僕の好みという注釈を付け加えさせては頂きますが。タイトルは「異世界のんびり素材採取生活」と「鍛冶屋ではじめる異世界スローライフ」です。どちらも連載中なので、興味があればどうぞ。もちろん僕の作品ではございません。

 では、また機会があれば。

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