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【短編】2月16日からの物語|#ストーリーの種

机に入っていたのは、チョコレートの形をした空白だけだった。

一昨日のバレンタインデーに、生まれて初めて女子から「ぼんきりお疲れ様(いつもお疲れ様)」のメッセージ付きチョコをもらった。

いいんだ、義理でも。義理でももらえたんだから。もらえなかった奴だっているんだから、少なくとも彼女にとって僕は、義理だけど仲良しの仲間の一人として認められている… そう考えても良いだろう。

僕は山形に住むごく普通の中学2年の男子。みんなからは「井上!」または「井上ぐん」と呼ばれている。勉強は生物が好きで、理数系にちょっと強い程度。スポーツは特にやってはいないが、体力はあると思う。山歩きは好きだ。趣味や特技は… 実は植物の名前とか覚えるのが好きだ。名前だけじゃなく、タンポポは菊の仲間だとか世界のどこに分布しているか等、そういうことを調べるのも好き。だから生物部に入って、植物研究班の班長をしている。班員は二人しかいないけれど。

僕は中学で好きな植物のことに何か関わりたいと思い、クラスの係では美化委員を選び、学校の花壇整備を積極的に行なってきた。朝の水やりや、雑草取りとか。僕にとっては雑草も愛すべき存在だから、実は花壇からこっそりと他の場所に植え替えていた。

そんな僕にある日「何すてるの?(何しているの?)」と声をかけてきた女子がいた。隣のクラスの人…だったと思う。駐輪場の片隅で雑草を植えている奴なんて、やっぱり奇妙で怪しすぎる行動だよな。嘘をついてもしょうがないから、正直に答えた。

「おらは学校の花壇の整備すてで、雑草抜いだんだんだげんと、雑草だって生ぎでんべ?んだがらこごさ植え替えで、生がすべど思ってるんだ。(僕は学校の花壇の整備をしていて、雑草を抜いたんだけれど、雑草だって生きているだろ?だからここに植え替えて、生かそうと思っているんだ。)」
「そうなんだ!井上ぐんって、優すいんだね。手伝うべが?」
「いいよ。手汚れっず。…ん?おらのこど、知ってるの?(いいよ。手が汚れるよ。…ん?僕のこと、知っているの?)」
「ぼんきり花壇さ水やりすてる井上ぐんって、美化委員の間ではけっこう有名だよ。真面目だなって。おらも美化委員なんだ。ゴミ拾いがメインだげどさ。(いつも花壇に水やりしている井上くんって、美化委員の間ではけっこう有名だよ。真面目だなって。私も美化委員なんだ。ゴミ拾いがメインだけどさ。)」
「そうなんだ。同ず委員だったのに、知らねぐでわれ。(そうなんだ。同じ委員だったのに、知らなくてごめん。)」
「おらは、隣のクラスだすね。田中景子って言うの。ケイコど呼んでいいよ。」
「いやいや、田中さん。どうもどうも。これがらは、他のみんなのごども名前覚えっず。(いやいや、田中さん。どうもありがとう。これからは、他のみんなのことも名前覚えるよ。)」

田中さんは「ちょっとやってみだぇ!」と言って、僕の雑草植替えを手伝ってくれた。

「この、草にすか見えね葉っぱって、本当は何でいう植物なの?」
「ネコジャラスって知ってんべ?イネ科エノコログサ属のエノコログサだよ。あ、ネコジャラスどが呼ばれでるげんど、エノコログサの名前の由来は、犬ごろの尻尾みでな草なんだよなぁ。(ネコジャラシって知っているだろう?イネ科エノコログサ属のエノコログサだよ。あ、ネコジャラシとか呼ばれているのに、エノコログサの名前の由来は、犬ころの尻尾みたいな草なんだよなぁ。)」
「井上ぐんって、物知りなのね。すごい!」
「いや、植物のごどだげだよ。」
「んだけんど、すごいわ。じゃあ、こっちの草は何なの?」
「それはね、…」

その日から、僕が花壇で水やりをすると、田中さんもジョウロを持ってきて「一緒にやんべ!」と言ってくれるようになった。田中さんの呼びかけで、他の美化委員もたまに協力してくれるようになった。僕は田中さんと少しだけ友だちになれた気がした。

花壇は校門の脇、職員室前、生徒会室前にあった。今までは、ほぼ一人で水やり(と草むしり)をしていたけれど、田中さんたちも手伝うようになってくれて助かった。だいたい校門脇はみんなで、職員室前は僕、生徒会室前は田中さんと分担して水やりをするようになった。花の植替えは、美化委員みんなでやるけれど。

ある日、田中さんが生徒会室の花壇に水やりをしながら、窓越しに誰かと楽しげに話をしているのが見えた。相手は生徒会長のようだ。僕はそれを見て、心の奥がちょっとチクッとした。今まで気がつかなかったけれど、僕は田中さんが好きなんだなって。でも、こんな植物オタクの僕より… そう思って、彼女の幸せを祈っていた。

冬は水やりも草むしりもないので、僕は田中さんが担当するゴミ拾い活動に協力していた。駐輪場には、飲み終えた紙パックジュースとか菓子パンのビニール袋とかが、いつも落ちている。ゴミはゴミ箱に、ちゃんと捨てろよな…と思いながら、美化活動をしていた。

「井上ぐんは、好きな人いねの?」

突然の質問にドキッとしたけれど、僕は「う〜ん、アイドルどがあんまり興味ねがらなぁ。」と、ピント外れな返事をした。田中さんは笑って「違うよ。学校の中さ、気になる人がいねのが聞いでるのよ。」と、僕の肩を叩いた。もちろん心の中では『田中さん、おめだ!』と叫んでいたけれど、下を向いたまま「わかんね。」と答えた。すると彼女は「そっか。おらはね、井上ぐんは良い人だな…と思ってるんだよ。」と、気になる言葉を続けた。「えっ?」僕はドキドキした。「でもね、おらは生徒会長の青柳ぐんが好ぎなんだ。」田中さんは、やっぱり生徒会長が好きだったんだな。

「バレンタインデーには、井上ぐんにもチョコあげっから、受け取ってね。」

なんだよ、それ。最初から義理チョコを渡す宣言なんかして… 別にチョコなんか期待していないけれど、先に失恋させるようなこと言わないで欲しかった。

そして、バレンタインデーの日。「ぼんきりお疲れ様」のメッセージ付きのチョコをもらい、やっぱり、嬉しかった。廊下ですれ違う時に「どうも。(ありがとう。)」と伝え、田中さんはウフフ…と笑って「これから本命の所さ行ってぎます!」と答えた。僕は「成功祈っず。(成功を祈るよ。)」と心にもないことを言い、笑って手を振った。

生徒会室の前は女子生徒で溢れていた。ほとんどが、会長目当てだろう。書記を務める女子が「並んでくださ〜い。」と受付をしていた。田中さんもあの長蛇の列の中の一人になるのかと思うと、さっき伝えた「成功祈っず。」の言葉に重みを加えたくなった。彼女には笑顔になって欲しい… 心からそう思った。

次の日。田中さんは静かだった。ゴミ拾い活動中に「生徒会長に渡しぇた?」と聞いたら「渡しぇたしぇだんだげんと、ライバル多すぎで…(渡せたけれど、ライバル多すぎて…)」と、すっかり意気消沈していた。「想いが伝わるどいいね。」それしか言えなかった。

更に翌日… 学校中が生徒会長の彼女の話題で沸いていた。女子たちの間では「やっぱりねぇ…」とか「悔すいげんども、お似合いだわ…」の声が交わされる。会長が選んだのは、受付をしていた書記の女子だった。タエちゃんと呼ばれる、笑顔の可愛い利発そうな女子だった。田中さんは失恋したんだな…と思うと、僕まで悲しくなってきた。

僕は、田中さんの涙を乾かすことができない。僕は生徒会長の代わりにはなれない。それに、もうすぐ高校受験の内申に関わる試験が始まる。気持ちを切り替えて、今は勉強に…と考えるのが正解なのかな。

そしてその日、最後の美化委員会が始まり、卒業式や入学式を迎えるための花壇作りが議題になった。もちろん僕も、そして田中さんも出席して、花の種類や配置について意見を述べた。

委員会が終わった後、田中さんに声をかけられた。

「井上ぐん。おら、井上ぐんと美化委員やってでこの1年間楽すいっけんだげんと、多分3年になったらやんねど思う。でもね、水やりは続げだぇな。いいべがぁ?」

「いいも悪いもねべー?ボランティアだらいいど思うよ。おらも美化委員続げだぇどは思うんだげんと、他になりだぇ人がいで、ジャンケンどがで負げだらなれねす。おらだってわがんねよ。」

「それもそうね。アハハ… 井上ぐんって、やっぱり面白いな。良い人だな。なんで井上ぐんば選ばねがったのがな…」

ここで気の利いたセリフでも言えたら良かったけれど、田中さんの心の中は、まだ生徒会長の青柳くんのことでいっぱいなんだろう。「おらならいづでも空いでっからさ…」と、言葉を返すので精一杯だった。田中さんは「どうもね。」と、ちょっぴり笑顔になった。なんで「田中さんのことが好ぎだ!」と、素直に言えなかったんだろう。きっと、友情が消えてしまうようで怖かったんだろうな。

3年生になり、またクラス替えがあって… 僕と田中さんは更にクラスが離れてしまった。僕は相変わらず美化委員を続けて、彼女はならなかった。水やりのボランティアも… 新学期の花壇の時は参加していたけれど、そのうちに来なくなった。

僕はいつものように校門脇、職員室前、生徒会室前の花壇に水をやり、雑草を抜いて(植え替え)そんな作業を続けていた。そして進学先は、花壇やビオトープの充実した公立校を目指した。

ある日、生徒会室前の花壇に水をやっていたら、生徒会室の中から田中さんの笑い声が聞こえた。そっと覗いてみると、憧れの青柳くん:元生徒会長と一緒に、受験勉強しているようだった。『良いっけな(良かったな)』と思いながらも、なんか涙がこぼれた。

僕は受験勉強も、植物の勉強も一層励んで、第一志望の高校に合格できた。田中さんも青柳くんと同じ高校に合格したらしい。まぁ、もう関係ないけれど。

卒業式の時、生徒会からなんか表彰されることになった。同じ委員を3年間続けてきたかららしい。美化委員というより花壇の水撒き係り程度にしか思っていなかったので、とてもビックリした。

新しい生徒会長は女子、元書記をしていたタエちゃんとか呼ばれていた元生徒会長の彼女だ。

「感謝状  井上清敬殿
あなたは本校において、三年間美化委員を務め、学校の美化に献身的に働いてくださいました。本校の花壇は私たちの心のオアシスであり、誇りでもあります。先輩の毎日の水やりや草むしり等の心配りが、美しい花壇となって実を結んだことを私たちは忘れません。
私たちは先輩の残してくださった花壇から、たくさんのことを学びました。また、次の世代にもつないでいきたいと思います。
井上清敬先輩。三年間、美化委員を務め上げられ、お疲れ様でした。高校でのますますのご活躍をお祈りしております。

生徒会長 タチカタ タエ

僕は、涙があふれて止まらなかった。


[約4500字]

ようやく書き上げた…(約2ヶ月かかった)
助手の井上のプチ暗黒史?です。
井上の名前は清敬《きよたか》にしてみました。
「へばの〜!」の彼女との接点も、こんな感じで。
いつか二人がどうなるか… は、わかりません。

博士の過去も、いつか書きたいな。

Sheafさんの『ストーリーの種 60』から、冒頭の書き出しをいただきました。

あと、山形弁は全く知らないので、山形弁翻訳を使いました。不自然な部分がありましたら、教えていただけると嬉しいです。

#ストーリーの種
#短編
#博士と助手シリーズ

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