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帰省して|#シロクマ文芸部(約2100字)

 懐かしい声が聞こえた気がした。ずっとずーっと昔にどこかで聞いた、確かに聞きおぼえのある声。でも、誰なのか、いつどこでなのかは思い出せない…

 大学の夏季休暇は長い。9月に入ってもまだ続いている。僕は就活も兼ねて、ちょっと帰省していた。

「大学二年で、もう就職活動って… 勉強もしなくちゃならないのに大変だねぇ。海音かいとも少しはゆっくりしなさい。お父さんも飲みたがっていたよ」

「母さん!成人してもお酒は二十歳になってからだよ。まぁ、父さんとも久しぶりにいろいろと話したかったし」

 呑兵衛の父は昔から親子で酒宴することを楽しみにしていた。酒が入ると饒舌になり、ちょっと絡んでくるのが鬱陶しいけれど気がつくと眠っている… そんな子どもみたいな父は大好きだ。来年くらいからご相伴できるかな、と思うと楽しみでもある。

「これから会社見学とかに行くのかい?」

「いや、今は散歩みたいなものさ。ちょっと近くをブラブラしてくる。夕飯までには帰るよ」

「暑いから気をつけて」

「母さんも、水分補給したりクーラーしたりして熱中症にならないようにね」

 玄関先に吊るされた風鈴の涼しげな音に見送られて、僕は約半年ぶりの故郷散策に出かけた。

「この店、とうとう本当に閉店したんだな…」

 僕が中学生くらいの時から、やっているのかいないのかわからない文具店があった。いつも薄暗く、売っているノートや鉛筆とかも新品なはずなのに古臭い感じで、でも値段も昔のまま?だから安いので買いに行くのだった。小学生の頃までは使っていたけれど、シャーペンの芯やラインマーカーも売っていない店には足を運ばなくなった。それでも、扉が半開きで薄暗い店は、それなりに残っていたのに。今日見たらシャッターが降りていて

 長い間ご愛顧ありがとうございました

と、マジックで書かれた文字のポスターが貼られていた。その文字も日に焼けて白く消えかかっている。

「ここも店が変わっちゃったな」

 高校時代に「うちの町にもタピオカ屋ができた!」と連日満員でなかなか買えず、いつも若者でごった返していた店が、今は全国チェーンのたこ焼き屋になっていた。それなりに繁盛しているが、タピオカ屋ができた時の人気っぷりとは天と地ほどの差だ。

 半年の間に、少しずつ町並みも変わっているんだな…  

 いつの間にか海に来ていた。海水浴はできないけれど、防波堤の上からよく海を眺めたりしていた。この景色は、きっとずっと変わっていないんだろうな。父と母が結婚してこの町に住んでからずっと…

 波の音を聞いているうちに、またあの声が聞こえた気がした。頭の中に響いてくる… そんな感じだ。

 待っているよ

 何を待っているのだろう。でも、懐かしい声はとても温かく優しくて… 確かにどこかでよく耳にしていたような、そんな声だった。安心して眠ってしまいたくなるような… でも、海のこんな所で眠ってしまったら大変だ。そろそろ家に戻らないと。

「ただいま!あ、今夜は餃子だね?僕も包むのを手伝うよ」

「おかえり、海音。どこまで散歩に行ったの?」

「商店街通って、海をちょっと見て帰ってきた」

「あら、懐かしいわ。私も最近は海を全然見に行ってないなぁ。この町に住みはじめた頃は、しょっちゅう行っていたのに… お腹が大きかった時も、海を見て心を落ち着かせていたのよ。時々お父さんも一緒だったけれど」

 ん?何故か僕はその時の風景がわかる気がした。

「大好きな人と結婚して赤ちゃんもできたけれど、マタニティブルーとかいうのになって… で、まだ慣れていない町だったけれど海が近くにあるって知ってからは海を見に行ってね。潮の匂いや波の音を聞いているうちに落ち着いてきて、安心して産める気持ちになったものよ。海音の名前も、そんなところから来たのよ… って、何の話しているのかしらね」

「母さんがマタニティブルーって全然想像できないけれど、そんな時期もあったんだね。父さんも意外と…ふ〜ん。さぁ、餃子作らないと!」

「そうね。100個包むのは大変だからね」

「もう、100個も包まなくていいだろうけど… 食べきれなければ冷凍しておけばいいし」

「海音がお土産に持ち帰っても良いのよ」

 そんなやりとりを台所でしていたら、父が帰ってきた。

「海音〜!帰ってきたか?飲むぞ」

「まだ二十歳じゃないから飲めないよ」

「黙ってりゃわからないさ。お前、飲めるんだろ?小鳥遊たかなしの血筋なら飲めるはずだ」

「知らないよ。まだ飲んだことないし…」

「海音、大学行って何をしてるんだ?お勉強しかしてないのか?酒飲んだり恋を語り合ったりとかしないのか?俺がお前位の時は、しっかり彼女もいて…母さんだけどな。学生だったからお洒落な店でカクテルを頼むことはできなかったけど、アパートでこっそりビールとかワインとか飲んでいたぞ」

 まだ飲んでいない父だけど、既にもう饒舌モードに入っている。母も苦笑いして「はいはい、あなたは餃子が焼けるまで、向こうで一人でビール飲んで待ってなさい!」と父をなだめる。

 父と母のいつもの風景… 

 僕はあの声の主がわかった。


あの二人の片方の物語です。

小牧幸助さん、いつも素敵なお題をありがとうございます。

#シロクマ文芸部
#懐かしい

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