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結婚式へ|#夜行バスに乗って(約2800字)
学生時代の親友から結婚式招待状が届き、久しぶりに都会へ向かう。都内にあった大学卒業後は地元に帰り、小学校の教員をしている。
結婚式が春休み期間で良かった。久々の上京となるので、懐かしい友たちとの再会をゆっくり楽しむ時間が持てそうだ。あの頃住んでいたアパートの周りの景色とかも訪ねてみたいな。
昔は寝台列車で上京や帰省とかしていたけれど、もうそういう電車は走らない。代わりに夜行バスというものに乗ってみることにした。板のような寝台席より、きっと寝心地は良いだろう。
夜の八時半頃帳面駅に着き、朝食や飲み物の買い物を済ませ、荷物をバスに預けた。『風林火山号』という勇ましい名前の夜行バス。武田信玄みたいな髭面の男性が運転するのかと思ったら、まるでバスガイドさんのような可愛らしい女性でびっくりした。そして「ワッショイ」というような変なクシャミの音も、遠くから聞こえてきてびっくりした。花粉症の人がいるのかな…
周りの乗客を見回すと、仲良しグループで参加している人もいるようだが、ほとんどがさっそくシートを倒して眠りの体勢に入っている。アルバムを広げて読みふけるおじさんもいた。それぞれがそれぞれの目的でこのバスに乗っているんだな…と思った。
車内に ポン♪ と、音が響いた。
「こんばんは。『春と風林火山号に乗って新宿に行こう!』ツアーにご参加いただき、誠にありがとうございます。私は乗合 春、このバスの運転手を務めます。宜しくお願いいたします。九時になりましたら出発し、その後十一時、二時、四時とサービスエリアで休憩を取りながら、六時に新宿へ到着の予定です」
「皆様が快適にお過ごしできるよう、ゆったりリクライニングシートや充電コンセントをご用意しておりますが、車内で携帯電話等ご使用される際は、基本無音・マナーモードでお願いいたします。また、飲食される場合もお静かにお願いいたします。飲み物は座席に備え付けのドリンクホルダーに置くようご協力ください。まもなく出発いたします。シートベルト着用をお願いいたします」
再び ポン♪ という音が響いて静かになった。やがでエンジンをかける音と振動が伝わる。
九時ちょうどに風林火山号は出発した。シートを倒し、窓の外を時々眺めながら結婚式で述べる祝辞の最後の推敲を始める。
……◯◯さん、末長くおしあわせに。
今日までさんざん悩みながら考えていたので、今更修正するようなところはない。直すとしたら、学生時代エピソードを別ネタにする程度だろう。ウケを狙うのか、正統派路線で真面目に収めるのか… 一応『正統派』で認めてきたけれど。
それにしても、彼女が結婚するのか。あの、万年夢見る少女キャラだった彼女に、結婚を意識させた男性って、いったいどんな人間なんだろう。白馬に乗った王子様が迎えに来るのを、マジで待っているような彼女だったから… まさか本当に馬に乗ってプロポーズとかしたんじゃないだろうな。片膝ついて手の甲に口づけして…とか、うわぁ!想像すると笑える。でも、そういう世界に憧れていた彼女だったから、どうだったんだろう。電話では「うふふ、想像に任せる」なんて言っていたけれど。
夢見る少女キャラだったけれど、料理はうまかったな。まぁ、未来のステキな旦那様や家族のために、食事を通して健康管理を極めたいって頑張っていたから。服も自前で作っていたっけ。そう言えば学園祭でのコスプレ衣装作りとか、いろんな所から頼まれていた気がする。私も衣装ではないけれど、可愛いサコッシュをお揃いで作ってもらったな。
彼女との思い出があれこれ浮かんでいるうちに、また ポン♪ という音が響いた。
「まもなく最初の休息所〇〇サービスエリアに到着いたします」
窓の外が少しだけ明るくなる。サービスエリアは公衆トイレの周りだけ人がいて、あとはひっそりとしていた。
「休憩時間は20分を予定していますので、11:20には『風林火山号』にお戻りください」
私はトイレに寄るため、バスを降りた。また遠くで「ワッショイ」というクシャミの音がする。どうも同じバスの乗客のようだ。花粉症で辛そうだ。外に出ないでバスの中に居ればよいのに。
バスに戻ると、既に熟睡している人が多かった。なんか大きなバッグを膝に抱えて窓辺をじっと眺めている少女は、眠りたくても眠れないのかな… 座席に着いて自分も眠ろうとしたら、眼鏡の若い子たちが食べ物を持って楽しそうに戻ってきた。こんな深夜に、まだ食べる元気があるのか!まぁ、自分にもそんな時代は確かにあったけど、今はもう眠りたいだけ。結婚式に寝不足顔はダメでしょう。私は窓のカーテンを引いた。
「みなさま、おそろいでしょうか。隣の座席の方とかで、お戻りになられてないような方は…いらっしゃらないようですので出発いたします。シートベルト着用をお願いいたします。次は午前二時頃休憩になります」
………
ポン♪ という音が響き、カーテン越しに柔らかな日差しを感じた。
「おはようございます。『風林火山号』は、まもなくバスタ新宿に予定通り六時に到着します。お忘れ物などございませんよう、今一度御手周りをご確認ください。まもなくバスタ新宿に到着いたします」
初めて来たバスタ新宿は、バスターミナルというだけあってバスだらけだった。自分たちと同じような人たちが、他のバスから次々と降りてくるのが見える。
「『春と風林火山号で新宿に行こう!』のツアーにご参加いただき、誠にありがとうございました。みなさまのご協力で無事定刻通り新宿に到着いたしました。お忘れ物などないようお降り願います。また、みなさまとご一緒できる機会を楽しみにしております。本日は誠にありがとうございました。みなさま、お気をつけて。いってらっしゃいませ!」
可愛いガイドさん…じゃなくて運転手さんに見送られてバスから降りた。久々の都会、新宿。
「あ、あのホテルだわ!」
私は招待状に書かれた式場のホテルをみつけ、そちらに歩いて行った。遠くでかすかにクシャミの音がする。『都会で悪化させないように』と祈らずにはいられない。と、その時 パアアアン と空気を切り裂くような音が響いた。何?都会怖い!
恐々と音のした方を見ると… ピストルの形をしたクラッカーで、しかも彼女にプロポーズしている最中だった。さすが都会!拍手まで起きている。私も釣られて拍手をした。なんとなく、幸先が良い感じがした。
「あ、あのバッグの子…!」
膝の上に大きなバッグを抱えていた少女が、どうも私と同じホテルを目指しているようだ。バスの中で眠れたのかしら。そしてバッグには何が入っているのかしら。披露宴で見せる隠し芸の小道具?うーん、頑張れ!そして、私も祝辞を頑張るぞ。
[完]
豆島 圭さんの企画『#夜行バスに乗って』に乗ってみました😅 他の方々の作品にも、少し絡めてみましたが、NG等ありましたらご連絡ください。