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僕のカチンコはケツバット|#ポンコツ書き出しチャレンジ

「右手でけん玉、左手でヨーヨーをしながら、リフティングを百回する」

一学期最後の日、夏休みの目標を提出した僕は担任の松本に殴られた。ガキ使のケツバットでお尻を…だったが。なんで教員がそんなものを持っているのか、訳がわからない。

「お前たち、真面目に目標を書け!ふざけている奴は、夏休みを始めさせないからな。」

松本はケツバットを片手に黒板前に立ち、書き直しするまで僕たち3人を教室から絶対に出さないという眼差しで睨みつける。

「いいか、改めてもう一度言うぞ。自分の将来・夢のことを考えて、今どういうことに挑戦したら、夢の実現に近づくかよ〜く考えて書くんだ。」

ふざけてんじゃねぇよ、ポンコツ野郎め。大人って、何でこう決めつけるんだろう。真面目に書いたのに。僕のほかに残されたのは、山下と女子の花岡だった。山下はとにかく、花岡が何を書いて残されたのかは気になるところだが。

  ***

「山下!『正座が三十分できるようになりますように』って何だ?七夕の願い事じゃないんだぞ。お前の家はお寺さんか?」

あぁ、松本は山下の夢を知らないんだな。アイツは落語が好きなんだよ。僕には落語の面白味は正直よくわからないけれど、アイツが休み時間に楽しそうに落語を披露し解説するのは知っている。机を二つ寄せて、そこに正座して「えぇ〜、毎度バカバカしいお笑いをいたしましょうかねぇ。なに?別にお前の話しなんぞ聞きたくはない?そんなつれない言葉など言わないで…って、遊んでくれる連れがいないからつれなくなると…」みたいな語りかけで、いつの間にか耳を傾けてしまうんだよな。

「先生!僕の家はお寺ではありません。そして夢は、落語家です。僕はネタを覚えて、みんなの前で話すことはできます。でも、正座が長くできません。夏休みの間に、少なくとも三十分は正座ができるようになれたらと思い、目標に書きました。」

山下は全くふざけた様子を見せずそう言うと、真っ正面から担任の松本を見つめ返した。なんだろう。例えが変かもしれないが、餌をもらうのをキラキラした目でじっと待つ子犬のように見えた。

「わかった。山下、帰ってよし!」
松本は黒板に近い方の扉を片手でガラガラと引き、ケツバットを誘導灯のように振って送り出した。

「三十分といわず、一時間でも二時間でも大丈夫になれるよう頑張れよ。二学期の最初にこの教室で、正座で落語を披露してもらうからな。」
「できたら座布団の用意も…」
「自分で持ってこい!」

夏の暑い季節に正座の修行か… 考えただけで痺れて汗が出そうだが、僕も応援するぞ。山下、頑張れ!

  ***

「さて、花岡!目標が抽象的過ぎて、訳がわからない。『ネタを探す』って何のためのネタだ?お前も落語家とか芸人を目指しているのか?」

山下も花岡も、そして僕もだが、何が目的なのか説明をしないで活動内容だけ記入したから、こうして教室に残されたんだと理解した。しかし、花岡は何のためにネタ探しを夏休みにするのだろう?そう言えば、一人でブツブツ言いながらノートに何かを書き溜めている様子は見たことがある。あのノートは、コントのネタ帳だったのか?

「秘密です。先生には言いたくありません。」
花岡はブスッとしながら、下敷きで首の辺りをパタパタ扇ぎながら答えていた。

「それに、もうネタは見つかりました。あとはかくだけです。あっ、言っちゃった…」
花岡は下敷きで扇ぐのを止めて、顔を隠した。
 
花岡は夏休みの目標を既に達成したらしい。しかし、かく⚫︎ ⚫︎だけってなんだろう?僕と同じことを松本も感じたようだ。

「だったら、夏休みにはそのネタを使ってかくことに目標は変わるんだな。何をかくんだ?」

「どうしても言わないといけませんか?落選したら恥ずかしいし… でも、入選したら報告しないといけないだろうし。私、少女漫画雑誌『メロディー』の新人賞に応募したいんです。将来は漫画家になりたくて…」

「花岡は、今までに漫画をちゃんと描いたことはあるのか?好きな漫画家は誰だ?」
意外と松本は食いついている。

「尊敬しているのは『メロディー』に連載中の五十嵐翠いがらし みどり先生です。四コマや短編物なら友だちとよく描いているけれど、長編というかストーリー漫画は初めてで…」
「五十嵐翠って、今アニメで人気の『魔法マジック戦隊チャーミーズ』の原作者だろ?見たことあるぞ。俺はあの中の水色の子が好きだな。」
「アクアチャーミー、私も好き!松本先生、良く知ってますね。ああいうキラキラしたワクワクする漫画を私も作りたいんです!」

花岡と松本は僕の知らないアニメの話で盛り上がっている。それにしても、松本… 少女アニメ観ていたなんて、ちょっとキモいぜ。

「新人賞の〆切はいつなんだ?」
「10月の10日です。」
「時間が無いじゃないか!すぐに始めろ。帰ってよし!」
「えっ?!」
「夏休みを使って、ちゃんと作品を完成させろ。いい加減な作品を描くんじゃないぞ。そして、応募する前に、俺にも原稿を見せろよ。」

松本は、山下を送り出した時と同じように、花岡を送り出した。

「ネタが何なのか聞きたいけれど、それを知ってしまったら漫画を読む楽しみ無くなるからな。夜はちゃんと寝ろよ。食事もしっかり食え。そして、他の宿題も忘れずにやれよ!あと、自分のことばかりではなく、家族の手伝いもたまにはするんだぞ。」

花岡は下敷きをヒラヒラさせて、僕たちにサヨナラをした。

僕も花岡の漫画が入選することを心から祈るよ。それにしても、一体どんな漫画を描くんだろう。学園モノだったら、僕もモブとかで登場しないかな… 出るわけないか。ハハハ…

  ***

教室には、松本と僕だけになった。

「佐々木。実はお前のが一番合点がいかない。けん玉とヨーヨーとサッカー… 同時にやる意味は何だ?大道芸人を目指しているのか?」

「先生。僕は大道芸人を目指しているわけではないけれど、テレビに出たいという夢があります。そしてみんなを…特に田舎のじいちゃんに僕の姿を見てもらって笑顔になって欲しいと思ってます。」

僕のじいちゃんはとても愛妻家だったけれど、一昨年ばあちゃんが亡くなってから急に元気がなくなり、今はホームで暮らしている。ばあちゃんがいた頃は、夏休みや冬休みとかに泊まりがけで遊びに行ったりしていたが、もうほとんど会いに行けていない。感染症対策とかで、面会も最近は禁止されているし。電話しても話が続かない。じいちゃんもテレビを観ることだけが唯一の楽しみのようだ。

「年末の紅白で行なわれるけん玉ギネス挑戦を観ていて、あんなただ一回だけ玉を載せるだけじゃ無く、もっとすごいこと見せればいいのにって、いつも思ってました。それで、出演自己PRとしてあの夏休みの目標を考えました。それで、今年の紅白のけん玉ギネス挑戦に出してもらえたら…と。きっとじいちゃんは紅白を観るから、僕の活躍を観て喜んでくれると思います。」

「佐々木…」

僕は山下や花岡と同じように「帰ってよし!」と言われると思い、帰り支度を始めた。

「誰が帰っていいと言った?」
「えっ?駄目なんですか?じいちゃんを喜ばせるために練習をするのは、いけないんですか?」
「じいちゃんを喜ばせるのは良いことだ。でも、テレビに出ることだけが、じいちゃんを喜ばせることでは無いんじゃないか?」
「だって、じいちゃんのいるホームには行かれないんですよ。会えないんです!」

僕の話、聞いてなかったのか?このポンコツ野郎…

  ***

松本は意外なことを話し始めた。

「お前は、インターネットとかやらないのか?最近は YouTuberとかやっている奴、多いみたいだが。そういうのは考えなかったのか?」

「僕はYouTube良く観るけれど、じいちゃんには無理だと思うし… 携帯とか持ってないから、パソコンやタブレット端末とかも持ってないだろうし。」
「どうして、じいちゃんには無理だと思うんだ?ツールは施設に有るだろう。お借りできないかな。周りの人達が、使い方とかきっと教えてくれるよ。本当は、自分用に買った方が良いのだけれどな。かわいい孫の姿が、好きな時に好きなだけ観れるならば、じいちゃんだって一生懸命に使い方を覚えようとするさ。」

「先生…」
知らない間に、僕はじいちゃんのことをテレビしか娯楽のないボケた老人と見下していたみたいだ。テレビを観ることしか楽しみのない、何もできないつまらない人生を送っている人だと思っていたようだ。だからテレビに映り映えうつりばえするような、自分でも若干変だとは思った目標を立てて、テレビに出ることだけを考えていた。目標が達成されたとしても、テレビに出演できるかなんて、正直わからない。ただただ頭の中で「こんなすごいことできる自分を見たら、じいちゃん喜ぶぞ!」としか考えていなかった。

「僕はどうしたらいいっすか?」
知らないうちにタメ語になっていたが、松本はケツバットで、軽く頭をポンと叩いただけだった。

「じいちゃん専用のYouTuberになるんだな。そのためには録画や編集に協力してくれる人が必要だが… 佐々木、誰か当てはあるか?」
「いや、全く… 観るの専門なんで。」

僕はインスタやTikTokとかは、やっていない。自分で動画を撮ったり挙げたりした経験は全くない。写真は撮るけれど、いつかじいちゃんに高校入学式の写真送ったが、返信が無かったからそれきりになっていた。返信が来なかったから、関心が無いんだと勘違いもしていたんだな。僕は最低な奴かもしれない。

  ***

じいちゃんに僕の…僕の家族とかの動画を送って見せてあげたいが、その技術がない。夏休みに勉強するのが良いのかな。でも、どうやって…

「佐々木。俺が教えてやるよ。」
「ええっ?松も… いや、先生がですか?」
「驚くことはないだろう?俺の担当教科は何だ?」
「工芸… あ、情報もでしたね。」
「ポンコツ野郎だけれど、少しは頼りにしてくれよ。」
「ポンコツって… 聞こえていたんですか?」
「ふふふ…」

  ***

それから僕と松本は、スマホの録画モードを使って、簡単に映像を撮る練習をした。

「佐々木。けん玉とヨーヨーとサッカーボールの準備はしたのか?」
「バッチリです。先生こそ、僕の渾身のプレイを取り損なったりしないでくださいよ!」
「じゃあ、これ(ケツバット)を振り下ろしたらスタートな!いいか?」
「いいっすよ!  はい。」

リフティングしながら、左手はヨーヨー、右手はけん玉という奇妙な行動をする僕と、左手にケツバット、右手にスマホを持った松本の姿は、夏休みの校庭の片隅で時々見られるようになった。

「佐々木!じいちゃんって落語が好きなんじゃないか?山下の落語も撮りに行かないか?」
「いいっすね!」

僕たちは、正座特訓中の山下も撮った。

「将来の有名漫画家も取材に行かないか?」
「行きましょう!」

花岡は、漫画を撮るのはNGだけど、デビューした時用だというサインを色紙に書いて披露してくれたので、それを撮った。なんか本当に漫画家になったようで、ものすごくカッコよかった。

漫画も、ほんの少しだけ見せてもらった。すると、ボサボサ髪のメガネをかけた男子… どことなく僕っぽいのが、登場していてドキッとした。

「佐々木!この夏は、じいちゃん孝行いっぱいだな。」
「先生、ありがとうございます。」
「これからも、撮りまくるぞ!」

僕よりも松本の方が張り切っているようだ。

「佐々木!リフティングの準備はいいか?」
「OKですっ!」

今日もケツバットが振り下ろされ、じいちゃんへの特別番組が録画され始めた。

  *** 完 ***

[4855字]

〆切ギリギリでの投稿です。お手数おかけいたします。

みょーさんの可愛らしいアイコンが気になって、時々覗いていました。お話も楽しく拝読していました。そしてこの度、こちらの『ポンコツ書き出しチャレンジ』企画を知り、お題からの妄想も弾んできたので参加させていただきました。

ネタ被りをなんとか回避しようとしましたが、多分作中人物へのキャラ付けが同じようだと… 似てしまうようです。私は教員に対して「こんな先生がいたらいいな」と思いながら書いていたので、なんとなく誰かの作品と空気が似ているようになりました。パクりではないのですが、不快に思われたなら申し訳ございません。

久々に長い作品を書いたので、誤字や変な日本語とかないかちょっとドキドキしています。何遍も読み返してはいるのですが、思い込みとかあるだろうし…

それでも、書いていて楽しかったです。良いお題をありがとうございました。

※ 一回投稿しましたが、俺と僕が混在していたので、修正しました。
※コメント欄で誤字のご指摘がありましたので、修正しました。

#ポンコツ書き出しチャレンジ
#小説

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