拝復AOIRO様|#青色手紙を打ち返せ(約7500字)

梅雨入りの声がすぐそこに…の、曇天続きでじんわりと蒸し暑い日々を送る中、一筋の光が差し込んできたような!そんな記事に巡り会いました。

↑  こちらは、AOIROさんの『青色手紙を打ち返せ』という企画に、〆切ギリギリで申し込んだ私への素敵な返信なのです。

↑  こちらは、昨年の『これぞ我がジャンプ』企画に参加させていただいた時の、返信エッセイです。

昨年は初恋絡みの走り幅跳びの思い出を綴った記事への返信。そして今回は、今まで自分が発信したnoteエッセイ記事いろいろからの返信です。AOIROさんが読まれて、ネタのとっ散らかりぶりに、匙ならぬ筆を投げだされないか、若干心配しておりましたが、杞憂だったようです。読んでいただき、本当にありがとうございました。

そして今頃気がついたのですが、私はAOIROさんってnote歴が長い方…と、勝手に思っておりました。昨年の企画が立ち上がった少し前に、noteを始められたのですね。なんとエネルギッシュな方!本職の絵を描くことも文章を綴ることも、多分生きることにも、いつも全力投球…と一言で言えば語弊があるけれど、そんな感じ(どんな感じ?)でおられる方なのではないかと思います。

さて、企画の返礼というか、この返信記事をupするまでが本企画の目的とするところなので、精一杯頑張って綴りたいと思います。

(…と、遅筆なうちに梅雨に突入)



AOIROさんは、私の記事に懐かしさのようなものを感じながら読まれていたようです。以下、抜粋。

りみっとさんの記事は、そういう懐かしい時代のいろんなものがこもっていることが多々あります。
セピア色、と言っていいのかはわかりませんが、なんとなくアルバムをめくっているみたいな感覚で記事を拝読することが多々あります。

懐かしさを纏っている感じ。
その感じが非常に心地良くもあります。

「懐かしい雰囲気」より

私がnoteを始めたきっかけは、仕事と親の介護のストレスからの逃避…というか、その日の反省の意も込めつつ、いつか読み返した時に「あんなこともあったなぁ」と思えるような記録的存在でした。それが、父が亡くなったことが転機で、父が生きていた頃のことを書いたりするうちに… 何となく自分史綴りみたいな感じになっていました。半世紀以上も生きていますから、昭和・平成・令和と時代を経ていますし、これに祖母などの思い出も入れたら明治・大正・戦前の昭和… のことも書けてしまうわけで…

AOIROさんの企画もそうですが、noteにはさまざまなイベントがあり、創作系の企画にも手を伸ばし始めて、今はエッセイや日記的な記事よりも、ショートショートを綴る方が多くなりました。ただ、それらにも自分の経験を交えながら書いているので、なんとなく既視感とか懐古感を払えない感じがするかしら。

自分語りが多くなってしまいましたね。年寄りの悪い癖です。

さて、私にとってもAOIROさんのエッセイは、お会いしたことのない方のお話でも親近感を抱かせる、不思議な魅力あふれる筆致だな…と感じます。

AOIROさんのnoteに、たびたび登場する絵画教室の先生… 「ばあさん」と表わされるのですが、そんなばあさん絡み(←とても失礼)のお話はとても楽しみです。

私は小さい頃、お絵描き教室に憧れていました。なんならピアノ教室よりも、本当に通いたいのはお絵描き教室でした。ピアノを自慢する友人に対抗心を燃やし、ついうっかりと「ピアノが欲しい」と親にねだり買ってもらった代償はピアノ教室に通うこと。(当たり前)ピアノは弾いてみたかっただけ。でもお絵描きはずっと大好きだったから、もっと上手になりたかった。でも「あなたは習わなくても上手に描けるでしょ?」と軽く否されて… 

なんでピアノを自慢する子に張り合ってしまったのか、なんで先にお絵描き教室に通う子と知り合わなかったのか… 小学一年生の頃の私は、そりゃあもう後悔しまくりでした。

そんなあの頃の心のモヤモヤが、AOIROさんの記事を読んで、なんとなく一緒に通っていたかのような軽い錯覚みたいな気持ちになり、昇華されていくようで好きです。

紫色の頭をしたハイカラなばあさんで、そこはかとないザマス口調としゃがれた声に、豪快な笑い声。だというのに、とても品のある、なんともいえない紫色のばあさんだった。

「煙遊びと永遠」より

「そうそう、そんな先生いらしたわね。葉巻の上品な甘いような香りも漂わせて… 」なんて(全く見知らぬ方なのに)相槌を打ってみたりしながら。妄想の世界で、自分が通ってみたかったお絵描き教室の様子を、AOIROさんのエッセイから具現化してみたりして。

子どもの頃に見た、あのばあさんの横顔が忘れらない。どこか遠くを、ここではないどこかをぼんやりと見つめているみたいな、そんな顔が。
今のわたしも、そんな表情をしているのだろうか、なんてことを考えながら、時々葉巻を吸うことがある。どうなっているかは、わからないままだけれど。

ちょっと子どもみたいに想像力をふくらませて考えてみると、もしかするとこうして煙遊びをしているとき、過去のあの時間、葉巻を吸っているばあさんと煙を通して通信しているのかもな、とか、そんなことを思う。
冗談だけれども、でもそうだったら面白いな、と思う。物語にでもできてしまいそうな話だ。

「煙遊びと永遠」より

私もAOIROさんと同じように(葉巻はくわえないけれども)、窓の外を眺めながら想いを巡らせてしまうのです。時の流れから考えると、先生は今は文字通り雲の上の人…なんだと思いますが、思いがけない場所で「もしかして、今すれ違った人って…」と出会えることがありそうな気もするのです。

AOIROさんの描く人は… 文字でも絵でも「生きている」と強く感じられます。常にデッサン画とか描かれているAOIROさんは、人が大好きなんだな… と思います。



私は、趣味でコーラス・合唱をしていますが、AOIROさんは体験されたことがないそうです。入学式や卒業式で校歌を歌ったり…も合唱だとは思いますが、いわゆるコンクール風なものに向けてより良いものを発表するために、徹底的に練習するという経験がない… という意味と捉えました。

私は前述の通り、絵画教室とか絵を習った経験が全くありません。図工の授業程度です。AOIROさんは画家なので、たくさんの経験がおありです。

海外で単身、ホームステイ弟子入り修行って、正直「スゴイ!」と思いました。私の趣味のコーラスの練習などと、全然次元の違う話です。でも… とても楽しく拝読させていただきました。

描くことにルールはなくて、好きに、自由に、自分の世界を描けばいいと思う。基準は自分の中にしかないのだから、自分の思う基準に従えばいい。教えるときにはそう伝える。

だけど、師は「基準を示しなさい」とも言ったから。
示し続けなければならばい。
でも、彼は「基準を押し付けろ」とは言わなかったから。
わたしはわたしの世界の中で、情熱と激情に向かい合い続ける。

「ジェダイマスターからの手紙」より

AOIROさんの描く世界と私の歌う世界と、どこかつながっているところがあるかな…と思ったことを書いてみます。

合唱は一人ではなく大勢の人と一緒に歌い創り上げていくものなので、音程を大切にしながらも『和』音を大切にするので… 時には『和』を優先させることも。「この音が正しいのよ!」と主張して、たとえ音程は正しくても『和』が乱れていたら、そちらの方が美しく聴こえない。だから練習では、音が下がらないことも大事だけれど、和音が乱れていないかの方に注意に注意を重ねています。みんなと一緒に歌い上げて「あれ?1音下がってたね(^^;)」と最後に笑い合うのも、また乙なものです。

子供の頃に始まって、そして大人になって、結婚をされた今もまたコーラスを楽しんでいて、りみっとさんの一生の中にはコーラスが切っても切り離せない形で存在している。
まさに「営み」的な関わり方に、大切なものとの関わり方を改めて思いました。

誰しも、人生の中でなんとかかんとか続けているもの、どうしてだか続いていることってあると思います。
そういうものって案外、自分の人生の中核を担っているようなものだと思います。

「懐かしい雰囲気」より

コーラスを続けていたせいなのかはわかりませんが、大勢の中で和を大切にしたいという思いが強いのは確かです。長いものに巻かれる…とは違う気もしますし、多数決の原理とも違う気がするのですが… なんかそういう気持ちは育っています。聖徳太子の『和を以って尊しとなす』の精神でしょうか。

君には愛がある。だから君は愛される。必ず、私たちが君を愛したように、君も、君の作品もたくさんの人から愛される。
だから、応援されなさい。与えられたものは素直に受け取り、糧にし、その才能で大きく世界に還元しなさい。
そして、基準を示しなさい。芸術は自由でいい。でも、必ず基準を示せる人が必要で、そんな人たちがいなくなったら芸術は無法地帯になる。自由でいい。だけど基準がいる。矛盾しているけれど、実は矛盾していない。
基準が、自由を守る。その旅は孤独かもしれないけれど、基準を示せる人はそうはいない。君は基準を示し続けなさい、愛とともに。

「ジェダイマスターからの手紙」より

AOIROさんが師から贈られた言葉に、深く頷く私がいます。


最後には恋愛観というか『理想の結婚』のお話に。

私は約40年旦那と共に暮らしています。職場の同僚SEでした。一緒のシステムを担当したことは無いけれど、交流は嫌というほどに…

↑  こんな感じで出会いました。で… 未だに同僚な気分です。

結婚して子どもが生まれ、子どもたちが自立して巣立ちし、数年前から夫婦二人で過ごしていますが、世間でよく聞く「息が詰まりそう感」は無いです。お互いに現役でまだ働いているのもあるかもしれませんけれど。

私は、両親が離婚しているので『理想の結婚』とは、私にとっては文字通り「共に白髪が生えるまで」みたいな、お互い労りあいながら添い遂げる… そんなイメージです。

朝、誰かとご飯を食べること。
お昼に呼ばれること。
夜、寝る前までリビングルームで誰かと話して、おやすみと言って部屋に戻って眠ること。
部屋に戻った後にも、リビングの灯りはついていて、夜中に起きたら偶然誰かがコーヒーを飲もうとしていて、それを分けてもらう。そのまま少し話したりして、普段とは違う、なにか二人で秘密を共有したような心地になる。

「ジェダイマスターからの手紙」より

AOIROさんが異国のホームステイ先でふれた、ごく普通の温かな生活の営み。一人暮らしの生活が長かったAOIROさんにとって、誰かと共に暮らし、穏やかで安らかな気持ちを覚えるひとときだったのだろうと思います。

正直、私は結婚する前の自分の自宅に、安らぎはありませんでした。簡単に言えば、継母と折り合いが悪かった…という話しです。私はこの家族の中にいなくても良い存在なんじゃないか…と、ずっと感じていました。だったら独り立ちすれば良い話しなんですが、父が「女の一人暮らしなんか許さん!」みたいな人だったから… 

わたしは、人は分かり合えないと思っている。
誰かをわかることなんて、不可能だと思っている。「無知の知」にも近い感覚で、そう思っている。
それでいて、「無知の不知」ほど、厄介なもの、タチが悪いものはない。(と、個人的に思っている)

そして、わたしは人が人を理解することも、わかることもできないと思っているからこそ、人と人はただ出会うことしかできないと思っている。

わたしたちはこの広大な宇宙の中で、互いの宇宙が異なる中で、入れ子構造みたいになっているこの世界で、ただただ、出会うことしかできない。
自分の眼差しの中で他者と出会って、自分の心の中で他者を感じることしかできない。

自分が感じていることは、他者のそれと同じなのか、違うのかは、きっと証明不可能だからこそ、「わかる」「分かり合う」の終点は見えず、見えないからこそ、ただ他者の存在を、自分の身体を通して感じている。出会い続けている。

「日記な話」より

AOIROさんの文章を読んで、何となく「そんな感覚は自分にもあるな」と分かったような気分(ダメじゃん)になりました。でも、実際に家族とは全然分かり合っていないすれ違っている微妙な気持ちは常にあったのです。自分の家族とそんな感覚を持っているのに、全く別の家族の人間と、自分は家族(結婚)になることなどできるのだろうかと思っていました。

しかも、ちょうど大学を卒業し就職する頃に初彼ができ、結婚も少しは意識していたのですが… 私の仕事(SE)があまりにも忙しすぎて「僕と仕事とどっちが大事なの?」みたいな感じで浮気され、ますます結婚には慎重感を覚えました。だったら、別に結婚という形にこだわらず、ずっと仲良しの友だち付き合いのまま過ごす方が楽に生きられるんじゃないかと。

そんな中で出会った旦那。「こんな人、ありえない」的な始まりから「こんな人だったなんて」と変わっていって、未だに「こんな一面もあるんだ」と発見する喜びがあります。分かり合えない時に喧嘩するのも、ストレス発散…な感じで。意見が合わずぷりぷりしている時に放っておかれるのも… なんか拒絶感よりも愛情?を感じたりする。お互いに、いつまで経っても以心伝心の境地にはたどり着けないことを、何となく理解しつつ、だからと言って諦めることもせず「この人って、こんな風に思ってたんだ!」みたいに発見を楽しむ日々です。

家族を作ることを諦めていたこともある自分に、ずっと一緒にいてくれる旦那(旦那のご家族も大好き!)には、本当に感謝しています。この人に出会えて、私は本当に良かったです。(旦那は後悔してるかもですが)

どうして、わからなければならないのだろう。

わたしは素朴にそう思ってしまう。
わたしもあなたもきっと、わからない。わからないからこそ、出会い続けている。
程度の差はあれど、どうして「わかる」という一種の檻のようなものを持ち出してこなければならないのか。
ただ、出会って、ただ、他者を感じている、ではいけないのだろうか。

そんなことを思うのである。

つまるところ、わたしは早々に「わかる」を諦めた人間であり、「分かり合う」に背を向けた人間であり、だからこそ、ただ出会うことに徹していて、出会いを大切に感じている。

これ以上出会いたくなかったら離れるし、これ以上感じたくなかったら距離を取る。
その人を感じていたかったらまた出会い続けるし、感じ続ける。

「日記な話」より

私の中の「離婚したくない」という意識は、『これ以上出会いたくなかったら離れるし、これ以上感じたくなかったら距離を取る』を、まさに具現化した姿を体験したくない…そのものです。誰かと出会って心の交流があり、そのような人たちと(何がきっかけかもあるけれど)縁を切りたくなるようなことは、したくない…と思う、寂しがり屋の心が欲しているのでしょう。

『その人を感じていたかったらまた出会い続けるし、感じ続ける』… いつも相手の良いところも悪いところも見つけようと、頑張れる自分がいる。旦那のことなら、多分他の人よりは理解しているつもりだけど、やっぱり本心とかは正直わからない。いつも謙虚な気持ちで接した方が良いのかなとか思ったりしている、そんな気持ちで過ごす日々です。


これで、本当の〆に持っていきます。

↑ AOIROさんはさまざまなお顔をお持ちで、言語学の研究等にも長けていらっしゃいます。こちらはそんな彼女の別の一面のサイト、英語学習についての知見が記されています。

私自身が「英語は苦手なんだなぁ」なところもあるのですが、現在マジでピンチなのです!

小学校の放課後の空き教室を使い、児童たちの交流を見守ったり、預かったりの仕事をしていますが、最近アラブ系の転入生が参加しました。アラビア語しかわかりません。ご両親共アラブ系の方で、英語がかろうじて…な感じです。私は、それに輪をかけて英語はかろうじて…です。数年前にも「英語しかわからない」という保護者の方と、お子さんのことで会話したことありますが、その時の冷や汗感の再来です。

でも、AOIROさんの『音読のススメ』を読み、なんとなく前向きになれる気持ちがいただけました。まず「きく」「はなす」から始まること。そして(文字で書かれたものを)「よむ」こと。黙読でも良いそうですが、正しく「はなす」ためは声を出して音読することが一番のようです。私は『黙読派』でした。コーラスだって、楽譜を見て黙読?することもありますが、鼻歌混じりでも声というか音を出した方が早く覚えられます。とても腑に落ちます。

書かれたものを声に出して読む。そう言えば、日本人が一番よく喋る英文の代表が「This is a pen.」なのは、クラス全員で「This is a pen.」の唱和を何度もした経験からに違いありません。「How are you? I'm fine, thank you. And you?」の会話文も、また然り。声に出した方が… 圧倒的に脳に刷り込まれています。

相手と話したい言葉や文章は、自分で書いたり翻訳でわかります。でも、それをプリントアウトしておしまい…な今まででした。そんな紙切れを持って、あやふやな発音の会話をしても、伝わらないですよね。せっかくGoogle翻訳には発音の機能もついているのだし、聞き倒すくらい聞いて、自分でも声を出してスラスラと喋れるようにすれば、もっと笑顔で意思疎通できるかなって。ちょっと頑張ってみたいな…と思っています。

帰納法、演繹法、3段論法… AOIROさんの書かれる記事にはとても説得力があり、知的だと言われる水瓶座の申し子のように感じております。

なんとなく雰囲気で綴ってばかりの私も、実は水瓶座!…という、衝撃の告白をして筆を置きたいと思います。

遅筆の上の乱筆乱文、申し訳ございませんでした。気候不順の折から、お身体にはご自愛ください。


#青色手紙を打ち返せ





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