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子どもの寝顔|#シロクマ文芸部
「平和とは、こういうことなんだろうな…」
さっきまで眠いのと、もっと遊んでほしいのとがゴッチャになってギャンギャン泣いていた息子のタカシが、泣き疲れてコテッと眠りにつき、今では時々エヘッというような笑みを浮かべて眠っている。
「タカシはパパのこと大好きだからね。仕事で帰ってくるのが遅いから、会えると嬉しくてたまらないのよ。」
食器を洗いながら、妻は言った。
「昼間はほとんど私と二人だけで過ごすから、パパがいると本当にうれしいのよ。私のこと飽きちゃっている感じよ」
「それはないだろう。でも、遅く帰ったときに、眠いのに寝ないで俺を待っているタカシを見るのは、最高に幸せな気分だな。仕事の疲れが吹っ飛ぶよ。まぁ、また別の疲れが来るんだけどな」
「フフフ… 「絵本を読んで」とか「抱っこしろ」とかおねだりがたくさんだもんね。昼間、私がさんざん読んであげた絵本でも、パパが読むとまた違うんでしょうね」
タカシが眠る布団の周りには、読み聞かせした絵本やぬいぐるみ、ミニカーなどが散らばっていた。
洗い物が終わった妻といっしょにそれらを片付けて、改めてタカシの寝顔を見る。前髪の生えぎわがぐっしょりしていたから、近くにあったガーゼタオルでそっとふく。
「俺が父親になる…なんてな。なんか昔だったら想像できないよ」
高校時代は、地元ではちょっと名の知れたヤンキーをしていた。その時の彼女が妻だ。妻は、普通の女学生だった。いや、普通じゃないかも知れない。ヤンキーだった俺のことを、唯一怖がらないで接してくれる女だった。
「ちょっとだけ、飲む?」
妻は冷蔵庫から缶ビールを出し、ふたつのコップに分けて注いだ。ぬか漬けキュウリも出してきた。
「こういう何でもないことが幸せっていうんだろうな」
「そうね」
「さっきタカシがグズって泣いていただろ?あの時に、ご近所迷惑じゃないかとか思ったりしたけれど…」
「それはお互い様よ。いつまでも泣いていたわけじゃないし。ここのアパートの人たちは、みんな親切だし」
「そうだな。子どもが夜に大泣きしても許してくれるって、でもありがたいことだよ」
キュウリをポリポリ噛みしめながら、突然古い記憶が甦ってきた。
あれは、高校の夏休みの宿題で出された『戦争の話を聞こう』…とかいうやつだったか。ヤンキーな俺は勉強なんかクソ喰らえだったけど、たまたま婆ちゃんとお盆の墓参りを手伝う時に、なんとなく戦争の話を聞いてみたんだ。
「戦争… 思い出したくないね。もうこりごりだよ。防空壕に何度も何度も逃げ込んで、あんな思いはたくさんだね。赤ちゃんが… 赤ちゃんが泣くと「敵に見つかるから早く黙らせろ」って… どうしたんだろうねぇ。赤ちゃんは黙ったけれど、今度は大人の泣き声が聞こえてきてね。あの時の私はわからなかったけれど、きっと… はぁ〜、もう戦争は二度とごめんだね」
俺はしみじみと「今は平和なんだな」と思った。
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今週も宜しくお願いいたします。