金魚まつりへ|#シロクマ文芸部
「金魚鉢がなんであの形をしているか知ってる?」
蘊蓄語りの好きな夫が話しかけて来た。
「知らない。きれいだからじゃないの?」
我が家には、夫が説明しようとしているガラス製で壺型の縁が波状になった金魚鉢はない。玄関先にある四角い水槽でグッピーを飼っている。
「ふふふ。実はあの形は偶然の産物なんだ」
「本当は違う形を作ろうとしていた、っていうこと?」
「そう。ガラスの金魚鉢は最初は風鈴のように上から吊るしていたんだ。その時は金魚玉と呼ばれていたそうだよ。そのうち床に置くようになって、鉢のような形になるんだけど…」
夫がなんでそんなことに興味を抱いて調べまくったのか知らないが、好奇心旺盛なところは好ましくもある。話を聞いてる分には面白いし。
「で、なにぶん昔の話だ。ガラスを丸くするのも熟練が必要だし、縁をきれいにまっすぐにするなんてなかなか大変だったそうだよ」
「金魚鉢作りの職人さんの話ね。で、縁がまっすぐじゃないやつが生まれたんだ!」
「そう。最後の最後で縁作りに失敗して波状のヘロヘロになったのができたんだ。でも、丸い部分はちゃんとできているだろ?せっかく作ったのに勿体ないじゃないか。それにヘロヘロだって、見ようによっては面白くてきれいじゃないか。で、少し安い値段で売ることにしたんだよ」
「なるほど!安いし形も面白いから、逆にヒットしてしまったわけね?」
すると夫は腹を抱えて笑い出した。
「ね、本気にした?金魚鉢が失敗作から生まれた話のこと」
「え?違うの?え???」
夫はゲラゲラ笑いが止まらない。私は… 騙された怒りで金魚のように真っ赤になる。
「嘘話しなんかして。もう、あなたの話なんか何を聞いても信じないことにするわ!」
「ごめんごめん。でも、途中までは本当の話だよ。金魚玉のところとか」
「でも最後には嘘にしちゃったわけでしょ?いろんなことを知っているんだなと信じていたのに… もう、大嫌い!!」
大嫌いの言葉で、夫は冗談で済まされないことにようやく気がついたようだ。
「ごめんよ、嘘ついて。でも君がいつも面白がって蘊蓄話を聞いてくれるから、つい話が膨らんでさ…」
「じゃあ、本当はなんであの形をしているの?」
「知らない。ただ落ちだけを考えて話しただけだよ」
「やっぱり最初から嘘つくつもりだったんじゃない!もう、やだ!」
「ごめんよ。もう嘘はつかないからさ…」
仲直りの条件は金魚まつりに行くことと、金魚鉢の形の謎を解くこと。あとは美味しいケーキを食べさせてくれることと、それから…
[約1000字]
書いていて、うちの旦那がモデルみたいだ…と思いました。いや、ほぼ旦那。金魚鉢のこの話は私の創作ですが、私の知らなかったことをさも知っているように知識を披露して…「よく知ってるね」と褒める私のことを「バカだなぁ。嘘に決まってるだろう?」としれっとして答える最低な奴!
でも、後になれば笑えるし「この人、嘘つきなんです」と友だちに紹介するのも楽しいし。私の方が根性腐っているかもしれません。