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パキスタンティー|#シロクマ文芸部(約1000字)
「ハチミツは砂糖の代わりというよりも、味とコクを出すもの…だな」
調味料置き場からハチミツを出す時、そんなことを呟いていた。
初めて彼の部屋を訪ねた時に、淹れてくれたのがパキスタンティーだった。
「君、コーヒーよりも紅茶派なんでしょ?僕もそうなんだ。自分でもいろんな紅茶を調べて作ってみるんだ。最近ハマっているのがパキスタンティー。飲む?」
「ええ。でも、パキスタンティーってどんなの?セイロンティーみたいな茶葉の名前?」
「違うよ。説明するの面倒だし、まぁ楽しみに待ってて」
部屋の真ん中の小さなテーブル前に座って、台所に立つ彼を見ていた。ただでさえ緊張してるのに… でも男の人が調理するのを見るのは、飲食店や授業の調理実習以外では初めてかもしれない。ちょっとワクワクもしていた。
彼は冷蔵庫を開けて、牛乳とバターを出した。牛乳はわかるが、バターは何に使うんだろう?なんだか良くわからないが、昔給食でパンに付いていたマーガリンと同じくらいのサイズのを二つ切りだし、小皿に乗せた。
牛乳を片手鍋でゆっくりと沸かし、その間にティーカップにもお湯を注ぎ温めるという手際の良さ!喫茶店厨房でのバイト経験があるのでは… そんな疑念が浮かぶほど。
牛乳が沸いたらティーパックではなく、四角い缶に入った紅茶の葉を入れた。たちまち部屋中に紅茶とミルクの香りが広がる。もうここは彼の部屋ではなく、どこかの喫茶店のようだ。
「ねぇ。甘いのとすっごく甘いのと、どっちが好き?」
甘くないのを選択する余地は無いようだ。
「普通でお願いします」
「了解」
カップを温めていたお湯を捨てて、ハチミツを注ぐ。ほのかに甘い香りも漂ってきた。
そこに牛乳で煮出した紅茶を、茶漉しで漉して注ぐ。さっきよりも一層ハチミツの香りが部屋に充満する。
「仕上げはバターだよ」
すっかり忘れていたバターが最後に投入された。紅茶にバターを入れるなんて初めての体験。一体どんな味がするのだろう…
「スプーンでかき混ぜて、少しずつ溶かしながら飲むと味が変わってきて面白いよ」
バターの濃厚な香りとハチミツの甘い香り、ミルクの柔らかな香りに紅茶のスッキリした香りも混じって不思議な香りのハーモニー。
初めて飲んだパキスタンティーは、バターの塩っぱさも加わり味に奥行きを感じられとても美味しかった。
何よりも、彼が私のために淹れてくれたのが一番心が温まった。
昔々の思い出みたいなものです…