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雨を聴く会(約2200字)|#シロクマ文芸部
「雨を聴く会ですね。これは…」
「そうね。なかなか良いネーミングだわ」
◇
雨が降る中、僕は大学の図書館に行く途中で、偶然涼風さんと出会った。涼風さんは『初夏を聴く会』とか季節を感じるイベント企画の主催者だ。
「あら、小鳥遊くん。図書館に用事かしら」
「本を返しに来たんです。涼風さんは今日もこれから実験とかですか?」
「そうなの。長くなりそうだからコンビニで食料確保しようかと」
「カップ麺とか食べるんですか?」
フーフーしながらカップ麺を食べる涼風さんを想像すると、なんかおかしさを感じる。
「こぼしたり、汁飛ばしたりで実験に影響出るといけないから、カップ麺は買わないわ。美味しいけどね。おにぎりやサンドイッチかな。パンくずも難あるから、やっぱおにぎり系が多いかも。中の具をいろいろ変えて選んでさ」
おにぎり片手に実験レポートをまとめる涼風さんの姿を想像するのも、なんか楽しい。
「あ、食いしん坊だとか思っているでしょ?まぁ、自分でも色気より食い気だなってわかっているけれど」
「そんなことないです」
「ありがとう。優しいな!小鳥遊くんは」
「…… じゃあ、優しいついでに買出し付き合いますよ。大学出たとこのコンビニでしょ?本なんか後で返せますから、一緒におにぎりを選びましょう」
「悪いわね。なんかお勧めの具とかあるの?」
「お店で見てからです!」
「はいはい」
◇
都心から離れたキャンパスなので、構外へ出ると田園風景が広がる。雨も降っているし、ちょうど今は田植えも済んで、田んぼに水面が広がる時期だ。カエルの鳴き声も聞こえてくる。
「カエルの大合唱ですね」
「雨が降って喜んでいるのね」
僕たちは傘をさして並んで歩いている。
「雨が降って嬉しかったのは… 運動会が延期になった時かな。私、走るのが遅くて運動会嫌いだったから。延期になるだけで中止にはならないんだけど、1日でもその日が来るのが遅くなればいいって思っていた」
「僕は… 雨というか台風の時に、風に負けないで踏ん張って立つ我慢大会みたいなのが好きだったな。小学生の頃、男子何人かでレインコート着て傘をささないで外にどれだけ立っていられるか競争したんだ。すぐに先生に連れ戻されたけど」
「男子って、そういうところあるよね。小鳥遊くんもやってたんだ」
「女子は雨の日にやりたかったこととかないんですか?」
「雨の日というか… メアリー・ポピンズみたいに傘で空を飛んでみたいとかいう夢はあったかも」
「なるほどね」
雨と傘で、古い映画の『雨に唄えば』のワンシーンを僕は思い出した。どうも男というものは、雨の中でずぶ濡れになるのが好きな生物らしい…と思った。
カエルの鳴き声に変わって、小鳥がさえざる声が聞こえてきた。コンビニ手前の家の玄関上に、ツバメの巣ができている。
「あ、ツバメがいる」
「赤ちゃんが生まれてますね」
こんな雨の日も、親鳥はどこかへ行ってエサを獲ってくるようだ。親鳥が戻ってくると、さっきよりもさえずりが一層騒がしくなる。
「お腹が空いているのね」
「涼風さんもお腹が空かないように買い物に来たのでしたよね」
「あら、うっかり忘れていたわ」
雨傘を二振りしてコンビニ入り口脇の傘立てに置き、僕らは中に入った。
◇
店内にはローカルなお店の宣伝曲が流れ、時折 ♪雨の日セール実施中〜♪ の声も流れた。
「雨の日セールやってるみたいですよ。おにぎり安くなってるかも」
直接の値引きはなかったが、レジのところに『雨の日サービスくじ』というのが置かれていた。
「いらっしゃいませ。おにぎり5個のお買い上げですね。それではこちらのくじを三回引けますのでどうぞ!」
三回引いたら、次の内容だった。
「はずれ」「10円引き」「ラッキーチャンス」
「ラッキーチャンスって何ですか?」
「これから出す問題に10秒以内に答えられたら300円値引きとなります」
「簡単ですか?」
「問題は…こちらの箱の中から選んでください」
「また、くじを引くのね」
くじを一枚選んで店員に渡した。店員はにっこり笑って読み上げた。
今日、雨の中で聴いた音を3種類挙げなさい
「カエルの鳴き声!傘にあたる雨音!子ツバメのさえずり!」
「子ツバメですか?どこで?」
「ここの並びの家の玄関上に…」
「あ、生まれたんですね。良かった」
「300円値引きさせていただきます。あ、10円引きもあるから全部で310円ですね。はい、毎度ありがとうございました」
◇
「あのレジの子、飴までサービスしてくれたわよ」
「試食みたいなモンじゃないですか?」
「それにしても、雨にからんで聞かれたわね」
「雨を聴く会ですね。これは…」
「そうね。なかなか良いネーミングだわ」
僕たちはまた雨の中を二人並んで歩いていた。
車が通ると、水たまりの水がバシャッとはねるから車が来るときだけ一列になった。
「小学校の集団登校を思い出すわね」
「ランドセルに黄色い『班長』の腕章をぶら下げたりしましたね」
でもじきに大学構内に着いた。
「おにぎり、約半額で買うことができたし… 小鳥遊くんは図書館へ本を返さなくちゃいけないし。それではまたね」
「涼風さん、また雨を聴く会とかしましょう。晴れでも曇りでもいつでもいいですけれど」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない?研究がひと段落ついたら連絡するわ。じゃあ、また」
透明のビニール傘の柄におにぎり5個入ったコンビニ袋を引っ掛けて、涼風さんはニコニコと去っていった。
僕は涼風さんが実験棟に入るまでボーッと見送っていた。雨音が強くなってきたのも気がつかなくなるほど…