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梅を聴く会|#シロクマ文芸部(約2200字)
甘いものが食べたくなり、いつか涼風さんとかき氷を食べた和菓子屋に行ってお汁粉か何かを食べよう…と思った。
大学は入試シーズンで、しばらく休講。講師によっては、このまま春休みになるものもある。自分の学科はまだ数回出席が必要な教科もあるけれど、ほぼ年度内の履修は終えている。寒い日が続いているので、ずっと部屋にこもり一人鍋やカップ麺を食べながら読書等で過ごしていた。友だちともLINEとかで繋がっていたから独りぼっち感はなかったが、少し浦島太郎な気分はする。
ちょっと久しぶり…とは言っても三日くらいだが、外に出るので寒さに耐えられるかドキドキした。普段は貼らないカイロも、そっと腰の上辺りに貼って準備は万端だ。ポケットにも握るタイプのカイロを忍ばせた。
カイロのおかげか、北風にあおられても寒さはそれほど感じなかった。和菓子屋往復だけでは歩き足りないと思い、食べる前にまず川辺を散策することにした。
名物の川辺の桜並木。時折ゴーッと唸るような音を立てて吹く風の中で、桜はフルフルと震えながらも蕾を落とさずしっかりと耐えていた。きっと今年も見事な満開ぶりを見せてくれるに違いない。
あれ、桜がもう?
…と思ったら、途中に数本混じって植った紅梅だった。白梅よりも紅梅の方が先に咲くと感じるのは、自分の思い違いだろうか。立春を過ぎた頃、北風の中で花を開く梅。まだほんの数輪しか咲いていないが、凛とした姿にハッとさせられる。微かに漂う梅の香も心が癒される。花の数が増えるに従って暖かさも増し、やがてウグイスの声が聞こえるようになったりもするのだろう。
そんな桜や梅の根元を見ると、朝の冷え込みで生まれた霜柱が残っていたが、少し気の早いタンポポやスミレもちらほら咲いている。陽がよく当たる土手には、オオイヌノフグリの花が空色のカーペットのように咲き広がっていた。
気がついたら、もう春なんだな…
眼下の川には、鴨が日向ぼっこをしている。しばらく川辺には鳥の姿が見られなかったと思ったのに…
暦の上ではすっかり春なのはわかっていたけれど、外に出て空気に触れてみると確かに季節の変化を感じた。鴨が北風に対抗するかのようにグァグァと鳴いている。
ちょっと冷えてきたし、そろそろお汁粉を食べに行くことにした。和菓子屋の暖簾をくぐると、数名の先客がいた。
「あ、小鳥遊くん!」
なんと涼風さんが、クリームあんみつと磯部巻きを一人で食べている。なんなんだ、あの人は…
「入試で実験棟に入れないから、ここ数日炬燵でみかんみたいな日々を送っていたけど、さすがに引きこもり過ぎだと思って… でもこれじゃ場所が変わっただけで、やっていること同じよね」
僕よりも年齢的には歳上な人なのに、時々幼い子のように感じてしまう。でも、自分がここに来た理由も同じだし、まぁ似たもの同士なんだな…と思う。
「いや、僕だって同じですよ。ただ僕は甘いものが食べたくなったから、ここに来たんですけれど」
「何を頼むの?」
「お汁粉で」
「よし!お姉さんがおごってあげよう!」
「アハハ… いいですよ。自分で払います」
僕たちは和菓子屋で甘いものを食べながら、ちょっと久しぶりに会話を楽しんだ。ここへ来る前に川辺を歩いて、梅の花がほころび始めたことや土手がきれいな空色に染まっていることなどを話した。
「一緒に行きたかったなぁ!あ、これからもう一度歩いてみる?同じ川辺の道じゃなくて、別の道で。どう?」
断る理由もなかったので、涼風さんと少し歩くことにした。お腹の中も暖まっていたので、家を出た時よりも寒さを感じなかった。
「ここに小さいけれど梅林があるのよ。ほら、ね」
多分、この前この道を通った時は花が咲いていなかったのだろう。全く気がつかなかった。今は… ほのかに一面にスッと甘い香りを漂わせながら、紅白の花を美しく咲き始めている。
「春が来ているんだね」
しみじみと季節のうつろいを感じた。北風は冷たく、梅の枝を激しく揺さぶることもあるが、花はしっかり振り落とされずに咲き続けている。
「よく陽の当たるところは、すっかり春なのね」
土手に咲くオオイヌノフグリやタンポポの花などを見て、涼風さんはつぶやく。
「そうそう、梅が上向きに咲いている年は遅霜に注意とか言われているけれど… あら、下向きみたいだから今年は大雨が多いのかも」
涼風さんは急に気象予報士のようなことを語った。
「あの…遅霜ってなんですか?」
「晩霜とも言われるんだけど、晩春から初夏にかけて降りる霜のことよ。夜間や早朝に放射冷却現象で霜ができるのだけれど、その影響が長引くから作物を作るときに注意が必要なの」
さすが理系の涼風さん。放射冷却現象なんて聞いたことはあっても僕には意味が全くわからない。でも、霜の被害が出るか出ないかを梅の咲き具合でわかるなんて…
「昔の人は体験上そんなことを学んでいたのよね。すごいなぁ、と思うわ。そして大気の気配を花で知らせる梅というか植物にも、不思議な能力を感じるわ」
涼風さんは学者としての謙虚な気持ちで語っているのが、素人の自分でさえ理解できた。
「ところで小鳥遊くん。さっきお汁粉をおごってあげられなかったから、代わりにこれを授けよう!」
「なんですか?これは」
「部屋にこもっていた時に、ちょっと自分でいろいろと実験していたのよ。ちょっとね」
「実験?」
「まぁ、家に帰ってから開けてみて。じゃあ!」
突然、涼風さんは帰ってしまった。あっけに取られて一人で家に帰り、もらった小袋を開けてみたら…
薄いピンク色の花形のチョコレートとメッセージカードが入っていた。
今年もよろしくね
お汁粉よりも甘いものをもらったようだ。
なんとなく進展した…のかな。
いつも素敵なお題をありがとうございます、小牧部長さん☺️ チョコレートをどうぞ🍫