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夢は枯野を…|#シロクマ文芸部(約2000字)
ーーマフラーに想いを込めて… なんて今どきのクリスマスプレゼントにはないよね。
春は覚えたての棒針編みで、自分用に通学のマフラーを編んでいた。本当はチラッと秋にもお揃いで編もうかな、と考えていたのだが…辞めた。気持ちが重いと思われるのも嫌だったが、何よりも編み物が下手だと編んでいてわかったから。
秋こと秋山君は、クラスのみんなは知らないけれど、私の特別で大切な男子友だち…というか彼氏なのかな。学校の屋上で雲の流れるのをひたすら眺めたり、たまに一緒になった帰り道で夕焼け雲を眺めながらおしゃべりする時間が楽しくて幸せ…そんな人だ。別に「私たち、付き合ってます!」と発表したい気持ちはない。
「ねぇ、春。そのマフラー誰に編んでいるの?」
教室で休み時間にこっそりとマフラーを編んでいたら、友だちがニヤニヤしながら聞いてきた。友だちも私と秋の関係は知らない。でも、私がかつて秋に片想いしていたことは知っている。
「自分用だよ。急に寒くなってきたし、編み物の練習も兼ねて。ほら、こんなに編むのが下手だし、こんなの誰にもあげられないよ」
「ふふふ… 本当だ。これじゃもらった人、百年の恋も冷めるかもね」
「でしょ?へへへ」
いや… 自分でも編み物下手は自覚していたが、百年の恋が冷めるほど下手だったとは思わなかった。プレゼント案却下して本当に良かった。
編んでいるマフラーは白いモヘアで、雲のようにふわふわ… になる予定だ。ざっくりと編めるモヘアなら編み物初心者にも楽に仕上げることができるかと考えたけれど、そうは問屋が卸さない。モヘアの毛足の長さが、こんなに編み難いものだったなんて!間違えて編んだ時の戻し方が半端なく面倒くさいなんて… ただのゴム編みなのに、なんでこんなに不器用なんだろう… なかなか編み物が捗らず、学校でも編めば良いかと思ったが下手がバレてしまうから持ち込みも辞めよう。
「春川さん、一緒に帰ろう!」
秋が下校途中の電信柱の影からひょっこりと現れた。
「秋山君!ビックリした。あぁ、試験前だから部活は休みだもんね」
「うん。それに久しぶりに二人で帰りたかったし」
「……そうだね」
嬉しいけれど、やっぱり照れて恥ずかしくなってしまう。誰かがどこかで盗み見していないか気になってしまう。
「冬は本当に日が暮れるのが早いよね。もう夕焼けだよ。ほら、あんなに真っ赤だ!…って、春川さんも夕陽に染まっているね」
「…そう?秋山君も赤いよ」
足元にはカサカサと枯れて落ちた紅葉やイチョウの葉が舞っている。何故か不意に試験範囲…だったかな…『旅に病んで夢は枯野をかけ巡る』とかいう松尾芭蕉の句が浮かんだりして。やだ、縁起でもない。
「春川さん、なんか編んでいたよね?白いふわふわしたもの。何?」
しまった。見られていたのか… もしかして、さっきの会話も聞かれていたとか。ヤバい!でも隠してもしょうがない… 幻滅されても、別に誰かに迷惑かけるわけでもないし。自分が失恋するだけだし…
「あ、自分用にマフラー編んでいたの。初めてだから下手すぎて… 出来上がっても学校にはして来ないかも。えへへ」
「なんだ。もしかして俺用に何か編んでくれてるのかと思って密かに楽しみにしてたんだけど。ていうか、俺にマフラー編んでくれよ!」
「やだ!下手だから無理。絶対ムリ!」
「彼女から手編みのマフラーや手袋もらうのが夢だったんだけどなぁ…」
「意外!本当にそんなこと思っていたの?」
「俺の好きな雲みたいな毛糸で編んでいるから、絶対に俺用の何かだって信じてたのに…」
秋山君は、本気でしょんぼりしていた。でも、編み物が下手な自分には叶えてあげられそうにない。
「私の手編みじゃなくて買うのはダメ?」
「嫌だ。春川さんの手編みがいい」
「そんな…」
夕暮れはすぐに訪れ、私たちの心のように暗くなり寒さも増してきた。このまま今日は別れてしまうのかな…
「ねぇ、マフラーどれくらい編めた?見たい!」
「下手だから見せたくない。やだ!」
「長さを見たいだけだよ。お願い!」
「長さだけなら…」
しぶしぶカバンからマフラーを出した。この暗さなら不揃いな編み目もバレないだろうし…
日没と共に微かに光る月明かりが道を照らし出す。白いモヘアは月の色に染まった。
「すげー、キレイに編めてるじゃん!」
「暗いからわかんないんだよ。編み目飛ばしてたり、変なところたくさんあるんだから…」
「あのさ…二倍くらいの長さに編んで… 一緒に首に巻いて歩きたいな」
「なに言ってんの?秋山君…」
「このまま春川さんが編み続ければ…俺も使えるっていう話さ」
今日の北風はどこか暖かく優しく感じる。足元の枯葉もカサカサと笑っているように聞こえた。
小牧部長の企画に参加しています。
いつもありがとうございます😭