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初夢を聴く会|#シロクマ文芸部(約2100字)
夢を見るのは久しぶりだった。布団に入れば瞼が下りてきて、気がついたら朝…そんな毎日が続いていた。夢など覚えていない。でも今日は見た。内容も覚えている。
「今年初めて見た夢だから、初夢かな。あぁ、でも初夢って一月二日か三日に見る夢らしいから違うわね」
正月は帰省していたけれど、研究実験の続きもあるので早々と大学へ戻った。正月明けの大学は学年末試験の日々で、学生も多い。冬の冷たい風が吹く中、厳しい顔をした学生たちが構内を歩いている。
「小鳥遊くんも大学に戻ってきたかしら」
実験棟へ向かう途中、すれ違う学生たちを見て同じ趣味を持つ後輩男子のことをふっと思い出した。
「そう言えば成人式… 違うか!今は18歳で成人だからね。私の時と変わったから。なんかオバサン気分だわ」
オバサン気分から『歳をとると睡眠が浅くなるって聞くから、だから夢を見たりするのね』と、なんとなくマイナス思考に走る。それにしても、今朝の夢は何だったのだろう…
◇
夢の中で同窓会のような場にいた。周りには知っている人も全く知らない人もいたが、ホテルの大広間みたいな場所で立食パーティーしながら歓談していた。
「このイチゴババロア美味しい!」
そんなこと思いながら飲んだり食べたりしていたら、誰かが背中をツンツンしてきた。
「さくら、こっちに来て」
名前は覚えていないけれど、多分昔よく遊んだ男子だった。何で呼ばれたのかわからないけれど「いいよ」とそばに行った。
同窓会していたはずなのに、何故か結婚式になっていて、自分は白いドレスを着ていた。隣には全く知らない男性が並んでいる。頭の中は「この人誰だろう」よりも「さっき食べ損ねたプチモンブラン、まだ残っているかしら」そんなことばかり浮かんでいた。
たくさんの祝福の言葉と拍手、クラッカーの音とかが聞こえてくるけれど、何で自分が結婚することになったのかわからない。パーティーが終わったら研究の続きをしなくちゃいけないし、そもそもこういう洋風の盛大な小洒落たパーティーなんか好きじゃない。飲んだり食べたりするなら、居酒屋みたいなところで気の合った人とビールを飲む方が幸せだ。スイーツは好きだけれど…
結婚なんかしたくないけれど、なんかそういう流れになっていて、ここでキャンセルしたらみんなに迷惑をかけるのかな… そんなことを思いながらバージンロードみたいな所を歩いていると
「涼風さん、ちょっと待った!」
誰かが大きな声をあげ、式は中断した。
誰だろう…と振り返った所で目が覚める。
◇
「何でこんなにはっきりと覚えているのかな…」
構造式を書いていると、なんとなく人間関係図を描いている気分になり、また朝の夢を思い出す。出てきた人たちはいったい誰だったのだろう。そして最後の呼びかけた人は…誰?
モヤモヤした気持ちを抱えて図書館に向かう。試験勉強をする学生で満席だ。またここで、夢の中の披露宴みたいな場面を思い出した。図書館は静かだけれど、ここにいる人たちが急に顔をあげて拍手を始めたら夢の中と同じ風景になる…かも?
目的の文献を手にしたら早々に図書館を出た。今日はなんだかとても落ち着かない。夢見が悪いとでもいうのだろうか。実験仲間と話をしても「そう言えばこの人も夢にいたかも」と気になってしまうし、夢の出来事を話すと「結婚を考える歳になっているもんね」と笑われる。
実験棟のエアコンの効きは悪い。夏は暑かったし、冬は寒い。だから遅くまで居残りなんてしたら風邪でもひきそうだ。切りの良いところで帰ることにする。
それにしても…寒い。冬は寒いのが当たり前なんだけれど、もう少し寒くなければ…とも思う。でも、空気がピリッと凍てつく感じは好きだ。
どこか暖かいお店に入って食事をしようか、それともコンビニでおでんとか買い、家飲みをしようか…
そんなことを考えながら歩いていると
「涼風さん…ですか?」
なんと小鳥遊くんが声をかけてきた。数週間ぶりかもしれない。
「あ、久しぶりね。明けましておめでとうございます…かな」
「明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。もう今日は実験終わったんですね」
「実験棟の研究室は寒いから早めに切り上げて、お腹も空いたし身体を暖めてご飯しにね。一緒に行く?」
「え、いいんですか?実は僕も寒くって、おでんとか食べたいな…とか思いながら歩いていたんですが…って、涼風さんにおでん勧めている訳じゃないですよ」
「いや、おでん最高!小鳥遊くんは飲めるんだっけ?あ、まだそこは未成年なの?残念… おでんとビールは良い組合せだと思うのよ。いつか一緒に飲みたいわ。じゃあ今日はお互いに飲まず、おでんと烏龍茶で乾杯しましょう」
「今年初めての『聴く会』みたいですね。何を聴くことになるのかな」
「そうそう、小鳥遊くん!初夢見た?私は今朝、久しぶりに夢を見たんだけれど、後でその話するわね。小鳥遊くんの初夢の話も、その時教えてくれる?」
二人は居酒屋チェーンに向かい、おでんや寄せ鍋を食べながら楽しい時間を過ごした。
ちなみに小鳥遊くんの初夢は…まだ見ていないそうだ。そして涼風さんもおでんをつっついているうちに、心のモヤモヤは晴れていたようだった。
なんだか夢の最後に登場した誰だかわからないけれど、結婚式をぶち壊して救ってくれた人がすぐそばにいるような気持ちがしたから。
〆切ギリギリの投稿です。
本年も宜しくお願いいたします。