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背徳の障壁とその先にある翡翠

著者 星野彩美

第一章 逃亡

ジェラルドシーマンは、曲がりくねった暗闇の道を途方もない時間と向き合うことになる。
夜明けまでは長く、時計の針が半周動くまではまだ遠い。
黒い不気味な鳥が羽根をバタつかせて、70年代のポンコツと並行するように走って、まるで彼に付き合うかのように滑走してるようにさえ見える。
アクビを繰り返しながら手で口を覆い、それを何度も繰り返していた。
それもそうだろう。
この異質な状況下でアクビをしない人間など存在しないだろうに。
もし、そんな人間がいたら私に是非とも紹介してほしいものだ。
薄汚い右手でダッシュボードに手をやると中から汚れたタオルをとり手を拭う。
車内は薄暗く、夜更けの道では明かりさえ乏しい中、何色かさえ判別不能のタオルであちこち拭いている。

ジェラルドは、ますます不安になっていた。こんな暗い道を何時間も通り抜けていると、何かが襲ってくるような気がして仕方がなかった。
そんな時、遠いところからライトが見えてきた。ジェラルドは安心した。遂に目的地にたどり着けそうだと思った。
しかし、そのライトが近づいてくると、怖い形相をしたトラックだと気付いた。
ジェラルドは急いで車を追い越そうと思ったが、トラックは追いつかず、さらに近づいてくる。
ジェラルドは緊張していた。彼は何かを思い浮かべた。何かが悪い予感をさせている。彼は手を握り締めて、走り続けた。
時間は過ぎて、遂に目的地に到着した。ジェラルドは心から安堵した。彼は車から降りて、目的地の建物に向かった。
だが、そこには何もなかった。ジェラルドは困惑して、周りを見回した。それはまるで、彼が何もないところに連れて行かれたような気がした。

その廃墟のような建物は夜の闇にどっぷりと包み込まれるような雰囲気を醸し出して、薄霧さえ立ちこめている。
ときおり吹く風がジェラルドの身を震わせて彼の不安をいっそうあおっているようにさえ思えた。
カタカタ…カタカタ…ガタンッ
今にも外れて落ちてきそうなトタンの看板と分厚い入り口のドアが風で開きそうになっている。
…が、中から微かに明かりが灯っているのが見える。
良かった…誰かいるようだ。
水と食料にありつけそうだ。
ジェラルドは買い置きのホットドッグやサンドイッチやハンバーガーなどすでにたいらげており、ここ半日は何も腹に入れてなかった。
ここカンザス州は小麦やとうもろこしなどが取れる耕作地である。
田舎ではあるがクルマを走らせれば、中堅都市でもあるカンザスシティもある。
ジェラルドは学生時代にはよく友人のクルマで街に繰り出してはダンスホールで飲み明かしたものだ。

その廃墟の建物に近づき、ジェラルドはドアを開けて中に入った。
中は暗く、微かに明かりが灯るだけだったが、ひどい匂いが漂っていた。
「誰かいるか?」と呼びかけるが、返事はなかった。
ジェラルドは懐中電灯を手に取り、部屋を探索した。
すると、奥の方で誰かが寝ているのが見つかった。
近づいてみると、老人が倒れていた。
「大丈夫かい?」と声をかけるが、老人は反応しない。
ジェラルドは老人を抱え上げ、近くにあったソファに寝かせた。
そして、周りを探して食料や水を集め、老人に与えた。
すると、老人は目を覚まして、ジェラルドに感謝の言葉をかけた。
「あなたのおかげで助かったよ。
この建物は、かつて私が経営していたレストランなんだ。でも、不景気になってから客足が遠のき、最後は閉店してしまったんだ」と老人は話す。
ジェラルドは老人と話をし、彼のことを知るにつれ、この建物を再びレストランとして開業することを思い立った。
彼はカンザスシティに行き、食材や備品を揃えて戻ってきた。
そして、老人と一緒にレストランを再開し、地元の人たちに愛されるレストランに育て上げたのであった。

んん…気を失っていたのか?俺は
廃墟の入り口で倒れていたジェラルドは意識を取り戻した。
夢か…夢を見ていたのか。
そうか。夢だったか。
昔は俺もレストランを経営したいと意気込んでいた頃があったな。
ジェラルドは若い頃の夢を見ていたらしい。
この異様な風景に漂うむせかえるような息苦しい空気は人に夢を見せるらしい。
意識を取り戻したジェラルドは微かに漏れる明かりの方へと進んでいった。
何かの気配を感じたジェラルドは、恐る恐る進んで行った。
止まりなさい!
それ以上動くと撃ちます!
物陰から女の叫び声がこだましてジェラルドに向けて銃を向けている。
物陰は薄暗くて女の顔はよく見えないが、声で女だと分かった。
両手を頭の後ろに当てて床に伏せなさい!
言う通りにして!
緊迫した空気が流れて数分経過…
ジェラルドは女に従うしからなかった。
何もしない!食料と水とガソリンを探していただけだ。
本当だ!
本当ね?本当にそれだけね?
嘘はついてない!
ジェラルドは床に伏せると女に叫んでいた。
後ろのポケットに銃が入っている!
心配なら奪うがいい!
女はゆっくりとジェラルドに近づくとジェラルドのポケットから銃を取り出した。
するとジェラルドは素早く女の両足を掴み倒して女の銃をいとも簡単に奪った。
女は抵抗せずに、倒されると顔を横に向けてうなだれていた。
ジェラルドは女のアゴを掴むと顔をあげて向けた。
若いな…名前は?
…ミーナ。ミーナよ
ミーナ。ここで何をしてる?
ジェラルドは女の銃をお尻のポケットに入れると
自分の銃を女に向けながら、何か持っていないか
身体を弄りだした。
もう何もしないわ…解放しなさい。
奥におじいちゃんがいるの…具合が悪くて。
おまえいくつだ?
ミーナは立ち上がると洋服の汚れを落としながら言った。
25よ。
本当にじいさんがいたのか…アレは夢だったのか?現実か?
しかし、夢には女はいなかった。
あなたは誰なの?人に銃を向けて勝手に人の敷地内に侵入してきて。
ああ…すまなかった。
俺の名は…ジェラルド。ジェラルドシーマンだ。
私はミーナフェルナンデス。
ここは昔、おじいちゃんがレストランを経営していたの。
おじいちゃんは体調を崩してしまって、やめてしまったのよ。
私はおじいちゃんの世話をするためにここにいるってわけ。
あなたの方こそ、こんなとこで何をしてるの?
ジェラルドは一瞬ためらったが、女に悪意がない事がわかり
重い口を開けた。
そうだなぁ…言うなれば、自分探しの旅といったところだ。
ジェラルドはそれ以降は再び口を閉ざした。
うちはね。おじいちゃんのおじいちゃん。
そのまたおじいちゃんがイタリアからの移民だったの。
先祖はイタリアでリストランテを経営していたらしくて
おじいちゃんにもその血が流れている。
今ではアメリカナイズされてしまったけど、もともとは
イタリアの家庭料理が原点なのよ。
だけど、身体を壊してしまってね。
後を継ぐ人もいないし。
ジェラルドは近くのテーブルに置かれている汚れて
埃のついたワイングラスを手に取った。
それは数年は使われることがないとそうなるような汚れ方だ。
おじいちゃんも頑固者でね。
私が後継ぎでも探したら?って問いかけても一向に聞かなくてね。
ジェラルドは思った。
夢で見たじいさんは、穏やかで人当たりの良い雰囲気だったがな。
やっぱり夢は夢でしかないのか…。
ジェラルドはワイングラスの汚れを拭いながらミーナの話しを聞くともなしに聞き流していた。
あなたもコックさん?
なぜそんな事を言う?
見れば分かるわ。
私もレストラン経営者の孫よ。
こんな寂れたレストランの汚れたワイングラスなんて
一般人なら拭かないわよ。
ああ…これか。長年の習慣はとれないらしい。
君はよくしゃべるんだな。
見ず知らずの男にそんなに語っていいのか?
もう見ず知らずじゃないでしょ。
ハハ…面白いな。君は
初めて笑ったわね。なかなか良い笑顔じゃない。

久しぶりだった。俺が人前で笑うのは。
この娘は不思議な魅力がある。
人懐っこいからか?

その傷は?どうしたの?
ずいぶんと古い傷みたいだけど。
ああ、これか。
若い頃にちょっとな。
ミーナはジェラルドの話しをさえぎるように
食料なら少しくらいならあるから分けてあげる。
あなた悪い人じゃなさそうだし。
ちょっと待ってて…
ミーナはそういうとキッチンらしいところから
中に入っていった。
ふぅ…人の話しを聞くのも久しぶりだ。
ジェラルドはひと息吐きながらタバコに火をつけると
汚れた椅子の埃を払い落とし腰をおろす。

ねえ…何でもいいでしょ?
そんなにないから。
キッチンからガサガサと音を出してミーナが喋っている。
ああ。何でもいい。腹の足しになるなら。
す…すまない。
ジェラルドは自分をあまり出さない性格だが
何故か素直になれた。
無口で卑屈な性格でその外見からか人から敬遠される。
ミーナは奥から何やら抱えて出てきた。
紙袋に無造作に押し込むと水のペットボトルなども数本入れていた。
ミーナは紙袋をカウンターに置くと少し高めの椅子に座り
ねぇ…何か話して。
何でもいいわ。人と話すの久しぶりなのよ。
私ばかりさっきからしゃべってるわ。
あなたの話しを聞かせて。
人に話すような事は何もない…
何でもいいのよ。テレビで見たドラマや映画の話し
近所の人の噂話、読んだ小説の話し。
…幼い頃の話し。とかね。
沈黙が10分続いた。
暗闇に明かりが灯り火が揺らめいている。
ドアからの隙間風に時折消えそうになりながらも耐えていた。
ジェラルドは沈黙を嫌い、口を開いた。

ある男には妻がいた。
妻は病気を患いながらも働いていた。
性格はいたって普通…ではない。
人とはよくぶつかっていた。
自分の信念を曲げようとしない。
承認欲求を得たかったんだろう。
しかし、周りの人で味方になろうとする人間は
ごく限られた人間のみ。 
承認欲求が満たされない人間はどうなる?
ストレスを溜める。
女性は話したがりだ。
男の話しを聞こうとしない。
話すだけ話して自分の中で解決してしまう。
男は妻の話しを聞かなくなった。
徐々につっぱねて自分の殻にこもってしまった。
最期に女は家を出ていってしまった…

男を作ったのね…その奥さん。 

ジェラルドは口を挟んだミーナの言葉に少し口を詰まらせたが、
…そうだ。
相手はその男の親友だったんだ。
話しを聞いてもらえなくなった妻は
夫の親友に話しを打ち明けていた。
3人は幼い頃からの遊び相手だ。
まだ小さい頃は良かった。
空が暗くなるまで野原を駆け回っていた。
しかし…ある頃からか、

思春期になった頃ね。おそらく

再びジェラルドは口を詰まらせた。
男たちはいつの日かその少女が女になっていたことに
気づいた。
男は親友がその少女のことが好きだったことに気づいていた。

君ならどうする?
君が少女の立場だったら…

そうね…難しいわね。
私ならその関係性を崩しくないから
他に好きな人を見つけるわね。
だって幼馴染は気心しれた関係なんだから。
男には見れないわね。
女はどこかミステリアスな男性に惹かれるのよ。
私だってそう。
あなた…どこか淋しそうな影あるミステリアスな男よ。
ジェラルド…
私は過去を捨ててきた女
過去を引きずって生活してきて
しかし、未来に自分の幸せな姿を思いながら
また挫折を繰り返して。
自暴自棄になっていたみたい。
ジェラルド?ジェラルド?
寝てしまったのね。

ジェラルドはその日、夢を見た。
あの日の悪夢。
そうジェラルドは若い頃にベトナムでの惨劇に遭遇した。
はあ!…はぁ…はぁ…
ゆ…夢か
ジェラルドはハッと目が覚めて、自分が寝汗をかいていることに気づいた。
夢の中で俺に殺されていった人々が叫び、もがき、苦しみ
手を伸ばしている姿が見える。
俺の手足を引っ張って、連れて行こうとしてる。
暗闇の向こうに見える入り口に吸い込まれるようになると
周りがらパァ…!と光り目覚める。
いつものことさ。

俺はいつのまにか寝てしまったのか…
ジェラルドは寝汗をタオルで拭ってあたりを見回した。
ミーナはどこに行ったんだ。
ソファーから立ち上がってあたりを見回して
ジェラルドは先程ミーナが出入りしていたキッチンらしい
場所に入っていく。
ジェラルド?起きたのね。
ああ…いつのまにか寝ていたらしい…
あなた、うなされていたわよ。
どんな夢を見ていたの?
ミーナは料理の手を止めてジェラルドの顔を見ている。
顔が青ざめているわ。
待ってね。今ココアを入れてるところだから。
身体が温まるし気持ちが落ち着くわよ。

すまない…気を遣ってくれるなよ
昔の夢を見ていた。
いつも同じ夢を見る。
俺にとっては悪夢だ。
俺の人生を変えた夢だ。

ジェラルド…
あなたいったい何があったの?
わたしでよければ話しを聞かせてくれないかしら?

ほっといてくれッ!
そんな気遣いはいらない。
ジェラルドはミーナが準備してくれた荷物を手に納め
身支度の準備を始めた。
すまなかった。取り乱したりして。
いろいろと世話になった。
ありがとう。感謝する。

行くのね?ジェラルド…
ああ。
行く。あてのない旅にな。

わたしもあなたと一緒に行くわ。
な…なに?ジェラルドは顔をしかめた。
女など足手まといだ。着いてくるな。
ジェラルドは女に背中を向けて出口に向かい歩き始めた。

そうはいかないわよ。
ジェラルドは足を止めるとミーナに向かい振り返った。
もうわたしの荷物は車に乗せてしまったわ。
あなたがスヤスヤと寝汗をかきながら悪夢を見ている間にね。うふ
なにぃ?おまえ…
そう言うとミーナはジェラルドの脇を通り過ぎて車に向かい歩き出していた。
お…おいッ!
ミーナは振り返りざまに銃口を向けていた。
言うことを聞くの?聞かないの?どっちッ!
打つわよ…わたしはあなたよりコレの使い方が上手いのよ。
…とカスタム銃をカチャカチャとおもちゃのように回しながら器用に扱っていた。

くッ…!
ジェラルドは舌打ちしながら仕方ないと言った顔つきてミーナを
車にうながした。
それを見たミーナは銃を脇腹に差して一緒に車に向かいながら
ジェラルドの腕に手を回して腕を組んで見せて、ニコッと微笑む。
おまえ…わざと銃を向けたな。この女…

言ったでしょ。忘れたの?
あなたは(決して)悪い人じゃないって。
わたしはあなたに興味があるの。
さ、いきましょう!

ちぃッ…
なんなんだ。この女は。妙に魅力がある。
男を惹きつけるクセを知ってる。
俺は見ず知らずの男だぞ。
そんな男の車に乗って何をしでかすか分からないぞ。

…何もしないわ。あなたは。ジェラルド
わたしもあなたの自分探しの旅に連れて行ってよ。
実はね。わたしも…ま、いいわ。
いきましょ!

おい。じいさんはいいのかよ。
おじいちゃんはずっと前に亡くなったわ。
ウソだったのか?じいさんの世話してるって。
そうやって人の隙を見て相手の様子を伺ってるのよ。
ミーナは振り返り名残惜しい顔をしながら、廃墟を見つめていた。


何を考えてる?ミーナ
ううん…何でもない
ミーナは手で頬を伝う涙を拭いた。
ジェラルドにはそれが翡翠のようにさえ思えてきた。
ミーナはジェラルドの手を握ってきた。
ちょっと握らせて。
そう言うと顔を塞ぎ俯いた。
彼女は何か呟いているようだがジェラルドには
何を言ってるのか聞き取れなかった。
ようやく逢えた…そうとも聞き取れなくはなかった。

車はハイウェイに続く道へと合流し、北へ向かう。
あてなどない。
ただひたすら走っていた。
2人はくだらない話しをして盛り上がって笑ったり 
ときには悲しい話しに涙してるミーナがいた。
女はよく喋るものだ。
ジェラルドは隣でケタケタ笑いながら語っているミーナを見て
そう思わずにいられない。
いつまで喋るのか…
ねえ、人の話し聞いてるの?

ジェラルドは返事さえしなかったが、軽く頷く素ぶりをした。
道なりの道を北へひた走るなか、車は一向に走ってくる気配はなくまた背後から迫ってくる感じすらない。

ひらすらしゃべりたおしたミーナはいつの間にか寝息をたてていた。
無理もない。
同じような景色が窓に流れていくだけの道。
運転手は寡黙な男ときたら瞼が下がってきてもしょうがない。

これで第一章は終わりです。

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アメリカが舞台のミステリー小説。

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