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肥満は温暖化に影響しているのか?
コラム 医学論文を読み解く
何年か前に松岡修造さんと日本の平均気温の関連が話題になりましたが、医学雑誌のObesity (インパクトファクター 3.614)2020年1月号によると、肥満が温室効果ガスの排出量を増やし、地球温暖化や気候変動に関係しているかもしれないという報告(Obesity 2020:28;73-79)が出ました。
メジャーな医学雑誌(Big 5と呼ばれる医学雑誌)は毎週さっと目を通しますが、それ以外の雑誌をくまなくスキャンするのは大変ですので、いつも CareNetという内科系の医師向けの情報サービスにお世話になっております。今回の記事はCareNetさんのピックアップした記事で気になったトピックを取り上げました。
肥満がかなり深刻な社会問題になっているアメリカに住んでいますので、肥満の研究結果には敏感です。
ちなみにアメリカのCDC(疾病予防管理センター)による2016-2018年の州別の肥満率を載せておきましょう。
色が濃いと肥満の割合が高い州になります。肥満が少ない州はワシントンDC、コロラド、そしてハワイですが、それでも20-25%あり、非常に深刻な問題となっています。
ちなみに肥満率のトレンド(1990年〜2010年)は以下のようになります。
どんどん色が濃くなって肥満の増加が進んでいるのがわかります。
これはもちろん飽食、カロリー過多によるものです。食品の生産効率が上がり、輸送網が発達したことで、安くて保存が効き、依存性の高い味つけが施されたジャンクフードや加工食品で溢れかえりました。食品へのアクセスがよくなった反面、気軽に食べられる食品が現在の肥満を始めとしたさまざまな生活習慣病やがんに関係しています。
マンガワンピースでもウソップが急激に太った場面がありましたが、まさに食べ物で溢れかえった環境による結果といえるでしょう。
さて、この論文は総説といって、いろいろな研究の報告をまとめたうえで、著者の考察を述べたものですから、読み解く際には何が客観的事実(今までの研究でわかっていること)で、何が主観的(著者の考察)なのかをはっきりさせることが大事です。
この論文では最初のページにそれがまとめてありましたので引用します。
今までわかっていること:
食品の製造と輸送(人、物)が温室効果ガス排出に占める割合が大きい。
肥満はエネルギー必要量が大きい。
この総説記事で新たに加わる事実:
肥満は適正体重に比べて温室効果ガスの排出が20%多い。これは、エネルギー代謝に伴なうもの、食品の摂取量、そして輸送(人、物)にかかる化石燃料などを含んだ試算。
世界的には温室効果ガスの排出量の1.6%を占める計算になる。
このデータをもとに、肥満症の人を差別してはいけない。
地球の温暖化とそれによる気候変動が環境におよぼす影響は随分と長らく心配されています。その原因の一つが人間や動物が生活することで排出される温室効果ガスです。
温室効果ガスの代表格は二酸化炭素(CO2)で、他にもメタン(CH4)や亜酸化窒素(N2O)、水蒸気やオゾンが挙げられますが、特に最初の3つが人災として考えられています。
そして、さまざまな研究の結果から、ヒトと大型動物による生物活動、そしてヒトの社会活動に伴なうCO2排出が問題となっています。
ざっくりいうと、この論文ではいろいろな方法で理論上の計算値を出した結果、肥満は適正体重よりも20%ほど温室効果ガスの排出が多く、世界規模でみると、全温室効果ガス排出量の1.6%に相当する、という結論に至っています。ちなみにこの論文中で引用されていた他の研究者の報告では、肥満の適正体重化によって、10〜15%の全温室効果ガス排出量の減少が見込めると試算されています。
どちらがより現実を反映しているのかはわかりませんが、少なくとも今の食品の製造、消費、輸送コストなどの多方面に影響していることがいえると思います。
肥満の原因の大部分は食べ過ぎ、あるいは食品の内容によるのは明らかでしょう。
実は、遺伝の影響は思ったほど大きくないことがわかっています。
むしろ太りやすい遺伝子を持っていても、その遺伝子が発現して肥満となるかどうかは、遺伝子のスイッチをオン・オフにするかどうかで決まると言われています。これを専門的にはエピジェネティクスといいます(詳細はここでは割愛します)。そしてエピジェネティクス、すなわち遺伝子が発現するかどうかは腸内細菌がカギを握っています。そしてその腸内細菌のもつ遺伝情報や活動に関係するのが食べ物であることまでは明らかになっています。
つまり、肥満は現在の食文化と、それを支える社会構造によるところが大きいと言えます。
アメリカに住むとわかりますが、日本に比べると食べ物は美味しくなく、そして値段が高いです。安い食べ物といえば、健康に悪い添加物や糖類で味をごまかしたもの、さまざまな加工食品やファーストフードです。夫婦共働きが普通ですし、仕事をいくつも掛け持ちしている人も多く、家で健康に気を使って料理する人は、年々減少しています。この状況が肥満を増やし続ける素地になっているのは間違いないでしょう。
地球温暖化を阻止したいという一方で、地球温暖化を促すような社会構造、食文化を続け、肥満を増やし続けるという矛盾。肥満は社会問題であることに警鐘を鳴らす論文といえると思います。
さて、私がこの論文に興味を持ったのは著者の最後の一文でした。
One can eat sustainably and healthily, but one can also eat sustainably and unhealthily, or healthily but not sustainably.
持続可能かつ健康的な食生活をする人、不健康な食生活をする人、そして不健康・健康に関わらず持続不可能な食生活をする人、という選択肢がある。
食生活は個人の自由。しかし、社会としての持続可能性も重要。個人の意識が変わると、社会が変わる。さて、あなたはどの選択肢を選びますか?
個人的な論文を読んだ結論:
肥満は温室効果ガスの排出を増やすが、程度は報告によりさまざまである。
肥満が蔓延しているのは文化や社会的な要素も大きく、肥満を増やさない、適正体重に戻す個人的・社会的努力は今後も必要。
持続可能性を考えると、社会の仕組みや構造を変える必要がある。
肥満の人を差別するための材料にするべきではない(論文著者に同意)。