妄想昭和歌謡 か 「悲しい色やね」 上田正樹
昭和58(57年 歌 上田正樹 作詞 康珍化 作曲 林哲司
昔田辺聖子さんのエッセイに「大阪人にとって最も遠い存在なのは東京ではなく東北。自分たちにはない朴訥なイメージに、東北の異性に惹かれる可能性があるかも」みたいな内容があったように思う。
記憶は定かではなく、細部は違うかもしれない。だが何かと違いを意識したりライバルになる東京より、何もかもが違って交流が盛んではない分神秘性もあったかもしれない。特に昭和は。
実は各地寄せ集まりのルーツを持つから東北より薄いとはいえ、故郷の北海道もそんな傾向はある。文化的に距離があるのだ。
首都圏ならば単に都会だというだけで怖気付くことはあっても、札幌で事足りなければ次は東京なので、家族が住んでいたり行き来したりもする。とりあえず道内で事足りなかったら飛行機で東京方面に行くので、遠いっちゃあ遠いが延長線上には見ていた。
京都は歴史的に全く太刀打ちできないので異界として観光に行く所だが、大阪は東京や京都以上に怖いという印象を持つ人も多い。
嫌っているのではない。自分たちにはないコテコテが羨ましくもあり不慣れなのだ。
関西弁で喋られたら絶対負けてしまう。人間関係において根本的に敵わない。
だから「大阪で生まれた女」とか聞くと無性に負けた気になっていた。戦わずして。そして何と戦ったのかもわからないまま。
「北海道で生まれた女だから 北の大地をほっぽり出すわけいかないっしょ」というのは肝っ玉母さん的には喝采かもしれないけど、若い女性が歌っても哀愁はない。
でもだからこその憧れもあった。
自分にはないものを持つ。関西弁の響きはどこか人間関係においてこなれた独特の滋味深さがあり、そんな言葉で恋とか語られたら敵わないような気がした。
連れ合いは大阪の出身である。それもかなりディープなあたり。だから何となくその感覚は薄れて、負けないと闘志を燃やすものに変わったが。
まあ昭和の話。
「やっぱ好きやねん」を知るのはだいぶ後のこと。「買物ブギ」の頃は生まれていない。となると当時北海道を含む全国でも周りでも歌詞に関西弁が入っていながらヒットした「悲しい色やね」はかなりのレアケースかもしれない。
関西と何の縁もない母親が「この歌結構好きかも」と言い出した。
実家に帰ったら家事をする間に好きな曲をラジカセで聴きたいという母の要望に合わせて、当時あったレンタルレコードショップで借りたアルバムをカセットテープに入れて渡していた。
それまでは南米のフォルクローレだったり、井上陽水の複数のアルバムだったが、流行のピークを少し過ぎた頃、この曲が収録されているアルバムをテープに入れた。
録音している時に通して聞いたが、「悲しい色やね」の他の曲をほとんど覚えてないのだ。
井上陽水のアルバムの場合はヒット曲以外でも「おっ?これいいかも」という曲があって、それについて母と私で教えあったりしていたが、母も「悲しい色やね」以外は聴いても聴かなくてもいいなどと言うから、しばらくしてそのカセットテープの他の曲を消して違うものを入れたような気がする。
上田さん、ごめんなさい。
上田さんにはあやまるが、これはこの曲が突出して多くの人の心に刺さったということで。
ちなみに「悲しい色やね」だけが歌詞に関西弁を含んでいた。
今になって調べると上田正樹は生まれてから10歳頃までは関西に暮らしているし、大阪など各地で音楽修行、とあるので、関西のエッセンスは十分持ち合わせているが、義父の住む岐阜県で多感な時期を過ごし岐阜大学に入学したりしており、必ずしも関西、特に完全大阪土着系ではない。
思うにだからこそ昭和でも全国的に受け入れられ心に沁みるヒットになったのか。
あんまりコテコテだと関西文化圏以外の人がついてこれない事案が発生するかもしれないから。
当時相関関係はわかっていなかったが、個人的に昭和63年の曲、憂歌団の
大阪ビッグ・リバー・ブルース
が好きになった。
作詞は同じ 康珍化である。
康珍化は静岡出身の早稲田大卒で、関西には特にゆかりはなく、どちらかと言えば上田正樹寄りのインテリカテゴリだが、在日カテゴリで憂歌団と親和したように思えるほど、しっくりきている。
どこかで「‘悲しい色やね‘の男側からの歌詞を作りたかった。そして気取った感じではなく男のかっこ悪い部分も出したかった」みたいな、ある意味“返歌“みたいな意味合いで作った、というようなニュアンスのものを読んだように思う。
まさしくそれだ。
「悲しい色やね」では女の切なさが夜景に溶けて、こらえた涙で灯りや暗い海がにじんでいる。
悲しく寂しい別れの気持ちは辛くてもこらえてクールを装う強さがある。
桟橋に停めた車は男のものだろうし、海越しに見る夜景は悲しいけどちょっと洒落たシチュエーションだ。都会的でカッコ良くもある。
「大阪ビッグ・リバー・ブルース」では、男が
もうそんなに泣いたら辛いさかい
なア お前の涙を止めてくれへんか
と懇願している。男は「汗にまみれ働く」人であり、 「もう会えんようになる」「もう抱けんようになる」ことを未練たらたらで惜しんでいるし、そもそも電車に乗って
駅に着いたら二人
少し街を歩かへんか
というから車はないとみた。あったとしても仕事用の軽トラとか。
向こうが海に映る街の灯ならこっちは川に映るのは星だ。きっとあまり明るいと淀川に浮かぶゴミとか河原のホームレスとかも視界に入ってきそう。
絞り出すようなボーカルは ‘天使のダミ声‘と言われる木村充輝(当時は秀勝)
だがこれがいいのだ。かえって胸に迫ってくる。
こっちも誰か聞いて。よろしくお願いします。
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