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2024年ハーバード大学主席卒業スピーチが圧倒的な神スピーチで感動するって話
時に、スピーチや演説というのは人の心を動かし、ひいては大きな組織をも動かしますが、近年稀に見る素晴らしいスピーチがありましたので紹介させていただきます。同時に、内容の解説もさせていただこうかなと。
2024年ハーバード大学主席卒業スピーチ 『知らないことの力』
Shruthi Kumar (シュルティ・クマール)
以下にスピーチの英語スクリプト、時事単語の背景等の解説、日本語訳を載せたPDFを添付しています。ぜひご活用ください!
知っておくべき背景
COVID-19の影響: 2020年に新型コロナウイルスが世界中で広まり、特に大学生活に大きな影響を与えました。ハーバード大学をはじめとする多くの大学では、対面授業が中止され、学生たちはオンライン授業を受けることになりました。このスピーチでは、学生がどのようにして新しい状況に適応し、友情を築いたかについて触れています。
ロー対ウェイド判決が覆される: 2022年に、アメリカ合衆国最高裁判所がロー対ウェイド判決(1973年に女性に妊娠中絶の権利を保障した判決)を覆す決定を下しました。この判決変更は、アメリカ全土で妊娠中絶に対するアクセスに不確実性をもたらし、多くの学生たちがその影響を受けました。この出来事はスピーチにおいて、社会的不安とその影響について言及する際に重要です。
アファーマティブ・アクションの逆転: 2023年に、最高裁判所は大学におけるアファーマティブ・アクション(人種的少数派の学生に対して入学の際に優遇措置を取る政策)を違憲とする判決を下しました。この判断は、多くの大学キャンパスで議論を呼び、特に人種に基づく公平性や教育の多様性に関する問題を浮き彫りにしました。
Doxing(ドクシング): スピーチで言及されている「ドクシング」とは、インターネット上で個人情報(住所や電話番号など)を不正に公開する行為を指します。ハーバード大学でこのような行為が行われ、特に有色人種の学生たちがターゲットにされ、その結果として彼らの安全やキャリアが脅かされました。
ガザと中東の情勢: 2024年にスピーチが行われた時点で、ガザ地区を巡る紛争や中東での緊張が高まり、それに関するキャンパスでの意見の対立や痛みがあったことが示唆されています。キャンパスに限らず、アメリカ全体で若者の反発を招いています。こうしたデモに対して、アメリカ政府や警察は厳しく弾圧することもありました。スピーチでは、このような時期における「知らない力」の重要性と、それを通じた共感や連帯の精神が強調されています。
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添付しているPDFにはより詳しい説明や、注釈もつけておりますので是非参考にされてください!
※ここから先は、動画を視聴のうえ、PDFの解説等も見ていただいたことを前提にお話しさせていただきます。
スピーチ全体を通して
不確実性が蔓延る世の中では、『知らないことの力』がものすごく強く、しかも有用である、と伝えることがメインテーマですが、それと並ぶ形で自身が卒業する大学を公然と非難しています。卒業生代表の答辞で、しかも自分が今から卒業する大学を非難する内容を盛り込んでいます。まずこのことだけでも理解しましょう。彼女自身もドクシングの対象であったことから、こんなギリギリのスピーチをすれば、後になって卒業取り消しなんてことが起こる可能性だってありました。それでも自身の正義を貫いたのです。強い。
内容は然ることながら、ストーリーの組み立て方がものすごく上手。ストーリーテリングが本当に上手い方だなと感じました。羨ましい。共感を呼ぶ話し方、終始仁王立ちで凛々しく話しているその姿、何もかも引き込まれますね。話している内容や、聴衆の反応に合わせて表情を変化させているのも印象的でした。本当にスピーチが上手。
とまあ、総合的に見ても、稀代のスピーチだなと。そう思わなければこんなブログ書こうってならないし。はい。
導入部
・What we know と Not knowing の対比
ハーバードの学位を取得するにあたって、今まで積み重ねてきたものが評価されるわけですから、それを "what we know" と表現しています。ハーバードを卒業できるくらい優秀な学生さんですから、これまでは自身が持っている知識や経験で評価され、祝福されてきたわけです。そういった学生さんにとって、「知らない」ということは恥だと感じることもあります。それに対して、クマールさんは次のように述べます。
I wanna convince you of something counterintuitive that I’ve learned from the Class of 2024, “The Power of Not Knowing.”
ここで、"The power of Not knowing" というテーマを述べることで、優秀な学生さんや教職員は内心どきっとしたことでしょう。「え?まじ?」みたいな。何を知っているのか、どれだけ知っているのか、こういった指標で評価されてきた優秀な人材たちをひきつけるには最もわかりやすい対比といえるでしょう。
しかもここでは、"convince" が使われていることに注目してほしいですね。普通であれば、"tell" を使うところですが、"convince" を選んだのは、確信を持ちながら、賛同を得ようとしている心の現れかなと思います。この言葉選びが秀逸で驚きました。
さらに、"I’ve learned from the Class of 2024" に注目してほしいのですが、この学びを「私たちの代、同期から学んだ」と述べています。こう述べることで、「一緒にこの学びを作り上げたよね」といったニュアンスを感じることができ、一気に聴衆(卒業同期)を取り込んでいます。この時点でものすごく一体感あふれる雰囲気ができたんじゃないかなーと個人的には想像しています。
・生い立ちと挫折の共有
良いスピーチに必ずと言っていいほど盛り込まれるのが、"Personal Experience" ですね。基本的には成功体験ではなく、挫折した経験を共有します。こうすることで共感を得やすくなります。スピーチにおける鉄板のスキルですね。自身がアジア系有色人種である、つまりマイノリティであることを示唆しています。ここで聴衆から歓声が沸き上がるのも、たくさんの人種が混合している中で差別がないことを象徴しているのでしょう。あるいは差別を乗り越えた人に対する敬意の表れかもしれません。
アジアからアメリカの大学へ願書を出願する方法も知らない、親に尋ねてもわからない、そんな逆境に立たされていながらもこうしてスピーチしているのだから自分で道を切り拓いたのだろうということがうかがえます。
その当時、クマールさんは "I don't know." という言葉は「負けを認める」に等しいくらい powerless なものだと感じていました。
“I don’t know” used to make me feel powerless like there was no answer and therefore no way as if I was admitting defeat.
この部分絶対に覚えておいてください。後でもう一回触れますから。
・ハーバードでの自身の学び
From Nebraska to Harvard, I found myself redefining this feeling of not knowing. I discovered a new found power in how much I didn’t know.
ここで、「知らないということ」に対して、a new found power を発見したということが述べられています。"I don't know" というものが powerless だったのが、ハーバードでの学びから、新しく power を見つけたのです。
この部分も覚えておいてくださいよ~ 後でもう一回触れますから。
・科学史、及びその教授との出会い
ハーバードに来るまでは科学史の学問があることも知らなかったクマールさんですが、今では科学史のBachelorとして卒業することになりました。この部分は、Not knowing → What I know への変化をジョークを交えながら述べているところです。有色人種の教授に出会い、歴史とは、知っているものだけに焦点をあてるのではなく、知らないもの、つまり歴史に残らなかったものにも焦点を当てるのだと教えてくれました。そして、科学史のBachelorとして、学びを次の一言に昇華させています。
I’ve learned silence is rarely empty, often loud.
「歴史とは、名前が残っている人物、出来事だけが織りなすものではなく、むしろ、無名の屍が大量に隠れて紡いでいるもの」だということが一瞬にしてわかる名言ですね。歴史に名を残せなかった屍は決して空虚なものなどではなく、しばしば大きな声を上げていたのだと。
確かに、フランス革命でも同じことが言えますよね。フランス革命の歴史は、有名な指導者や出来事だけで語られるものではなく、無名の民衆の「沈黙の叫び」 によって築かれたものです。飢えや不満、抑圧といった「声にならない声」が、時として暴動や蜂起という形で表れ、王政の崩壊や社会の変革をもたらしました。こうした「無名の人々の力」は、まさに「沈黙は決して空虚なものなどではなく、歴史の中で大きく響き渡るものだ」と言えるでしょう。
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さて、この一文にはさらにすごいところがあります。実はこれ、アナロジーになっているんですよ。本当に鳥肌もの。
silence = Not knowing
loud = power
というアナロジーになっていて、自分が話したいメインテーマ『知らないことの力』に、綺麗につながるんですね。直後の一文を見れば完璧にわかります。
I’ve learned this not only in the classroom but also from the Class of 2024.
this が前文の "silence is rarely empty, often loud" を指しており、それを、授業(科学史)からだけでなく、同期からも学んだと述べています。
いや、話の流れ完璧すぎてもはや怖い。尊敬。
ハーバードでの4年間と不確実性
・大学1年目
コロナの影響でアネンバーグでの新入生オリエンテーションはなく、オンライン授業が基本になり、face to face のつながりを作ることは難しくなりました。従来はとにかくたくさんの人と出会い、人脈を広げていましが、コロナの影響でそんな風に量重視で人間関係を築くことは難しくなりました。
では、彼らはどうしたか?
カフェでの出会いを大切にし、質を重視するようになったのです。
コロナの影響で不確実なキャンパスライフだったからこそ、一人ひとりとの出会いが大切になったということでしょう。
・大学2年目
1年目は大学での話でしたが、2年目ではアメリカ全体の話になります。
ロー対ウェイド判決が覆される、という出来事はアメリカ全体に、特に女性に、その中でも特に有色人種や貧困層の女性に不確実性をもたらしました。
アメリカでは、女性の6人に1人が一生のうちにレイプ未遂または既遂の被害を受けており、今もなお毎年数十万件の性犯罪が起こっています。社会的や経済的に脆弱な女性は被害に遭いやすいですし、若者もレイプ被害に遭いやすいのがアメリカの実情です。
そんな中で、中絶へのアクセスが制限されたらどうなるでしょうか。
そういった背景があり、ロー対ウェイド判決が覆される、という事例を引き合いに出しているのでしょう。
・大学3年目
3年目でまた大学の話に戻りますが、外部機関との関連においての話です。
アファーマティブ・アクションが違憲と判断され、社会的マイノリティに不確実性の暗雲が再び漂います。おそらく、自身がアジア系の黒人でアファーマティブ・アクションによる入試を通過してきたからこそ、そしてその仲間が周りにいるからこそ引き合いに出したのだと思われます。
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・ここまでの流れと展開
大学の話→米国全体の話→大学の話(外部機関と関連)
という流れで話を展開してきました。身近な話から、国全体の話まで往復して話すことで話の内容に深みが出ています。これだけでもすごいのですが、このあと4年目の話では、大学の話をアメリカ、そして世界全体と絡めて話していて、話の大枠にかぶりなく4年間を振り返っています。たまたまそんな構成になっただけかもしれませんが、もし意図してやっているのだとしたら本当に素晴らしい構成力だなと思います。尊敬。
そしてこの大学生活がどんなものだったか以下のように表現しています。
we’ve been swimming in uncharted waters
「未知の領域を泳ぎ続けてきた」という比喩は秀逸ですね。
, which brings me to our senior year, a year on campus marked by enormous uncertainty.
直後のこの部分。最終学年が圧倒的な不確実性に包まれていたことを「間」の取り方で際立たせています。ぜひ動画を確認されてください。
・大学4年目秋
これまで一人称が "we" でしたが、ここで "I" に変わります。黒人のアジア系移民で女性である「私」に焦点を当てることで、聴衆の視点が変わり、注目を引いています。まさに、"Look at me." ですね。
・大学4年目春
一人称が再び "we" に戻ります。言論の自由と連帯の表現が制限され、ついには罰せられる対象にもなったことを言及します。ここから公然とハーバード大学に対する非難が始まります。ここから先のワードセレクトは本当にギリギリのラインで、一歩間違えればどうなることかといったところですが、さすがはクマールさんといったところでしょう。
"leaving our graduations uncertain" と述べた瞬間に歓声が上がりますが、事情を知っている人たちからすれば、卒業が許されなかった13人の話に移行することが明白ですから、当然の歓声といえるでしょう。
Harvard, do you hear us?
ここからは紙に書いてきたことを読み上げています。絶対に、完璧なまま伝えたいという意志の表れでしょう。スピーチの他の部分とも一線を画しています。ここから先はものすごく powerful なスピーチです。
I am deeply disappointed by the intolerance for freedom of speech and the right to civil disobedience on campus. Over 1500 students had petitioned, nearly 500 staff and faculty had spoken up all overwhelmingly against the unprecedented sanctions. As an American and as a Harvard graduate, for me what is happening on campus is about liberty. This is about the civil rights and upholding democratic principles. The students had spoken. The faculty had spoken.
太字にしているところは、繰り返しです。"speak" は「声を上げる」という行為に焦点が当たっており、この部分を繰り返すことで、「私たち、声を上げたんですけど!」という怒りを強調しています。ちなみにこの部分、クマールさんは手を広げながら語っています。聴衆(卒業生)を一体化させています。
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そして、、、
Harvard, do you hear us? Harvard, do you hear us?
2回言っていますが、ニュアンスが若干異なります。1回目は感情的で、最後調子が上がりますが、2回目は少し冷静で、最後調子が下がります。
僕個人の考えですが、おそらく次のようなニュアンスだと思います。
1回目:(私たちの声を)ちゃんと聞いてる?聞いてよ!
2回目:ていうか、聞く気ある?ないなんてどうかしてる。
ここで、当然ですが聴衆から歓声が上がります。この歓声を聞きながらクマールさんの表情が変化しているので確認してみてください。「私(たち)、言ってやったよ!」といった感情かなと個人的には思います。
結論
・結論への移行
まずは次の一文。
I see pain, anxiety, and unrest across campus, but it’s now in a moment like this that the power of not knowing becomes critical.
but の前までのところですね。ここは、自分自身も含めて、「みんなの気持ち分かるよ」と共感を呼んでいます。"across campus" を特に強調して話していました。
but 以降のところは強調構文になっていますね。このような不確実な瞬間こそ、主題の『知らないことの力』が重要になってくるのだと。スムーズに結論に移行しています。すごい。
・結論の核
Solidarity is not dependent on what we know because not knowing is an ethical stance. It creates space for empathy, humility, and a willingness to learn. I choose to say, “I don’t know,” so I’m empowered to ask to listen. I believe an important type of learning takes place, especially in moments of uncertainty when we lean into conversations without assuming we have all the answers.
「知らない」ということは一種の倫理的立場で、それこそが、「共感や謙虚さ、学ぶ意欲のための空間を生み出す」と学生に最も刺さる言葉ですよね。「知らない」ということは恥でもなんでもなく、連帯を形成するものであるし、知ろうとする意欲をかき立てるものでもあります。
さて、注目すべきはこの後です。
I choose to say, “I don’t know,” so I’m empowered to ask to listen.
"I don't know." という言葉が今度は「私」を empower します。
気づきましたか?
このスピーチの中で、"I don't know." に対するクマールさんの見方の変化が、"power" という言葉を通じて読み取れるのです。次のような流れです。
ハーバード入学前:"I don't know." = powerless
ハーバード在学中:"I don't know." = power
ハーバード卒業後:"I don't know." = empower
"I don't know." という言葉に対して、初めは「無力」なものにしか思えなかったが、学生生活を通して、"I don't know." という言葉自体に「力」があることを発見し、そして、卒業後の不確実が蔓延る世の中を生きていく際には、"I don't know." という言葉が、むしろ「私」に「力を与えてくれる」のだとクマールさんの中で見方が変化しているのです。
完璧なストーリーラインですよね。これは間違いなく、意図してこのワードセレクトをしたのだと思います。たまたまにしては出来すぎてます。
・Emily Dickinson の詩を引用して締める
"Know everything" から "Not knowing" にシフトしよう。これからの不確実な世の中を生きるには『知らないことの力』の方が大事だよ。といった話が述べられた後、Emily Dickinson の詩を引用して締めています。
Emily Dickinson had said,
“Not knowing when the dawn will come, I open every door.”
Emily Dickinsonはアメリカの女流詩人で、生前は無名でしたが、死後に有名になりました。残念ながら、もとの詩がいつ作られて、どのような意図で紡がれたのか、といった史実はほとんど残っていません。したがって、ここから先は、個人的な解釈に大きく左右されるので、ぜひ皆さん自身で一度考えてみてください。
ここからは僕個人の解釈を述べますね。
詩を直訳すると、「夜明けがいつ来るのかわからないから、(夜明けがいつ来てもいいように、)私はすべての扉を開けてみる。」となります。
"the dawn" は「Liberty や Safety が再び保証されるとき」と重ね合わせていると思われます。「夜明けがいつ来るかわからない」というのだから、今は不確実な世の中にいるということを暗に示していますね。そんな時、何もせずに待っているだけではだめなのです。「出会いへのそなえ、未来へのそなえ」を怠るべきではありません。不確実な世の中で右も左もわからない。「わからないことを受け容れ、どんな物事に対しても準備しておこう」というメッセージを伝えたいのだと思います。"open every door" は "ask to listen" と絡めているのかなと思ったりもします。
個人的にはこれ以上ない完璧な引用だと思います。すごい。
まとめ
内容も洗練されていれば、ワードセレクトも秀逸。スピーチの話し方も上手ければ、表情やジェスチャーも有効に活用している。背景知識もわかったうえでスピーチを見直せば、いかにこれが神スピーチかわかるんじゃないかなと思います。しばらくはこれを超えるようなスピーチに出会わないかもなーとも思うくらいですね!以上、琴線に触れるスピーチでした。
英語学習での活用
クマールさんの英語聞き取りやすいし、使われている単語も難しいものはほとんどありません。強調構文だったり、関係詞だったり(連鎖関係代名詞使われてましたよ~)、分詞構文だったりと重要な文法がちりばめられてますから英文解釈の練習にも適しています。リスニング練習にも良いし、シャドーイング教材としてもちょうどいい素材かなと。
英語のスクリプトと日本語訳をまとめたPDFを上に添付していますからどうぞご自由にご活用ください!あ、フリー素材なんで。はい。
英語の面でも、スピーチの面でも勉強できることはたくさんありますから、覚えるくらい叩き込んじゃってください!僕も使い倒します。
今回の名言
The truth is it's what we don't know and how we navigate it that will set us apart moving forward.
Uncertainty is uncomfortable, but I encourage you to dive into the deep end of discomfort, (and) engage with the nuances. And bring with you a beginner's mind, an ethic of not knowing.
ここまで読んでくれてありがとうございました!
またの機会があればそこでお会いしましょう!