天使の星 (#古賀コン お題:架空”⭐︎1”レビュー)
私がその天使の存在を知ったのは中学の時のことだった。賑わいのある昼休みの教室。私は勇気を出して彼女たちのところへ歩いて行った。
「あの、何話してるの」
窓に背を向けて座っていたA子が私の言葉に気づいて目線だけで私を見た。A子の長い髪は揺れなかった。
私の問いかけからしばらく沈黙が続いて、それからA子は彼女の机の前と横の席を借りるように座っていたB子とC子に目配せして面白がるような顔でその場の空気を支配した。
おもむろにA子は席を立ち上がり、立ち尽くしている私を見下ろした。その視線は完全に自分の勝ちを意識した目だった。しかし私は、彼女の目は死んでいると思った。
A子はB子とC子を連れて教室を出て行った。その場にひとり残された私の頭上から降ってきたのは星だった。ひらひらと一枚の星。私はその星を手に取って、それから見上げると小さな天使が浮かんでいた。
「何で、星一つばっかり」
あれから10年以上が経ち、私は天使にぶつくさ文句を言う。天使は手のひらくらいのサイズで、背中には小さな白い羽根がついている。ゆったりルームウェア(気分によって着替えるらしい。季節にも合わせている)を着ていて、腹這いになって袋入りの芋けんぴを食べている。いつも鼻歌をうたいながら見開きのノートブックに何かを書いている。
私は天使を見ながらふーっと息を吐いた。天使には私の問いかけたり話しかけたりする声は聞こえないらしく、書きながら芋けんぴを食べてのんびりするのを私は眺めるだけだ。
天使がいる人が他にもいると気づいたのは高校、大学くらいの時で、社会人になってからは天使のいる人たちがもっといると知って、その数はより増えてきたという印象がある。ただ、星一つばかりなのはどうやら私の天使だけらしいということも徐々に知ることとなった。
仕事終わりにおしゃれなコーヒーチェーン店のレジに並んで注文するのを待っていた。席を探そうと店内を見渡しているとスーツ姿の40代くらいの男性が目に入った。姿勢はぴっとして良く、彼もコーヒーカップを片手に席を探して歩いている。ふと通路の途中で立ち止まり、男性はしゃがみこんだ。落ちていたくしゃくしゃになったストローの白い紙の袋を拾い上げ、ゴミ箱のところまで戻って捨てたのだ。その時、彼の目の前に天使がやってきて手渡す。それは星5つだった。
男性はにっと天使に笑いかけてピースサインを顔の前に出して天使に見せる。星5つを大切に胸ポケットにしまって、ちょうど席が空いた場所に向かって男性は歩き出した。私は頭上にいる天使を見る。相変わらずのんびり浮かんでいた。間もなくしてレジの店員さんに呼ばれ私はコーヒーを注文する。
天使はことあるごとに星一つを私に降らせた。駅のホームで電車を待っていた時のこと。私は列の後ろに並んでスマホでネットを見ていた。そしたら誰かに声をかけられた。横を見ると、金色の髪の毛を短く刈りそろえた大柄な外国人の男性で、手にはスマホと黒いスーツケースの柄が握られている。彼は私に何かを言う。しかし私は英語が分からず、耳を近づけて聞いてみるもののやはり分からなかった。おそらくどこかの駅へ行くために電車に乗ろうとしていたのだろう。
男性は私の言葉を待った。そしてその時ちょうど私の待っていた電車がホームにやってきた。私は男性の顔を見て「ごめんなさい」と言って電車に乗った。その時の男性の目と、その目が伝えることを今でも覚えている。
私は電車に乗り、背後でプシューといってドアが閉まった。その時に天使は星をひとつ降らせたのだった。
仕事が終わって帰路につき、家では食事をつくり食器を洗いお風呂を洗いお茶を沸かして冷蔵庫にしまう。そういった一連の日々の営みが円滑に進めばいいけれど、そのどれもができず私は部屋でしばらく寝ころんでいた。少しずつ、起きあがっては一つずつ終わらせていき、誰も知らないところで布団に倒れ込む。枕に顔を沈めながら私は思った。何とか、今日という日のゴールに辿り着けてよかった。仰向けになった時に布団の上に星がひとつ置いてあった。それを見ながらまぶたがゆっくりと閉じていく。
翌日。靴を履いて玄関を出る。鍵を閉めて家を出る。駅までの道を歩きながら私は天使に聞いてみた。秋の日の涼しい朝だった。
「どうして星一つだけなのさ」
目の前の道を猫が横切る。私は天使からの返答はないだろうと思って、猫の行く先を見つめていた。
「え、嬉しくないの」
猫が渡り終えたところで声が聞こえた。私は見上げて天使を見る。天使は芋けんぴを食べるのをやめて私を見つめていたのだ。
「え、あ。えっと、だって星一つだから……」
私は咄嗟に答えられず、とりあえず言葉を天使に返したのだった。天使は言った。
「星、いろんなところにいっぱいあったほうがいいかなって思って。だから星をひとつずつ渡してた」
天使には天使なりの決めたことがあったのだ。それから天使は続けた。
「いつでもとっておきの星を渡せるように、毎日、星を書いて練習している」
天使は書いていたノートを見せてくれた。そこには大小も色も巧拙もさまざまな星がぎっしりと描かれていた。私は言葉をなくしてしまった。天使はちょっと笑って、またノートに書き始めている。芋けんぴを食べながら。
後日、私は天使に星5つが評価が高いことなんだよとさりげなく教えると、天使は、あ、そうなのと言ってうなずいていた。
それから天使は5つよりもたくさんの星を降らせるようになった。
1時間で書くと取り繕えないなぁ!笑と思いながら、投稿します!
楽しかったです!貴重な体験をありがとうございました◎
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