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短編小説「繋がらない」
彼は一日中、携帯を見ていた。朝起きるとニュースアプリを開き、電車に乗ればSNSをスクロールし、会社では仕事のメールを確認しながらも、こっそり動画を見る。昼休みにはレストランでスマホを手放さないし、夜はベッドの中で光る画面が眠りに誘う。
「ねえ、話してるのに聞いてる?」
妻の声がしても彼は頷くだけだった。画面に夢中の彼には、その声が雑音にしか聞こえない。
ある日、いつものようにスマホを手に取り、画面をスワイプしようとした。しかし、なぜかアプリが一つも開けない。何度タップしても、画面は固まったように動かない。再起動を試みても効果はなかった。
「なんだこれ、バグか?」
困惑しつつ、彼は妻に話しかけようとしたが、彼女は家にいない。代わりに、どこかから静かな囁き声が聞こえた。
「繋がらない理由を考えたことは?」
振り向くと、目の前に真っ黒な画面の中に自分が映っていた。その映像の中の彼は、少しやつれた顔で画面を凝視している。そして、画面越しに何かを探しているようだ。
「お前は誰だ?」と問いかけると、その映像の中の自分が答えた。
「俺はお前だ。でも、お前が本当に繋がりたかった相手はここにはいない。」
彼は震えながらスマホを置き、家の中を探し始めた。しかし、妻の姿も、家の温もりも、いつの間にか消え去っていた。
それから彼はスマホを手に取らなくなった。画面を覗くたび、そこには誰もいない空虚な自分が映っているのだから。