小説・現代の公事宿覚書-腹の虫12.

石原一郎の依頼内容があいまいだからいけないのか、伊達康明自身の受任内容が悪いかが分からないのである。
伊達は、確か石原は相手の男を懲らしめるためならば、お金をいくら支払ってもよい、といったはずだ、と思い出していた。しかし、伊達弁護士は着手金を十万円しか請求しなかった。あの剣幕からすれば、石原は、十万円以上の請求をしても支払ったのではないか、十万円では自分の一、二日分の日当にしか、当たらない。伊達どんなつもりでは引き受けたのか、と自分自身に疑問がわいてきた。
 伊達は樋口紀夫の会社に電話を掛けた。電話に出たのは、年配の男性だった。伊達が樋口専務に用事があるので、つないでほしいと頼むと、「アッ、お坊ちゃんのお友達ですか」と言い、すぐにつないでくれた。リスク管理が甘い会社であると、伊達は安堵した。
 伊達は樋口とどこで会うのがいいかと思案した結果、霞が関の弁護士会館で会うことにし、樋口の了解を得た。弁護士会館は地下鉄・丸の内線霞が関駅を出るとすぐのところにある。江戸時代の有名な大岡越前守の屋敷跡である。
樋口とは四階にある打ち合わせ室で会うことになった。伊達は定刻の三十分前に行き、受付窓口で待っていた。
定刻になるといかにも金持ちのボンボンでしまらない顔つきをした若い男がエレベーターを降りて、受付にやって来た。上物のスーツを着ている。背丈は中肉中背で、肉付きは引き締まっていた。彼はきょろきょろと周りを見回している。伊達は近づき、「樋口さんでいらっしゃいますか? お呼び立てして申し訳ございません、伊達康明です」と名乗り、自販機で缶コーヒーを二つ買い、数ある面談室の一つに案内した。
伊達は丁重に挨拶をし、名刺を差し出した。樋口はその名刺を受け取るとすぐに二つ折りにし、スーツのポケットに入れた。その仕草を見て伊達は内心ムカッとしたが、表情に現すことはしなかった。
(定刻にやってくるのだから、約束すればその履行はするに違いない)と見当をつけ、何から切り出したらよいかと、考えている。(つづく)

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伊藤博峰
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