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不撓のヘラクレス

永田町のフィクサー
神白が銀座の料亭についたのは党の業務が終わったのちの19時以降だった。
タクシーに乗り、永田町から銀座まで着いた時には外はもう暗闇につつまれ、料亭の明かりが怪しく光っていた。
統一地方選までの間、公募を行ってから人材の確保に努めてきたがこれと言って光る人材が集まってくることは無かった。
ハッキリ言えば、自分と比べれば雲泥の差と言わざるを得ないほどの問題児がJHK党へ履歴書を送ってきている。
さらに腹が立つことに、自分が運営している「羽の会」への公募も行っているが、誰一人として羽の会からの立候補ではなく橘のネームバリューがあるJHK党からの立候補がほとんどだ。
溜息をつくとまだ3月の寒空によって白息がが零れながら、料亭の中に入っていく。

和服を着た、料亭の人間に案内され部屋に通される。何度もこういった店を利用したことがあるが、慣れないのは愛媛の田舎で育ったせいだろうかと感じてしまう。
ちょこっと乗った料理を嗜むことよりも、庶民的な店で提供されるガツガツと口の中に頬張れる飯の方が神白の性に合っていた。
大阪大学在学中は金がなく、バイトで稼いだ金で近くの食堂でたらふく食べていたときが一番幸せだったのかもしれないが、大義のためにはこういったこともやっていかなければならないことは重々承知の上で政治の世界に飛び込んだ。
部屋を入ると、上座の席は空いており、下座に二人の男が座っていた。
「神白、来たか!とりあえず座れ今回は込み入った話なんだよな?」
そう自分に話しかけるのは光学レンズメーカーの大手企業の現社長の一人息子である中山善利だった。
「中山、そこの人は誰だ?」
そう言いながらコートを脱ぎながら、一緒に酒盛りをしていた男性が誰なのか尋ねてみる。
「うん?あぁそうか、お前は初対面だったなこの方は半田健先生だ。俺が一回警察の世話になったときに担当弁護をしてくれた人だよ」
中山は過去にニュースサイトの運営していたことがあったが、その時に虚偽の記事を掲載すると当事者を脅して160万ほど得ていたことが警察にバレて執行猶予になっていた。
半田は神白を見て一度会釈をしたのちにおちょこに注がれていた日本酒であろう酒の味を嗜んでいた。
(弁護士がなんでの場所に来てるんだ?)
そんな怪訝な顔をしている神白の思惑を察したのか中山が話し出す。
「今回の山は3億だってな、株式会社のM&A、言えば会社の乗っ取りについて得意な弁護士だからな、一応は今回の山についていろいろと聞いてもらおうと思ってな」
神白は中山の指示した席について、話し出す。
「今回の件はハッキリ言って会社法の範囲外だぞ、大丈夫なのか?」
初対面の人間に今回の件を安易に話すわけにはいかない、そう思っている矢先に半田が話し始める。
「国政政党を取り巻く法律を一応中山さんから打診があった段階で全て確認させていただきましたが、今回の計画が滞りなく進めば橘さん、でしたか?は国政政党を取り返すことはできないと判断しました。
計画は問題なく成功率が高い案件だと中山さんに話したところ、今回の会にお招きいただいただけです」
そう言いながら、鋭い目つきで自分のことを見つめてくる。まるで獲物に標的を合わせた野獣の如く鋭い目は自分の考えていることは全て見通しているかのようだった。
「積もる話は今回のキーマンが登場してからだけど、神白、ある程度計画は進めてるんだろうな?」
そう言いながら、中山は一気に日本酒を飲み干して空になった容器に向かって話す。
「そこは問題無い、そもそも今回のアーシーの件で橘には退場してもらうように計画していたが、まさか本人から党首の座を降りる話を聞かされた時は驚いたさ」
「馬鹿な男だ、裏で俺らみたいな人間たちが一生懸命、積み上げた物を横取りする算段をしていたとは思わないだろうな」
中山の下品な笑顔がこぼれると同時に半田も口角が少し上がる。
表向きには同意だけしているようにみえる顔だが、瞳の奥には中山と同様の下心があるように思える。
絞められた襖から料亭の職員の声が聞える。
「中山さま、お連れ様が来られました。お通ししてもよろしいでしょうか」
「おっと、今回のお偉いさんがご登場だ。」
襖の向こうの職員に呼びかけると、襖が開かれる。
「やぁ、中山君」
(なんだと…?!)

そこには銀座の料亭とはいえ、この小さな空間には似つかないような人物が立っていた。
自由憲政党から27歳の若さで衆議院議員の父の死により急遽立候補し、初当選。そこから18期連続で衆議院議員で居続ける大物。
何よりも政治と金のスキャンダルがあろうとも盤石な選挙区の地盤と警察も介入することが出来ない政経官での強いパイプを持ち、圧倒的な存在感と実力で政界の座に居座り続けている男が立っていた。
「四条先生、お待ちしておりました。こんなちっぽけな料亭しかご準備できず申し訳ありません」
四条太郎、政界のフィクサーがそこに立っていた。
(中山、俺は聞いてないぞ!こんな大物が何でこんなところに…!)
神白は恨むような顔をしていたのだろうか、中山に対してアイコンタクトを取ろうとにらみつける。
「ん?君は私がこんなところに来ていることが嫌かね?」
突然のドスの効いた質量のある声に神白は一瞬身体を硬直させる。振り向くと四条が半目を開いた光が灯っていない瞳で自分のことを見ている。
カエルのようなぶよぶよとした顔から発せられる怒りや憎しみの籠っているような重みのある声に冷や汗が急激にあふれてくる。
「神白、別に嫌じゃないよな?」
中山の方に目を向けると、四条のコートを受け取った手が少し震えている。
すぐに声を発そうにも緊張した喉から声が出ない、口の中の水分がどんどんなくなり、体中の血液が一気に引いていく。
呼吸が荒くなることを感じながら、やっとの思いで声を発する。
「あっ、いえ、四条先生がまさかこの場に来られると思いませんでした。日進党時代から応援しております。握手よろしいですか…?」
そう言いながら、汗が滲んだ手をスーツで拭き四条の前に出して握手を求める。
「なんだ、君は日進党時代の私の支持者か!すまない、年を取るものではないな、最近敵意と好意の違いが分からなくなる時がある。こんな年老いた手でよければ」
そう言いながら四条と握手を交わすが神白は内心手が濡れてないか心配になってしまう。
「そうだ、中山くん今回の件で紹介しておきたい人がいる。今回、君の話にとって一番の適任だろう。」
四条の存在感に隠れていたが、四条の後ろに一人の男が立っている。
「あぁ!この方が工藤さんですか?」
白髪頭で大きく開いた目がぎょろりとこちらに向き、工藤と呼ばれる男は中山にどこかぎこちない笑顔を向けられるがフクロウのようだった。
「あぁ!あなたが中山さんですか!四条さんからお話は伺っております。今回の件でご紹介していただけると、そちらは神白さんですかね?」
工藤はまた大きな目をこちらに向けてくる、どうして中山が紹介してい来る人間はこうも一癖も二癖もあるのだろうか
「よ..よろしくお願いします。」
四条に差し出した手を、工藤に向けるが不思議と四条のときより緊張しないのはこの男がそこまでの死線を潜り抜けてこなかったからだろう。
「ささ、お二人とも立ち話はこれくらいにしておいて、今回のことについての詳細をお話していきましょう」
中山の緊張と自信に満ちた笑顔がとても印象的だった。

四条と工藤が席に着き、料理が運ばれてくる。
「込み入った話をするときには、こういった店がいいな、工藤くんもそう思わないかね?」
そう言いながら、とっくりを工藤に勧める。
「それにしても、中山くん今回の件について神白くんはどの程度知っているのかね?」
工藤の言葉に中山が気づき、箸をとめて話し始める。
「神白は今回の件の発起人です。計画に関しては明確に共有しています。今回の橘の代わりにになる人間が足りてない点については模索中ですけど…」
中山の言葉に二人が目線が痛い、神白が間髪入れずフォローを入れようとすると四条が神白の話を制す。
「なるほどな、でこの件に関して工藤さんから話があるんだ。工藤くんよろしく頼めるかな?」
会話のバトンを渡され、静かに工藤はおちょこに入った酒を飲み干した。
「今回の神白くんの話に関して、橘さんの後継者を私の娘が適任なのではないかと思ってね、今回のJHK党の候補者として次回の神奈川県知事選に挑戦してもらい、後継者として任命を貰い中山くんと神白くんの助けになるのでは無いかと四条さんに話を貰って今回ここに来させてもらった次第だよ」
工藤の話は神白や中山にとっては一番重要な役割を四条から突然紹介された初対面の工藤の娘を引き渡すものだった。思惑とは裏腹に工藤の話は止まらない
「娘は現在30歳ぐらいでね?親である自分からみても美人なんだよ、だから過去は子役をさせていたんだが、政治の道に行くと言い出してね、こういった役割を担うには一番適切だと思うんだが」
そう言いながら、もう一度おちょこに入った日本酒を飲み干すと四条がとっくりを差し出すと工藤と軽い話題を振る、その話題が半田も興味ある分野話なのか会話に参加する。
これは中山と話せるチャンスだった。神白は中山の方向を向いて
「工藤さんの件はお前知っていたか?」
と小声で話すが、中山の反応は神白の想像とは違う。それが全てを物語っていた。
「それで、中山くん今回の件について是非私の顔を立てて工藤さんの娘さんを計画の柱に加えるのはどうだろうか?」
賑わいを見せてる会話から四条の重苦しい声が聞える。
神白が四条の方を向こうとするが目線が合わない、まるで四条の周りから禍々しい何かがあふれているように思える。
やっとの思いで、四条の方に顔を向けるとまるで自分の発言が決定事項のように笑顔を向けているが、まるで。
(中山、耐えろ!この件に関しては下手すると刑務所に行くかもしれないんだぞ?!)
中山が一拍置いて、つばを飲み込んで話し始める。
「四条先生のご厚意、まことに有難いと思います。今回の件に関しては是非前向きに話を進めさせていただきます」
神白は下を俯き、拳を握りしめるのと裏腹に四条の雰囲気が明るくなることが分かる。
「おぉ、そうか!それなら工藤さんに足を運んでもらった意味が出てくる。さっ今回は親睦を深める会にしようじゃないか!」
中山の笑顔が引きつっていることが分かる。四条から勧められたとっくりを受け止めるおちょこが震えていたことを神白は見た。
親睦を深めるなんて形だけ、要は今回の会合に関しては四条という人間に自分たちの計画が喰われた結果になってしまった。

ある程度、夜が深まった時間帯。酒の席が終わり、四条と工藤を見送った神白と中山だったが、今回の会に関しては苦い結果になってしまった。
「中山、今回の件はどうするつもりだ」
静寂を切り開いたのは神白の方だった。重苦しい状況の中でも中山の回答を待つが一向になって返答は返ってこない
「知りもしない工藤とかいう男の娘を今回の主軸に置くなんて考えてないぞ」
神白が話しても中山からの返答はない。イラつきを見せて中山の方を見ると中山は下を俯いている。
「四条のジジイ、今回の件についてを話すべきじゃなかった。3億の案件だ。俺たちからある程度絞れるだけ絞ろうと思ってんだろう…クソったれ本当に人の足元を見ることに長けてやがる…」
5秒ほどの沈黙のうちに中山が絞り出すように声を上げるが、こうなってしまえば何を言っても空しいだけだ。
「四条さんの思惑はある程度理解できる。工藤さんの娘さんを国政政党の党首に据えて運営をしていけば半永久的に四条さんの懐に金が舞い込んでくるからな、それにもう一度日進党の再来を望んでいるんだろう」
中山は下を俯いて静かにしている。こういった状態での沈黙は神白の憶測が中山の考えていることの的を得ていることに違いなかった。
「神白、すまん」
「そんな声を出すなよ中山、そう言ってもしょうがない工藤の件に関しては想定外だったことは間違いないけど、だからといって俺たちが今回の件で後継者を見つけれて無かったことも事実だよしかし、工藤の娘さんは大丈夫なのか?」
「その点は問題無いと思う。四条のジジイのことだ、傀儡に出来る人選はきちんとしているだろうよ、にしても神白今回の件についてどうするよ?」
「今回の件については想定外だったけど、いい妙案を閃いたんだ。四条さんも工藤の娘もすべてひっくるめて、橘のJHK党の旨い部分を俺たちがいただく方法が」
神白がそう自信をもって話すと、驚いた表情をした中山が顔を上げる。
「そんな方法があるのか?」
「いくつか条件があるけど、工藤の娘が政治についてずぶの素人という点が肝だな」
「素人が大事なのか?」
「込み入った話は別の店でしないか、ここだといろいろ嫌な感じがするんだ」
「それもそうだな」
そう言いながら、両者不敵な笑みを浮かべる。自分たちが弱い存在だということを後悔させてやる。
この時は、中山の考えていることと神白が考えていることが一致していると感じた。

2

アーシーの除名から1週間の月日が流れようとしていたある日、橘が会談先から参議院会館に到着したのは、昼時を過ぎていた。
最近は自憲党の近くのローソンに散歩を兼ねて昼食を買いに行くが、アーシーの件が世間を騒がせる中で不用意に外に出ることは控えた方がいいと丸山は発言していた。
正直に記者の取材なんぞ、いつでもドンとこいと思っていたのだが丸山から
「橘さんだけで済む話なら私も止めてないですけど、不用意にサービス発言を橘さんはしちゃうじゃないですか!?今回の代表辞任の件に関しても話しちゃいそうですし、なるべく今は控えて下さい、そしてメディアの取材には応じないでください!」
と勢いよく捲し立てられてしまった。
統一地方選まで一カ月が切ろうとしていた中で我がJHK党も候補者を募集しているが、公認候補者には事前に党の状況について話はしていたが、この党の一新プロジェクトに関しても事前に説明をしていた。
「これまでの公認候補者は党の秘密を暴露する奴もいたのに、今の子は従順だよな…」
2019年JHK党が国政政党になった後は特に人事的なトラブルが相次いで起こっていたことを思い出す。
地方議員を輩出する際に、党へ裏切り行為をしてきた市議会議員も出て、警察沙汰になったこともあった。
タクシーから降りて、参議院会館に入るといつもの受付だったが、ゲート前には見慣れた顔が誰かと話している。神白だった。
「橘さん!どこ行ってたんですか?!」
神白の大きな声が参議院会館を響き渡る、なんでいつもこいつは音量の調整が出来ないのか橘には理解できない
「神白くん、今日は統一地方選の関係でいろいろ会談してくるとスケジュールでも書いていたはずだけど?」
「スケジュールの件に関しては承知しています。それより紹介したい人がいるんです。今回のプロジェクトに適任の人なんですよ」
さっきから会話になっているのかいないのかよく分からない押し問答をしているうちに神白に隠れた人影が出てくる。女性だ。
「さっ、工藤さん我がJHK党の現党首、橘さんだ。」
工藤と呼ばれた女性は緊張した面持ちで、こちらに声をかけてくる。
「工藤明日香です。橘さん、いつもyoutubeを拝見させていただいております、今回の地方選の関係で是非JHK党から公認を貰って出馬させてもらいたいと思って神白さんの伝手でご紹介いただきました」
きれいにまとめたポニーテールとピシッと着こなしたスーツ、前髪もきれいに切りそろえている姿はとてもまともな印象を抱かせる。
統一地方選での候補者の中にはどうにも出来ないであろう人間を何度も面談しているうちに自分の中のハードルが下がっているように感じるが、とてもまともな女の子だった。
「いや、丁寧にご挨拶いただいて、男性が女性に年齢を聞くにはいろいろご時世がと思うけど、かなり若いよね?」
「はい、今年で30歳になったばかりです。」
30歳、今回のJHK党の一新プロジェクトにも適任の年齢だった。
「橘さん、工藤さんは本当に素晴らしい経歴を持ってるんですよ?幼少期の時はあの池下昭氏の番組に子役で出演されて、アメリカにも留学経験がありますし、なんといってもお父様が建設会社の社長ですよ」
神白が意気揚々に捲し立てているが、興味深い経歴だった。
池下昭はかつてはJHKで、社会部記者やニュースキャスターを歴任し、JHKを退職したことを機にフリージャーナリストとして各種メディアで活動している人気言論人だった。
「そう…そうですか、いやぁこんな若い子にもうちの党の名前が知られてるなんて、本当にありがたい限りです。公認候補の件で良いんですよね?」
「はい、履歴書の方は送らせていただきましたが神白さんと父が面識があるとのことで是非うちの党で話をしたいと」
神白の方を向くと、これまで見たことのないような気持ち悪い笑顔をこちらに向けている。
そういえば、神白に公認候補者の選定を一部任せていた。こんないい人材を逃がしたくないという感じなのだろう。
「神白くんからいろいろ聞いているんですね、そうですかそれなら、神白くん僕は事務所に戻るから、工藤さんをいろいろ案内させてあげてくれ、積もる話は私の仕事が終わってからでもいいかな」
この後、総務省にJHKに関する問題を追及するために呼び出しをしていた。
神白は、わかりましたとだけ言い残し、工藤と一緒に参議院会館のゲートを通る。
「ちょっとは運がある程度上向て来始めたのかな」
橘はそう言いながら、二人の後を追うようにゲートをくぐった。

参議院会館の一階は受付になっている。不審な人物を通さないように通行証が無いと入れないゲートが存在している。
因みにJHK党は定例記者会見という形で毎週金曜日に一般の人にも質問が出来るように参議院会館の通行証を配布する用の配布証を発行している。
支持者もJHK党によく思っていない人も等しく公平に配布しているので、所属している国会議員は大変苦労を強いられていると思うが、これが一番国会議員として成長できるので辞めるつもりはない。
事実、橘自身もこれによって様々な質問に晒され鍛えられたと実感している。
地下にはセブンイレブンやりそな銀行もあり、参議院会館である程度、日常生活を簡潔させることができるが、健康面のことやそもそもローソンのからあげくんがお気に入りの橘にとっては近くのローソンでご飯を買うようにしていた。
エレベーターに乗り、事務所のある階に到着すると丸山がパソコンに向かいながら苦い顔をしていたが、扉の開く音でこちらを向く
「橘さん!遅いですよJHKの方、濱田さんが対応していますよ?」
「本当か?!濱田くんに申し訳ないことしちゃったな」

事務所入り口から入って右側が応接室になっている。扉を開けると上座の方にJHKの職員と総務省官僚、下座に濱田が座っていた。
濱田がいつも眠そうな顔をこちらに向けてくる。
「橘さん、JHKの方たちがこられてますよ」
淡々とした静かな口調で、まるで感情が感じられない。
そう言いながら、席ついてJHKの予算の話を始める。
1~2時間ぐらいだろうか?終わったのちに、疲れ切ったJHK職員と総務省職員がそそくさと撤退していく、今回も濱田の鋭い質問に二名は苦しめられていた。
「濱田くん、今回の件についてはありがとう助かったよ」
橘がそういうと、濱田は静かに「いえ」と返すのみで次の準備をするために執務室に戻る。
濱田哲、東京大学教育学部を卒業したのちに、京都大学医学部に再入学、その後医師をしている中で私のyoutubeを見て2019年参議院選に出馬、自分が衆議院の補選で辞任したのちに繰り上げて参議院議員に当選を果たす。
その後は橘の後任ということで多くの支持者から厳しい意見を言われ続けていたが、その鋭い指摘と大胆な交渉に国会議員としての頭角を現し始め、今や多くの国民から根強い支持を得るまでになった。
欠点という欠点は無いが、感情の起伏が表に出ないため時々人からは冷たい人と誤解されるのがたまに傷というぐらいしか欠点が無い男だった。
橘自身も応接室においてある自己所有のパソコンを立ち上げて、JHKからの裁判の資料を作っていたが、不意にドアが叩かれる。
神白と工藤だった。
「濱田さんから、もう終わったと話を聞きましたので面談をしてもらいたくきました」
「あぁ、そうか、神白くんはこっちで工藤さんは上座に座って」
といっても神白からの推薦みたいなものだ、ほぼ通すことは間違いなかった。
面談は、というか普通の会話がメインだった。
一般的な会社で聞くべき内容をいろいろ聞いたのちに、何故私たちの党なのかという質問も行ったが、神白が推している自分とは思えないような本当にまっとうな回答を工藤は答えていた。
「どうですか、橘さんかなりよくないですか?」
神白が自分に対して興奮気味で話してくる。そつなく回答する工藤に一遍の問題点を感じない
そう、問題を感じなかったのだ。しかし、橘は何故か疑問を抱かざる負えなかった。
「神白くん、履歴書を見た限りどんな感じがする?」
「へ?」
突然の質問に神白は面食らった表情をする。
「経歴といっても問題無いと思いますよ?一生懸命頑張ってきたそんな経歴じゃないですか?」
「そう感じるか…」
2002年から3年間はJHKの『週刊こどもと時事解説!』で、池下昭の娘役として出演するなど、子役での活躍を果たす、何本かCMやドラマにも出演しているし、橘もそのドラマやCMを見たことがある。
中学生の時に芸能界を引退。その後はアメリカへの留学を経て日本大学芸術学部デザイン学科で建築について学び、同大学中退後、父親が経営している建築事務所にて建築デザイナーとして建築事務所に勤務している。
彼女の履歴書はメインで芸能界に踏み込んだ子役の経歴が書かれていた。
しかし、問題が学歴だ。中退があまりにも多すぎる。
芸能活動をしていた人間としてはこの経歴になるのかもしれないが、子役を引退した後は彼女の輝かしい活動は意味を成さない、橘自身も高卒でJHKの記者として現在の立ち位置にいるが、自分が大学に進学しなかったのは家に大学進出をさせれるだけのお金が無かった。
だからこそ、働いたが工藤の家は別段そういった問題もない。
黙って経歴書を眺めている内に、神白と工藤は仲良く話をしている。コミュニケーションも問題なさそうだと感じてしまう。
橘は十分子供に支援ができる家庭だとこうなるものかと思う。そもそも自身の息子に関しても学校でトラブルがあった時に学校に行かなくてもいいといった自分の言葉を思い出す。
アーシーの件で人手が足りてない状況で、一応は輝かしい経歴を持つ若い女性が今後、現れる保証も無い
「時間も無いし、今回のことはこれにお開きにしましょうか」
橘が切り出すと、工藤の顔が一瞬陰る。公認を貰えないと思ったのだろう。
「あぁ、そう気を落とさないで、時間も時間ですし、長く話しましたから…今回の件に関しては神白くんからの推薦もあるようですし、ぜひ私たちの党で頑張っていただきたいと思います。正式な書類に関してはのちに党から送らせていただきますので、これにて終了という形で」
そう伝えると俯いた工藤の顔が明るくなる。
「本当ですか?!ありがとうございます」
「よかったですね、工藤さん!お父様にも言わないと」
人一倍に神白が喜んでいることは意味不明だが、面識がある人間が公認されることは別段変な話しではないかと思う。
「神白くん、今回の件に関しては工藤さんにいろいろお話してくれ、ちなみにだけど統一地方選はどこから出馬する予定なのかな?」
「工藤さんは出身地の神奈川県知事選のあとに統一地方選は目黒区議会議員選挙に出馬する意向ですね」
「おぉ、それは良く選挙を分かってらっしゃる。ぜひ頑張ってください」
選挙では不特定多数の自分のことを知らない人間が自分のプロフィールを確認する。となれば、経歴は選挙の顔であることは間違いない。
ほとんどの有権者は経歴の後に立候補した選挙歴をみる。
神奈川県知事選に出馬したとなれば、選挙で拍がつく
「うちの党で分からないことがあれば、神白くんを通して話をして下さいそれではお疲れさまでした」
そう橘が言い終わると、神白と工藤が一緒に出ていく、不思議な光景だった。

JHK党の参議院議員事務所を出ると、工藤はまとめたポニーテールを解く
「工藤さん、お疲れさまでした。次は選挙戦ですね」
「マジであのおっさんがこの党の党首なの?」
さっきまでの礼儀正しい態度は一変した態度に神白は何とも言えない気持ち悪い感触を覚える。
「あのおっさん、なんでいろいろ考えこんでいたの?」
「あっあぁ、橘は多分だけど、君の学歴について見てたんじゃないかな」
「きっしょ、別に今仕事しているんだから学歴なんて関係ないでしょ?」
そうは言っても、子役だった頃は中学生のときまでだそのあとは高校も中退、大学も中退、留学先でも問題を起こして帰国してきた身分だろう。
普通の人間なら変に思わない方がおかしいだろう。
四条も工藤もとんでもない二枚舌女のお守りをするように命令したものだ。神白もいろいろと女性との関わりをしてきたが、ここまで表と裏がはっきり違う人間は見たことが無い
「まぁ、アーシーの件があったからね変な人を公認して面倒ごとを抱えたくないんだよ」
神白は乾いた笑顔を向けるが、一向に工藤の不機嫌は変わらなかった。
なんなんだこの女は、いつもこうなのか?
「ていうかさ、もう終わったんならここで解散で大丈夫?もう疲れちゃったわ久しぶりに人に合わせたからさ」
工藤の砕けた言葉と下品で卑劣な笑い声を神白は引きつった顔で相槌を打つ。
参議院会館のエレベーターに乗り込むが、全て神白が行う。
この女からすれば自分は父親や四条から遣わされた召使だと思っているのだろう。今も携帯を突いて誰かと連絡を取り合ってる。
「はぁ?マジでウゼェな、ねぇ神白さんパパから連絡が入ったわ、この後あのおっさんから連絡がはいったりあんたから連絡入ったりしないよね?」
パパ?工藤父のことか?
「えっと、お父さんとどこか行くのかな?大丈夫だよ、別段この後に連絡することは無いから家族で食事?でも楽しんできてください」
そう言い終わる前に神白の言葉を否定するように工藤を話し始める。
「ジジイと一緒にどこか行くわけないじゃん!これからパパ活だよ、私のことを好に指定くれているおっさんのところに行くのよ、まぁ金になるからいいけどね」
エレベーターが開くと同時に工藤が参議院会館のゲートに向かい歩き出す。
「じゃ、神白さん今回の書類?とかわかんないからいろいろやっといてよろしくね、私忙しいから」
そう言い残し、工藤はゲートの先から消えていった。
神白はなんと表現したらいいのか、驚きと怒りと悲しみが入り混じったどうにも表現できない気持ちになっていた。
「あのクソ女、絶対潰してやる」
神白はそう固く心に誓った。これだけは間違いなかった。














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