咳払い
京都駅から丹波口へ向かうために乗った電車は、やはり外国人旅行者で混み合っていた。この電車は嵐山方面へ行くらしい。
始発ということもあり、タイミングよくボックス席に座る事が出来た。いつもの癖でポケットに入っているイアホンを握るも、充電が切れていることを思い出し、ポケットに手を突っ込んだまま窓の外を眺めた。
指先でイアホンをくるくる触っていると、背もたれの後ろから男性の咳払いが聞こえてきた。
何か喉に引っかかっているのか、咳払いは数秒置き定期的に聞こえてきた。音楽を聴いていないせいか、妙に気になる。
大学2年生のクリスマス時期、後輩の可愛い女の子からご飯に誘われた。何度か話した事はあったが、メールのやり取りが中心の関係だった。もちろん食事は初めてだった。時期がクリスマスということもあり少し意識した服装で臨んだ気がする。後輩の子はニットのタートルネックを着ていた。
場所はその子が予約してくれたイタリアンで、私は人生初めてのゴルゴンゾーラを食べた。
街のクリスマスムード、可愛い子のニット服、大人びたイタリアン、ゴルゴンゾーラ。そんな断片的な記憶の中で一際濃く覚えているのが、待ち合わせから別れまでの間、ずっと彼女は咳払いをしていた。
ついつい何か大事な発言が来るような気がして、咳払いのあとは静寂を作ってしまい、いまいち会話も弾まず。食事を終えてそのまま各々帰宅した。
その子とはそれっきり、メールのやり取りも少なくなれば、お互い大学生という空間で再び交わる事はなかった。
京都駅を出て北上する電車に揺られながら、彼女は今何をしているんだろうとぼんやり思った。
思えば何故あそこまで彼女の咳払いが気になってしまったのか。
いつの間にか耳を澄ませて次の咳払いを待っている自分がいた。