【自我中毒】か【自家中毒】か?
先日、ある音声配信を聴いていたら、会話の中に【自我中毒】と言う言葉が聴こえてきた。
自分が囚われていた思い込みから解放された時に【自我中毒】が終わった…みたいな表現で話していたと思う。
【自我中毒】と言う言葉が気になって調べてみたけど、出てこない。
出てくるのは【自家中毒】と言う病名の説明だった。
【自家中毒】主には10歳位までの小児に見られる
嘔吐を繰り返す病気で、神経質で、感染(かぜ)過労、神経緊張、精神高揚などを誘因として、嘔吐を反復し、アセトン血性、ケトージスという状態となり、周期性嘔吐症、アセトン血性嘔吐症、自家中毒症とも呼ばれているとのこと。
この【自家中毒】の説明は、私が音声配信での話から聴きとった言葉のイメージと重ならなくはない。
配信を聴いて、私は【自我中毒】と聴きとってしまったが、話したご本人は【自家中毒】と言う病気を知っていて、敢えて自分が囚われていた思い込みから解放された時に感じた感覚を【自家中毒】が終わったと表現したのかも知れない。
つまり、自分の毒で自分自身がやられてしまうと言うことではないか。
勝手な思い込みで自分を卑下したり、他人から植え付けられた価値観に囚われていること、過去の嫌な記憶、人に傷付けられて許せないと言う気持ち、そんな自分の中に溜まりに溜まった毒が自分の中に充満し、中毒症状を起こす。そんなイメージ。
正しくは、【自家中毒】なのだろうけれど、【自我中毒】って言う言葉があってもいい気がする。
自分に囚われ過ぎて、自分で作り出した毒にやられ、自分のことしか考えられず、だから自分の中に他者が居なくなってしまう。
私も含め、そういう人が多いんじゃないだろうか。
そんなことを考えました。
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