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難病の人が働くということ。

私は全身性エリテマトーデスという難病です。
診断を受けたのは去年の夏です。去年の夏は生死の境目でした。

入院中は治療で使用する薬の影響で幻覚や幻聴があったり、精神が錯乱して大声で叫んでしまったり、眠れなかったり、治療ももちろん大変でしたが、薬の影響が物凄かったです。

一年経ってみて、少しずつですが客観的に振り返ることができるようになりました。

夏に入院し退院して、冬には仕事に復帰しました。ですが、現在は休職中です。

現在は入院中の高濃度の薬での治療(ステロイドパルス)とその後のステロイド薬の服薬の副作用で両足の大腿骨骨頭と左肩が壊死してしまいリハビリに通いながら療養しています。

職場からは来月末までに復帰できなければ、退職と言われています。

最近なんだか八方塞がりです。

休職してから自分と向き合うことができるようになりました。自分が本当はどんな人間だったのか、どんな生き方をしたかったのか、何が嫌で何が好きなのか、こんなことさえ知らずに自分を完全に無視してきたことに気が付くことができました。

全てがそうでした。自分がなく今がありませんでした。あるのは過去にあったこたとへの怒りと、未来への不安だけだった気がします。大切な目の前の今を見ることができず、ずっとそんな状態で時間は無慈悲に淡々と流れていきました。気づけば娘は17歳になりました。

娘が4歳の頃、体の異変を感じました。手指のこわばりです。恐らくリウマチだったのだと思います。病院での治療は受けませんでした。未治療のまま12年過ごしました。症状はどんどん悪化していきました。
その12年は痛みとの12年でした。全ての記憶に痛みが一緒に思い出されます。
痛みが日常化していく日々でした。フルタイムで仕事をしながらでしたので、子育てもあり壮絶な日々でした。

今となってはどうしてあんな風にいられたのだろうと思うくらいです。
私は普通でいたかったのです。病人であることを外から悟られないよう、特に職場では体のことは隠していました。

普通の人たちと肩を並べてやっていくのは体力的にも精神的にも本当に大変でした。

仕事中に体調が悪くなることもしょっ中ありましたし、体が動かなくなり休むこともありました。

文字に書けばさらっとしていますが、その中身は壮絶と言えると思います。薬などの治療を全く受けていませんでしたので、痛みや全身のあの固まる感じ、油の切れたブリキの人形の関節をギコギコ動かすと言ったら伝わりやすいでしょうか。これはリウマチ患者にしか分からない痛みだと思います。

ただ普通であろうと普通を装うことに必死でした。でも普通は演技や自分の思い込みになっていきました。

体の状態は良い時期もありましたが、どんどん悪化していくようでした。
体は痩せてゆき、食欲はなく、呼吸もうまくできなくなり、呼吸すると胸が痛くなり横なることも苦痛なほどでした。

それでも私は仕事に行っていました。今考えてもどうしてそこまでできたのかよく分かりません。

仕事は生活のためというところは確かにありました。ただ主人も働いていますので、生活のためだけでない、自分の中に意地のようなものが強くあったせいだと思います。

普通に働いているということへの執着。完全な病人になってしまったら社会性を失うのではないか、私の中に病人=社会的廃人のイメージがつきまといました。

職場の健康診断で尿蛋白が高値出て、血液検査も再検査の項目がたくさん出て、その頃には命の危険を感じるほど、というかもう自分が誰なのか分からなくなるほど何かを正常に考えたり判断したりできなくなっていました。

病院にいくことをずっと拒否してきて、12年近く経っていました。こんな酷い体の状態なのにそれでも病院に行くのは本当に嫌でした。医者と話すのも嫌でしょうがありませんでした。
12年も放置して馬鹿扱いされると思ったからです。でも実際にはそんなことはありませんでした。

結果私は入院をして濃厚な治療を受け、助かることができました。

あれだけの治療を体験したことで、私の中に色々な変化がありました。
ただやはり退院後は仕事に戻って社会生活をきちんと送らねばという気持ちはまだまだ強く残っていました。

復帰後は時短勤務など、職場も色々と配慮をしてくれましたが、やはり毎日淡々と仕事へ行くということの大変さを再確認しました。

頭では分かっていても、仕事は一人でするものではないので、人とのやり取りで余計なストレスを
感じたりすることは避けられません。
そこに体のことがありますからハンデがあります。ステロイドのせいで、夜眠れないことが多く
睡眠時間が少ないと翌日体調はとても悪くなります。それを毎日繰り返していくと起き上がれないほどの悪化になりました。仕事を続けて行くことへの不安はどんどん大きくなっていきました。

復帰して何ヶ月かしてくると、あまり特別扱いをされなくなってきます。
復帰してしばらくは、職場の人達もそれなりに気を遣ってくれるところもありましたが、そこはやはり他人ですからだんだんと色々なことが同じようにやれて当たり前になっていきます。
そのくせ変のなところで、病人扱いをされ不快な思いをさせられることもありました。本当に嫌でした。自分が劣っている弱者のような気持ちになりました。

仕事が終わって家に帰ってもそれで終わりではなく、夕飯を作ったり、洗濯に掃除、主人や娘との会話も大切にしたいとなると相当心身に余裕がないと無理でした。

入院前までの闇雲にがむしゃらに過ごした日々は
まだ自分を完全に無視していたので、ただ突き進むだけで返って楽だったのかもしれません。

ただ今は自分を無視できなくなったと言えばいいのか、自分と向き合うことができるようになってきたことで、大切なことに気付けた良さもたくさんありますが、そのことで、ただ働くということが私には難しくなってきてしまいました。

無理して、体にムチを打って仕事に行くことに意味を見つけられないのです。

でも現実的に働かなければ、収入はありませんし、目の前の現実を見れば決して家計に余裕がある訳ではなく、娘の受験、私達夫婦の老後…働かない選択肢はありません。

来月に迫った休職期間に焦り、わたわたする私です。
今の職場に本当に戻りたいのか、戻って本当にまた淡々と日々働いていけるのか。
体調もまだ血液検査の数値は病気の活動期のまま高い値ですし、足や肩の壊死、左足に関しては骨が潰れてしまい痛みがあります。自転車の乗り降りもできないほどです。

私、やっていけるのかな…これが正直な気持ちです。

未治療の頃の私が本当の自分の一部だとしたら私には相当な根性と精神力、我慢強さがあります。
だからやろうとすればできてしまうと思います。
でもだから心配なのです。
また自分を無視し始めて、体を大切にしなくなるのではないかと。

カオス状態です。

難病なんだからもっと楽に生きなきゃとも思うし、いやでも働かなきゃ現実お金が…娘の将来が
、自分達の老後が…
でも無理してまた体調を大きく崩したら本末転倒…

カオスです。

今回はここまでにします。

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