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都と首都

千年の都、京都
世界都市、東京
私は九月の末にこの2都市を間を置かず訪れる機会があった。
そこで得たイメージを書き起こしておく。


「都」の京都

 9月17日。友人と共に京都は嵐山に赴いた。暦の上では中秋だというのに亀岡から嵯峨野のトロッコに乗って嵐山に行くころには気温は36度にもなった。竹林は陰になって少し涼しく感じたが、渡月橋の上は水面に反射する太陽光と川の水の蒸発で40度ほどに感じた。平日に行ったからだろうか。聞こえてくる言葉はほとんどが外国の言葉であった。

 私の地元は兵庫である。京都の隣にあり、車や電車ですぐに行くことができる。今回は車で亀岡まで行ったが、途中の南丹市も亀岡市もれっきとした「京都府」である。京都市内と比べると田舎ではあるが、JRで二駅で嵐山に行けるという点ではベッドタウンともいえる気がする。

 京都という町は、過去と現在が混ざった都市であると思っていた。
ヨーロッパの旧市街のように壁で囲われた中に中世の街並みが残っているという感じではなく、ビルの間にお寺があり、長屋の横がマンションであるというイメージだったのだ。
しかし、京都の町を自分の足で歩くことで見えてきた景色は、過去と現在がきちんと住み分けされているということだ。
一歩メインストリートから外れると昔の街並みが現れ、ワンブロック進むと現代の建物が現れる。きちんと住み分けがされている。ヨーロッパのようなわかりやすい「境界」がないだけであって、目に見えない「境」がある。そして、そこに住む人々はその境を意識せずとも分けて暮らしているように見えた。しかも、その境の先は「昭和」や「大正」の街並みではなく「明治以前」なのである。100年ほど過去がすぐ隣にあり、過去と共存している街が京都なのだろう。

「首都」の東京

 9月22日。上野の東京都立美術館で大学の先輩からご紹介いただいた方のトークショーが行われるということで初めて一人で東京へ行った。姫路駅から東京駅まで安い夜行バスに揺られること10時間。東京は雨だった。(私は雨雲を連れているらしい…)
皇居を一周し、靖国神社に参拝した後神保町で古本屋によって、上野まで。東京の電車に乗るのはひどく勇気が要ったので、ひたすら歩いた。雨は途中で止んだので、きょろきょろとお上りさん丸出しで歩き回った。

 私のイメージでは、東京=都会であった。高層ビルが乱立し、バシッと決めた人が忙しく動き周り、東南アジアバリの交通量がある近未来的な都市だと、同じ日本にいながら夢見ていたのだ。
しかし、これだけ歩き回って見えたことは「複雑」と「整然」が調和した街であるということだった。地域の機能によって区分けされた街は、区をまたぐごとに見える景色が変わる。近未来的であったり昭和の匂いが漂っていたり、オフィス街もあれば学生街もある。小さな町がとても機能的に作られていた。

 また、面白いのは「皇居」である。東京のど真ん中に「洞」がある。皇居の中から外を見ると周りがビルで囲まれており、盆地の中から山を見ている感覚にさせられた。東京という街はドーナツ型なのだ。
皇居は元は「江戸城」であり、そこに住む天皇陛下は昔で言うと城主といっていいのだろう。話は逸れるが、祖母の話ではこの年代の方々は昔、皇居の敷地に入る時には正装に着替えていたらしい。京都には千年以上天皇陛下がいらっしゃったが、京都の離宮は「神社」や「お寺」の風格があり、神聖で厳格だ。一方皇居にはどことなく人の気配がして、親近感や開放感がある。

 私は今回、東京駅周辺と上野しか行っていないので別の場所に行くと感覚も変わるかもしれない。それでも、今まで不思議と持っていた東京に対する恐怖心が薄くなったいい旅だったと思う。

最後に参考までに今回歩いたルートでの歩数を記しておきたい。
京都:約12,000歩(8.5㎞)
   嵯峨野トロッコ嵐山駅⇒嵐山周辺⇒JR嵯峨野駅
東京:約36,000歩(25.5㎞)
   東京駅⇒皇居一周⇒神保町⇒上野⇒湯沢⇒東京駅

ではまた。

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