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傷口

待ち合わせまでに少し時間があったので、車の座席を倒し目を閉じた。 
隣りの島の火山活動を知らせる煙混じりの空気に覆われたヤシの葉、
そして鳥たちをぼんやりと眺めてはまた目を閉じる。 
視界の悪さは脳髄を重い疲労へと落とし入れる。 

知らぬ間に夢を見た。 
それは瞬間にして甘美なものだった。 
多分、少し開けた窓から流れ込むそよ風に頬を撫ぜられていたからだろう。 
そして、薄い水玉のスカートが、膝頭を露わにしていたからだろう。 
 
誰かに触れたいというより、触れられたい。 
肩を抱くとか、そんな汗ばむ感触ではなく、 
朝陽を透かしたレースのカーテンとか、素肌にまつわるシーツとか、 
無機質の中で息をしていたい。 

何を言っているのだろう。 
私はいつもこうだ。 
生きているものと向き合えない。 
体温とか、吐息とか、どうも苦手だ。 
寝る時に、誰かが隣りに居ては困る。 
  
多分、寝相が悪く、イビキをかいて、おまけに歯ぎしりをするからだろう。 
いや、しているかどうかは知らない。 
あはは。

多分、自信が無いからだろう。 
多分、そんなセルフイメージを持ち合わせているのだと思う。 

何の話だったか。 
私はいつもそんなだったので、死ぬ時のことを想像すると、 
そうそう迂闊には死ねないと思う。 
自分を確認することの恐さ。そんな恐怖感はどうやっても説明できない。 
 
では、どうやって死ぬのが望ましいのだろう。 
死に方を選べるのは人間だけだろう。 
でも、到底、そんなに簡単に脚本通りには行かない。 
生き方にしたってそうだ。 
思惑通りに行った例が無い。 

話しが逸れた気がする。 
そうだ、瞬間にして甘美たる夢を見た時に電話が鳴った。 

「今、どこに居るの?」 
「カポレイ」 

渋滞の中、赤土の続く途を、何台ものエンコを横目に見ながら帰る。 
ショベルカーが山を削り、途を開く。 
赤土はそのうち、どこも同じ屋根の家々に覆われて見えなくなる日が来るのだろう。 
無残な赤土は剥き出しにされ、その中の一本道を私は走る。 

早く、工事を終わらせてやりたいと思った。 
このままでは、死んでいるような赤土だった。 
哀れな赤土だった。 

背中から差し込む夕陽にさらされた赤土を痛々しく思い、私は弔いの涙を流した。