Missing Piece~「高校教師⑫」
陣馬の冬は早い。
静かに降り続いた雪が、今朝は朝陽を浴びて光っている。
時折、雪でしなった裏庭の竹が、雪を落としてサワッと音を立てた。
康雄は、部屋を暖めている父親に、兄は昼過ぎには帰ることを告げると、母を伴い妹の病院へと向かった。
医師や看護師の心遣いなのだろう、退院手続きは手早く済むよう用意されていた。
痛み止めのオキシコードンを手渡されると、康雄は医師に世話になった礼を告げた。
母は、用意していた菓子折りを担当の看護師に渡すと、身を二つに折るように頭を下げた。
妹は、作り笑顔とは思えない微笑みを浮かべ、我が家へと帰れる喜びを隠せないでいた。
康雄は誓った。これからの残り少ない数日間を、悲しみという感情を殺して過ごそうと。
それは、自分の中に違う自分を造るような心情だった。
その頃、兄は早目に家に戻っていた。
雪を払い、 玄関前を掃き清め 、雪見障子の窓ガラスを拭いて炬燵を近くに寄せた。
父親の痩せた肩が痛々しかったが、それも自分が遠くへ転勤になったせいもあると思うと、自分に腹立たしかった。
父は、子どもたちには山に籠ることなく都会へ出ろと言った。勉学を薦める母は、自分たちのように田畑を耕し、山の手入れをして生業とすることを良しとしてなかったようだった。
それをいいことに、自分は転勤族となり、さっさと地方都市へ消えたことを今更ながら悔いた。
弟の康雄は、頑固な父と勤勉な母を支え、妹の看病まで背負って来たのだ。自分は、家族という一ピースを自ら放棄してしまったのだ。
今、こうして家族のピースを埋めてみたものの、もう直、妹というピースを失ってしまうというのは何と言う皮肉か。
ほどなくすると康雄の車が庭先に入って来た。
雪よりも白く透き通った妹がドアを開けた時、兄はもう涙を止めることが出来なかった。
しばらくぶりに家族が揃ったのに、これから一人欠けるのかと思うと、その失うものを手放したくなかった。
不条理とか理不尽という言葉が胸の奥に浮かび、拳を握りしまた。
午後の陽は、南天の赤い実を照らし、野鳥を遊ばせた。
(つづく)
※事実を元にしたフィクションです。
時代は1980年代です。
人物や固有名詞は全て仮名です。