仮面新学期~~「高校教師⑨」
二学期の教室には、頬杖をつく女生徒が増える。
リリ子も米倉を思い耽ることが多くなったが、誰にも言ってはならない関係を、ただ溜息にして消さなければならなかった。
教室のあちこちでは気の合う者同士が集まり、模試の結果で一喜一憂しているグループもあれば、隣りのクラスのF子は妊娠して退学したらしいなどと、噂しているグループもある。
リリ子は、髪型を変えた範子を囲んで、お洒落談義に盛り上がっているいつもの仲良しグループに混じっていた。
光枝が言った。
「江ノ島でさぁ、範子ったらモテモテだったのよ~」
「へー、何かがあったの?」
リリ子が聞いた。
「湘南ボーイっていうのかな、地元の男の子たちが寄って来てさ、どこから来たのかとか、範子にだけ質問攻めよ!」
「それでどうしたの?」
「ほら、範子、全部話しちゃいなさいよ!」
光枝がけし掛けた。
範子は咳ばらいをすると、ちょっと気取って話し始めた。
「可愛い男の子だったけど、ダメよダメダメ、みんな子供よ。その時悟ったのよ、私には米ちゃんだけだって!」
そう言うと、リリ子を横目で見てウインクしてみせた。
「ねぇリっちゃんだってそう思うでしょ。卒業したらさ・・・いや、卒業までにはこの真剣な乙女の願いを届けなくちゃ。ねっ!」
リリ子は一瞬ドキッとしたが、不安をかき消すように言った。
「じゃぁ、連絡先も教えてあげなかったの?その可愛い湘南ボーイに?」
リリ子の期待を裏切るように範子は首を振った。
と同時に授業開始のベルが鳴り、間もなく米倉が入って来た。
ざわついた心を収めようと教科書を開くが、リリ子は教壇に立っている米倉に駆け寄りたい衝動を抑えられなかった。
駆け寄って、範子に言ってやりたかった。
「範子、悪いけど私たちは恋人同士なの!」
・・・なんと幼い自慢だろう。
いつも堂々と米倉に話しかけたり甘えた質問をする範子を、羨ましくも腹立たしく思っていたリリ子の本心だった。
一度で良いから、皆の噂になりたいと思うリリ子の少女らしい願いは、自分で消さなければならなかった。
溜息をつきつつノートをパラパラと繰ると、夏休み前の授業で書きつけた短歌が目に留まった。
ゆふぐれは雲のはたてにものぞ思ふ天つ空なる人を恋ふとて / 読み人知らず(万葉集より)
私の恋人は目の前にいる教師米倉なのに、何故かこの空の彼方に居る誰かのような気がして切なくなった。
そして、訴えるような甘えるような目つきをして、しばらく米倉を見つめていた。
(つづく)
※事実を元にしたフィクションです。
人物や固有名詞は全て仮名です。
同じ名称があれば、それは偶然ですのでご了承ください。