映画『ヒノマルソウル』オーディオコメンタリーの奇跡
(写真は長野県奥志賀高原スキー場と長野オリンピックキャラクタースノーレッツ)
『願いは、叶う』
ディズニーランドのキャッチフレーズかのようだが、本当のことだ。2021年の初秋、私は奇跡をみた。大好きな人のオーディオコメンタリーに字幕がつくという奇跡を。
※以下、経緯とコメンタリーを字幕付きで見た感想にパートが分かれます。経緯が結構長いので目次を押すと次に飛びます。
◆字幕がつくまでの経緯
推しがいらっしゃる方はわかると思うのだが、推しが出ている作品のBlu-ray等につく特典映像、つまりインタビューだったり、舞台挨拶の様子だったり、メイキングだったりを楽しむ人は多いだろう。むしろそれを目当てに買う人もいるかもしれない。
しかし、聴覚障害者は違う。本編に字幕がつくことは近年増えてきたが特典映像に字幕がつくことはほぼないことを経験的に知っている。なので特典映像があると知っても素直に喜べない自分がいた。正直「ふーん」とメイキング楽しそうだななどと画面を眺めるだけになってしまうのだ。私は田中圭さんのファンだ。彼は2021年6月に公開された映画『ヒノマルソウル』に主演した。この映画には他に日経トレンディが選ぶ2021年の「今年の顔」の一人選ばれた山田裕貴さん、その「来年の顔」と第33回日刊スポーツ映画大賞の石原裕次郎新人賞に選ばれた眞栄田郷敦さん、元日向坂46の小坂菜緒さん、土屋太鳳さん、古田新太さんなど錚々たる顔ぶれが出演している。それぞれに聴覚障害のあるファンはいるはずだ。
ヒノマルソウルに出てくるのは長野オリンピックのスキー団体ジャンプ。あの金メダルには舞台裏の英雄たち、テストジャンパーたちがいた。そしてその中には山田裕貴さん演じる聴覚障害者のテストジャンパーもいた。
その聴覚障害者の方が当時大きな大会で優勝し、そのあとテストジャンパーに選ばれたことが新聞に載ったことも私は鮮明に覚えている。知り合いではないけど同じ聞こえるない人間として勇気をもらった。そういったこともあって、田中圭さんが出てるからというだけではなく、わたしにとって大切な作品となった。Blu-rayやDVDが出たら購入することは心に決めていた。
しかし、2021年8月31日。わたしは一人落ち込んでしまった。ディスクの発売日が決まったお知らせとともに特典内容のお知らせがあり、今はリンク先から消されているが、特典DISCには字幕はつかないと明記されていた。おそらく本編の特典音声(オーディオコメンタリー)にもつかなかったと思う。
当時の嘆きツイート(繰り返しますが、リツィートしたリンク先からは現在字幕がないことは削除されています)
私は諦めきれず、特典DISCにも字幕をつけてほしいと要望をすぐに出した。数日後、お返事を頂いたが更に気持ちを届けるため、同じ田中圭さんのファン、タナカーさんたちにも要望の協力をお願いした。推しに似るのか、タナカーさんたちは優しい。協力してくださる方が多数だった。
これが9月2日のこととで、9月8日には田中圭さんがオーディオコメンタリーを収録した様子が伝えられた。
もしコメンタリーに字幕をつけてもらえるとしたらこの日から作ることになる。12月3日に間に合うか。ドキドキした。でも奇跡を信じて、ファンクラブからBlu-rayを申し込んだ。
そして迎えた10月8日。運命の日。仕事がお昼休みになって、SNSにメッセージが何人かから入っていることに気がついた。ん?なんだろう?開けてみると「よかったね!!」という喜びの声が目に入った。こうしてわたしは字幕がついたことを、知った。
内容を見てわたしは震えた。感動で。本編オーディオコメンタリーや涙の舞台挨拶へのコメンタリーにも字幕がつく!かつてここまで対応してくれたことがあるだろうか…?なによりも要望から1ヶ月ほどで対応を決めて発表してくれたことが嬉しかった。これでわたしも他のファンの人と同じように同じものを同じように一緒に楽しむことができる…!この上ない喜びだった。
当時のよろこびのツイート
『願いは、叶う』。目の前が涙でよく見えなくなった。たったひとりの力は小さいけれど、沢山の人の力添えがあればそれは大きな流れとなり、とうとうと流れていく。字幕作成に尽力してくださった方、つける方向で調整してくださった方、要望に協力していただいた方、全てに感謝しかない。
田中圭さんといえば、私はもう一つの奇跡を知っていた。そう、『おっさんずラブ』のディスクに字幕がついたことだ。Twitterで「#おっさんずラブ円盤にバリアフリー字幕を」のハッシュタグをつけた運動が起こり、そのムーブメントはついに公式さんを動かした。当時わたしはこの作品をリアタイしておらず、知らなかったが、聞こえない友人を通してこの動きがあったこと、無事ついたことを知っていた。この時からわたしは『おっさんずラブ』という作品が気になっていて、2021年の再放送で一気にハマり、主人公の春田を演じた田中圭さんの演技に魅縛されてしまったのだが、それはまた別の話。
当時のツイートやニュース。(徳尾さんは脚本の方)
『おっさんずラブ』の特典映像には残念ながら字幕はなかったけれど、運動によって本編に字幕がついたという事実、それは強い。さらに高いハードルだったけれど、わたしは信じていた。
実際のところどういう経緯で字幕がついたのかはわたしも知らない。(どなたかマスコミの方、取材してくださいませんか)
でも一人一人の要望は決して無視できるものではなかったと信じている。
◆実際に字幕付きでコメンタリーを見て
※コメンタリーの内容に触れるところがあるので未視聴の方はご了承ください
12月3日に発売となった『ヒノマルソウル』のディスク。すぐにでも見たかったけれど、我が推しの田中圭さんのダブル主演作『あなたの番です劇場版』が公開され、その番宣の量が怒涛で追いかけるのにレコーダーも人間も必死。容量との闘いは死闘だった。その余波でレコーダーの整理や番宣の録画の視聴でゆっくり見れず、年が明けた2022年1月。ようやく見た。推し活は本当に忙しい(苦笑)
閑話休題。
映画本編に主演本人によるオーディオコメンタリーがつくというのは珍しいのかな?『おっさんずラブ』でも2話分本人たちによる副音声がついたのは有名だ(これも書き起こしている方のを見て理解したけど字幕で見たかったなぁ)。
田中圭ご本人も2時間一人で喋るの?普通誰かいるよね?と困惑し進行台本はあるらしいのだが、ときには本編に見入り、時には届いた監督や共演者からのメッセージにツッコミを入れながら喋り続けていた。
字幕が必要なくらいだからわたしは耳が聞こえないが、補聴器の進歩はめざましく、「なんか音がするな」「男性の声だな」「笑ってる感じだな」「(駅とかで)なんかいつもと違う(肉声?)アナウンスしてるな?電車が遅れるのかな?」という程度は聞こえて、全く「無音の世界」というわけではない。電話のベルも聞こえるが職場だと複数の電話があるため「どれが鳴っているか」がわからないし、電話は聞き取れない。音の方向もわからないし、結局なんと言ってるかは目の前で口を隠されて話されても聞き取ることはできないのだ。音が意味のない固まりとして聞こえるといえば想像つくだろうか。例えば永遠に理解することができない宇宙語で話されているような。
なのでこの田中圭さんのコメンタリーは聞き取ることはできないわけだけど、少しでも雰囲気に触れたい。そこでわたしは夫のヘッドホンを借りることにした。イヤホンは耳の中に補聴器しているので使えないからだ。
すると男性の声だな、(字幕を見て)たしかに笑ってる感じだな、メッセージ読み上げるために落ち着いて喋ってるな、という程度は字幕を見てから雰囲気が感じられるようになった(読み上げてるところは“ ”でとじられ、ご本人としてコメントしているのと区別されるのでよく分かる)
ほかのタナカーさんたちが「まるで一緒に映画を見てるよう」と言ってたが、なんとなくそんな感じかも!
コメントがない時は本編の台詞が字幕で出て、大体覚えちゃってるんだけど、ああ、そうだった!と確認することもできる。なんて温かな配慮。
ディスクを入れると目の見えない方向けに音声ガイドがあり、そのままにしていると音声ガイド付きで再生される旨案内がある。ラストに「田中圭でした」と書いてあったので、これはご本人の声なんだなと想像つく。ここからもう始まってる!
「東宝」 の文字が浮かび上がっているところからもう字幕が始まり、驚く。ご本人も一人でやるの?誰も突っ込んでくれないとぼやきながらも淡々と進めていく。時に見入っちゃったというところもあり、そうだよねとクスッとなる。進行台本もあり、突然(話題変えたら)台本の質問に答えてると思ってくださいねと説明もある。さあそこからが忙しい。各出演者のメッセージに一人ツッコミし(監督へは特にわたし的に大笑い)、共演者から褒められると喜び、台本にある質問やSNSでつぶやかれた質問に答えていく。ときに芝居について語りそうになり我に返って長くなるからやめるとなったりする。質問読む時一人効果音をつけたり、「とべるのかー?」と繰り返し、繰り返しの結果、最後の「とべるのか」が字幕がひらがなになっちゃったりする。途中クライマックスで本編に見入り、自分の芝居に突っ込んだり解説したり感想をいい、「頑張れい」と選手に託す。途中で歌にハミングしてるらしく、そりゃハミングするよね!と微笑ましくなる。眞栄田郷敦くんとの関係性で背中のったことなど話したあとで、人間くさい主人公への愛やヒノマルソウルへの思いなど最後の最後まで語りつくすのでした。
終始難しい言葉を使うことなく語り、使いそうになるとやめたり、むしろざっくばらんで関西弁ぽいのも時に使い、共演者の出演作のタイトルを思い出そうとしてるところがそのまま入っていたり、名前を言い直したり、自然のあるがままの喋りが全て字幕にうつしとられていて、何回もクスッと笑ったり、うるっとした。
そしてこの飾らないこのひとが、田中圭が好きだなぁって改めて思った。
改めて好きだなぁという感情を起こしてくれた「字幕」に心から感謝したい。多分他のタナカーさんと同じ感情をわたしは持てたのだと思うし、字幕が無かったら私はこれを知り得なかったのだとぞぅとする。
特典ディスクにあるインタビューとかも公開されたとき、タナカーさんたちは優しいのでなんと言ってるか教えてくださっていたのもあったけど、改めて同じ画面内の字幕付きでオンタイムでみると、すーっとすんなり記憶ができて、初めてわたしの脳内にインプットされた。体力測定の三人のなんと楽しそうなことよ!クイズでみんな一致しないわちゃわちゃのこれまた楽しそうなことよ!
登壇者が次々と泣いた舞台挨拶もコメンタリーがつき、おそらく見ながら苦笑いしつつも誠実にコメントする田中圭さん。彼のコメントを見ながら、なぜ次々みんなが泣いたのか、フラッグの存在も大きかったんだなと気付かされた。そして本編コメンタリーでもいっていたように、みんながこの作品に関わったことを誇りに思っていて、座長が田中圭さん、彼だからまとまっていったんだろうなと感じた。やはりこれも字幕がなかったらわたしはここまで分からなかったと思う。
新型コロナウイルスの感染状況により、2回の公開の延期を余儀なくされ、興行的にも不運だったこの映画。オリンピックへの嫌悪感があったタイミングだったり、タイトルや予告の掲揚的に見えるリードも影響してしまったかなと思うのだけど、真実の持つ重みは強い。20年以上の時を超えて、舞台裏の英雄たちの話を目に見える形で届けてくれたこと。当時は競技のなかった女性ジャンパーや聞こえないが故に身体は動かせてもコミニケーションを通して頂点を極める技を身につけるのが難しい聴覚障害者の活躍。これらをすべて余すことなく字幕や音声ガイドをつけて届けてくれたこと。わたしの中では一里塚的な宝物の作品となった。いつか特典映像や特典音声にも当たり前に字幕や音声ガイドがつく時代になるといい。今回のことが思い出話になるといい。それを心から願っている。願っていれば、そして行動を起こせば、未来は変えられる、はずだから。
◆終わりに 字幕の未来へ
今回のことを同じように聞こえない方がブログにしたためてくださった。
この方も舞台が好きで舞台に字幕サポートをつける要望をされている。公式なサポート化しているところもあるという。舞台がディスク化されたときに字幕がほぼつかないという現実もある。私も田中圭さんの舞台の脚本をお借りして観劇に臨んだことがあるが、やはりリアルタイムに知りたかったという思いはある(この経緯については文末に記事を載せます)。
この方のブログでも紹介されているように特典に字幕がつくという作品は少ない。私も検索してみたけどあんまり見つけられなかった。他にあったら是非教えていただければ追加します。
・図書館戦争(これも田中圭さん出演作)
・明日をへぐる
・こんな夜更けにバナナかよ(検索して見つけました。田中圭さん出演作の『そして、バトンは渡された』の監督ですね)
日本語はアルファベットに比べて、漢字変換やカタカナもあるので字幕化が難しいとききます。自動認識の技術も進んできましたが、やはり修正は必要です。写真を撮った時に目では綺麗だなと思ったのに、写真にするとイマイチということはありませんか。これは人間の脳が補完して綺麗だなというまとまりにして見せているのだとわたしは思っています。音もしかり。音がくぐもっても重なっても必要な音を脳が取り出し、理解できるようにする。人間の脳って不思議。なんて高性能。
そんな耳の代わりに字幕をつけるということはアドリブとか早口など大変だと思うけれど、字幕のおかげでわたしはエンターテイメントを楽しめる。人生が豊かになる。人をさらに好きになる。
かつて私は高校生の時、テレビのスペシャルドラマについた字幕の方言に感動して感想を送ったら字幕の関係者からお返事をいただいたことがある。必ず見てる人はいる。
当時に比べるとテレビの字幕も増えた。CMにつくこともある。でも未だに深夜の番組はつかない。見逃し配信につかないこともある。映画のディスクの特典映像や音声、舞台のディスク化のようにまだまだ字幕のない分野もある。どちらかというと映画も大衆的なものに字幕はつく傾向があり、分野によっては本編に字幕がつかないこともある。字幕メガネ対応であれば上映館どこでも字幕で見られるが、メガネを持っていなかったら借りれる映画館が近くにないこともある。字幕メガネは酔いやすいので苦手な人もいる。映画館でスクリーンでの字幕付上映の日数や回数も限られる。
変えたい現状がまだまだある。
だから私は願い続けるし、気持ちを伝え続ける。
▶︎ヒノマルソウル本編のレビューはこちら
▶︎私にとってもう一つの「奇跡」
▶︎字幕メガネについて
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