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谷桃子バレエ団「レ・ミゼラブル」@きゅりあん大ホール、の巻

6月の「TMB HISTORY GALA PERFORMANCES」@新国立劇場中劇場に続き、「レ・ミゼラブル」を見て参りました。
私が見たのは8月29日(木)夜の回でしたが、この回を選んだ理由はずばりキャストにあります。
結論から言えば期待通り予想以上。
誤解を恐れず言えば、私は6月のバレエ・ガラ公演よりできが良かったのではないかと思います。


いち観客から見た谷桃子バレエ団の昔と今 ー前置きとしてー

谷桃子バレエ団は昨年からリニューアルしたYouTubeチャンネルがバズって、その新しい試みと新規ファン開拓で(バレエ団自体の歴史は古いにもかかわらず)急に注目を浴びています。
友人からの紹介で2000年代初期から長らく谷(・・・と私は呼んでいます)を見てきた私からすると、これまでの苦労と努力が実ってきたのだな、ととても嬉しく、またチケット取りにくくなったなーwなどと少々戸惑ったり。

そんな急激な変化の中で、(もしかしたら谷の中の人たちは気がついていないかもしれませんが)ひとつ明確な変化がありまして、それは、
「団員が、見られることを意識していることが伝わってくる」
ということがあります。
技術的なことよりも、気持ちの問題が強いと思います。
「立場が人を作る」
とはよく言われますが、例えばアイドルがキラキラしているのはファンからの温かく、愛情にあふれ、時に厳しい視線を浴びていることが一因なのですが、そんな「見られて美しく、たくましく」なっている雰囲気をひしひしと感じます。
いい意味で「ファンをつけること」に貪欲になっているのだと思います。
美しさ、華麗さ、優美さ、そしてその裏にある泥臭い努力など、現代のアイドルに求められる要素に近いモノを押し出した結果、同様の存在感を生み出したのではないかと。そんな風に推察しています。
私はそれを、いいことだと思います。
芸事、芸術、ステージって、やっぱり愛されてなんぼですもの。

前置きが長くなりました。

きゅりあんという会場

台風10号が九州に停滞、その影響で東京でも大雨が降ったり多摩川や目黒川には氾濫警戒情報が流れたりしていましたが、幸いにも私が行った時には雨は小やみになっており、ただ風が強いかなーくらいな感じ。むしろ気温が低くなっていて湿気が強いのを除けば過ごしやすいくらいでした。

きゅりあんは京浜東北線大井町駅から橋で直結している真向かいの駅ビル?の中にあって、改札口から建物までなら徒歩0分レベル。
品川区っていい会場持ってるなぁ。
(調べたところ、私が所属する書道教室が毎年作品展を開催している美術館も同じ経営母体で、品川区の文化事業に対する積極的な姿勢が垣間見えた気がしました)

「レ・ミゼラブル」という演目と音声ガイドの有効性

「レ・ミゼラブル」は谷桃子バレエ団のオリジナル作品です。
私は初演は見ていないのですが、それでもすぐに理解できるくらいにはわかりやすい作りになっていました。
その一番の理由はミュージカル「レ・ミゼラブル」とほぼ同様の流れだったことにあり、そこにもう少し深く原作の要素を付け加えたのが「谷桃子バレエ団のレ・ミゼラブル」というイメージを受けました。
なので、ミュージカル版を見ていたら話の筋を追うことは可能です。
とはいえ、「バレエ」って無言劇なのですよ。
「白鳥の湖」や「眠れる森の美女」のように世界中で踊られている演目とは違って、あらすじは知っていても、出てくる音楽も振付も観客にとってはほぼ初見。パントマイムで伝えられる内容にも、やっぱり限度があります。

そこで、音声ガイドです。

前回のバレエ・ガラ公演の時に初めて借りて聞いたのですが、これがとても良かったのです。何がいいって、踊っているのが誰なのか、すぐにわかる。これは歌舞伎の音声ガイドと同じ作りですね。
なので今回も迷わず音声ガイドを借りました。
気がつかなかったのですが、今回は事前に音声ガイドの予約もあったそうで(どのくらい需要があるのか、確認したかったのかしら)、当日借りられるかしらとちょっと心配していましたが、台数は潤沢にあったような気がします。
いやあ、本当に・・・なんで今までバレエに音声ガイドがなかったんでしょうねぇ?
これがあるとないとでは、舞台への理解度も集中度も全然違いますよ・・・
特に今回の「レ・ミゼラブル」には音声ガイドは必須・必携だと思います。

音声ガイドの有効性は、舞台の幕が上がってすぐに発揮されました。
第一場、ジャン・ヴァルジャン登場シーン。街をゆく人々は、一様に腰をかがめ、あたりを窺うように歩いているのですが、そこに音声ガイドで、
「人々は互いを疑いながら・・・」(うろ覚えです)
という一言がありました。
レ・ミゼラブルは、ルイ16世やマリー・アントワネットが処刑されたいわゆるフランス革命後の王政復古期、6月暴動が第2幕の見どころになるのですが、この頃のフランスは監視社会でもあったんでしょうかね? 監視社会、密告社会・・・そのあたりは原作を読んで確かめたいのですが、ジャヴェールみたいな人物像のバックグラウンドとして、この「監視社会、密告社会」というのは説得力があって、なるほど!と思いました。
これがバレエの振付に取り込まれていて、なおかつ音声ガイドで解説されるんですよ。
すごいな、と思いましたね。
作品理解に深みが出ます。

バレエ公演に音声ガイドは必要だと私は思います。
この試み、これからもずっと続いてほしいです。

キャストについての短い感想

さてさて、先にも書いたとおり、私が8月29日の回を選んだのはひとえに、
高谷遼さんのジャヴェール、森岡恋さんのコゼット、永倉凜さんのエポニーヌを見たかったからでした。
これが一堂に会していたのが、まさにこの回。
本当は今井智也さんのジャン・ヴァルジャン、三木雄馬さんのジャヴェールも見たかったのですが、お二人とも以前に谷桃子バレエ団オリジナル作品『オセロー』でそれぞれオセロー、イアーゴーを拝見したことがあり、その力量のほどは充分に知っていたので、今回は高谷さんに。

それにしても『オセロー』を新キャストで再演してほしいなぁ・・・すごくかっこいいんですよ。
私はこの公演で「谷の男性ダンサーはめっちゃかっこいいぞ!!」ということに目覚めたのでw 再演、強く希望します。

ジャン・ヴァルジャン

というわけで、私が見たのは井澤駿さん(新国立劇場バレエ団)のヴァルジャンでした。
びっくりしました。
井澤さん・・・大きいんですね・・・!
いや、カーテンコールの時にはそこまで大きく見えなかったから、役で大きく見えたと言うことか。
それはすごい演技力ですよ。
そういえばヴァルジャンて、マストを一人で担ぐわ、荷馬車を一人で背負うわ、マリウスを背負って地下道をうろつくわ、怪力設定でしたもんね。
井澤ヴァルジャンは、充分に説得力がありました。
単なる体の大きさ、体格のよさというより、「器が大きい」。
若い時のヴァルジャンが市長へと出世するにつれ、それが如実に表現されて、
「ジャン・ヴァルジャンは大きい人だ」
という強い印象を観客に与えます。
もちろん、ダンスのテクニックも申し分なく、手の先、足の先、髪の毛の先まで隙なく美しく精緻。
いやあ・・・これって、井澤さんの当たり役なんじゃないですか?
新国立の方の公演も見に行きたくなりました。今年の秋のシーズンがちょっと楽しみです(今秋は『眠れる森の美女』でデジレ王子を踊るんですね。それは見てみたいかも・・・)

ジャヴェール警部

お待ちかねの高谷遼さんです。
YouTubeでバレエ団でのレッスンを見て、「なんかすごくグランジュッテが綺麗な人がいる・・・!」と注目していたのが高谷さんでした。
高谷さんのダンスは柔らかいのに硬質なんですよね。フェンシングの剣のよう、というイメージがあります。
その「硬質」な感じが、多分ジャヴェール警部にはぴったりなんじゃないかと予想していたのですが、まさにぴったりでした。
厳格な法の番人、情の欠如したジャヴェールのときには、まるで文房具のコンパスのように、細く、長く、硬質に、冷たく、金属の棒が弧を描いているように踊っていました。それが本当に血が通ってないジャヴェールそのものでこちらもはまり役だと私は思いました。
それまでが金属のようにピンと張りつめていたからこそ、6月暴動でヴァルジャンから情をかけられ、許されたあとの動揺は、そこから一転してなよなよと頼りなく、戸惑う様が良く表現されていたと思います。この落差はおそらく計算尽くなのでしょうが、計算以上の効果をもたらしていたと思います。
ヴァルジャンから許されたあとの困惑した状態でのソロパートは、見ていて涙が出そうなほど、心揺さぶられました。

コゼット

「白鳥の湖」で主役を踊ってから、「主役」というニンがはまったように見える森岡恋さん。
バレエ・ガラでのシンデレラがとても素晴らしかったので、今回のコゼットも期待していました。
いやあ、本当に良かったですよ。いかにもコゼット、という感じのはまり役だと思いました。立ってるだけで清純さと少女性がきわだち、まさに「ヴァルジャンの掌中の宝」として育てられたのだろうと、その生い立ちがよく説明されていたと思います。
これは、バレエのプリマとして得がたい資質ですよね。
もう少し年を重ねてから、先に書いた『オセロー』初演で永橋あゆみさんが踊っていらっしゃったデズデモーナが踊れるのではないかと・・・そんなことを思いました。

エポニーヌ

キャラクターダンサーとしての才能を感じる永倉凜さんのエポニーヌは、とにかく見てみたかったのです。
バレエ・ガラでの「ダッタン人の踊り」の中での「奴隷の姫」役がとてもはかなく美しく、お名前の通り凜としたたたずまいで踊っていらっしゃったのが印象的でしたが、そこにエポニーヌの泥臭さが加わって、こちらも予想通り、予想以上でした。
歌っていないのに、ミュージカルの「On my own」が聞こえてきそう。
無言劇で歌声が聞こえてきそう、という感想が言えるのは、永倉さんの体が楽器のように気持ちを伝えていたと言うことですよね。
本当に楽しみな演技派ダンサーだと思いました。

ファンティーヌ、マリウス、アンジョラス他

ファンティーヌは馳麻弥さん。
馳さんのファンティーヌを見て、実はファンティーヌは気が強い人だったのだと気がつきました。確かに彼女は、ただなよなよと運命に翻弄されているだけのはずがなかった。生きて、愛して、あらがって戦った人ですよね。馳さんのファンティーヌへの解釈に共感を覚えました。

マリウスは池沢喜政さん。
あの!!!
クラシックバレエをやってると、階段落ちも美しいんですか!?と驚異の「美しい階段落ち」を披露してくださいました。あんなに軽く綺麗に回転しながら落ちる人、初めて見た・・・

アンジョラスは土井翔也人さん、ガブローシュは児玉光希さん。
なんといっても6月暴動のシーンですよね! 圧巻でした。終始情熱的で、燃え上がる炎が背後に見えるようでした。
コールドも一糸乱れず、その場を制圧するような迫力を感じました。

そのほか終わりに

ところで、2幕のクライマックス、6月暴動のシーンですが、音楽はスメタナの「我が祖国」から「モルダウ」が流れるんですよね。
劇的な音楽だしこれ以上ない選曲だと思うのですが、チェコとフランスでは国情があまりに違いすぎて、私個人はずっと違和感を持ったまま見ていました。
かといってあれ以上に、郷愁や愛国心、自由への希求を表現し、かつ広く人々に知られた曲もないのでこれしかなかった、とも思うのですが。
実際、悲壮感を漂わせながら熱く戦うアンジョラスたち市民派の姿にモルダウはぴったりだったので、「チェコとフランス、全然違うやーん!」というのは、私の知識が余計な悪さを働いただけなのだと思います。

いずれにしろ、このバレエ版「レ・ミゼラブル」は谷桃子バレエ団の作品ですが、ゲストダンサーの井澤駿さんがあまりにはまり役だったので、いずれどこか別のバレエ団でも踊られるようになる、そんな演目に育つといいなぁ、と思いました。

はじめの方に書いたことに少々戻りますが、
「観客に、ファンに、見られている」
という自覚が備わってきた人たちの集団は強いと思います。
また次の公演が楽しみです。


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