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SymphonyMemory-氷の姫と炎の王-7話 真実
北極圏の大地は、白夜の時期を迎えていた。
辺りは薄明るいが、どこか幻想的な静けさが漂う。
地平線の上にかすかに顔を覗かせた太陽は、輝かしさとはほど遠く、霧に霞んだ鈍い光を放っている。
その光は、世界を灰色に染め、空も大地もすべてが無音の絵画のようだった。
だが――
そんな寂寥とした世界だからこそ、ティアの心は満ち足りたものだった。
後ろで馬の手綱を引くオリクの温もりが、じんわりと背中に伝わってくる。
それは、冷たい風の中でただ一つ、確かに感じられる温かさだった。
――包み込まれるような安心感。
――不思議なほどに穏やかで、心が静かに満たされていく感覚。
荒涼とした山々が、どこか柔らかく見える。
いつもは厳しくそびえ立つ峰が、今はまるで二人を見守る存在のように感じられた。
吹き荒ぶ風さえも、まるで未来へ導く道しるべのように思えてくる。
――なんなのでしょう……この気持ちは。
ふと、振り向けば
ティアはゆっくりと振り返り、馬の手綱を握るオリクの顔を見た。
彼は真っ直ぐに前を向き、静かな決意を瞳に宿している。
どこか冷静で、それでいて力強く、前へ進むことしか考えていない表情。
ティアはその横顔に、つい見入ってしまう。
「どうしたんだ?」
オリクが視線を感じ、穏やかな声で尋ねる。
「な、なんでもないですわっ!」
「ティア姫、俺と結婚しないか?」オリクは何でもない様な口調で言った。
ティアは驚いたように目を見開き、慌てて前を向き直した。
「意味が解りません!どうして突然そんなこと言うのですか?」
心臓がどくん、と大きく跳ねる。
「私たちは敵同士です。つい先日まで剣を交えていたのを、もう忘れたのですかっ?」
ティアは頬を真っ赤に染めた。
風が頬を撫でる。
冷たいはずのその風さえ、なぜか心地よく感じる。
二人の想い
二人の想いは、合わせ鏡のようだった。
互いに映し合い、共鳴し、いつしか一つになる。
二人を乗せた馬は、誰にも邪魔されることのない自由の風となり、未来へ向かって走り続けていた――。
今はもう、過去を映す鏡ではない。
ただ前だけを写し、ただ未来を照らす。
オリクの温もりを感じながら、ティアはそっと目を閉じる。
――この時間が、永遠に続けばいいのに。
馬の蹄音が静寂を切り裂き、薄暗い白夜の世界を駆け抜けていく。
エスタリアの子供たちの遺体が見つかったという北極熊の巣穴に近づく頃、天候は急速に悪化し、吹雪が視界を覆い尽くしていた。
冷たい雪が頬に当たり、風が肌を刺すように冷たい。
ティアはマントを強く引き寄せ、隣にいるオリクの温もりを頼りに進んでいた。
「……あと少しね。」
その時、オリクが急に手綱を引き、馬を止めた。
「ティア姫、あれを見てくれ。」
彼の指さす方向に目を凝らすと、白い吹雪の中に人影が見えた。
「入り口が衛兵によって厳重に守られている……。」
10人以上の兵士たちが、武装を整えて巣穴の前に立ち並んでいた。
彼らは見張りというより、明らかに敵からの攻撃を警戒している様子だ。
その装備は、紛れもなくエスタリアの兵のものだった。
「なぜこんなに厳重に警戒しているのかしら?」
ティアは眉をひそめた。
北極熊はすでに捕らえられ、巣穴には何も残っていないはずだった。
子供たちの遺体も回収され、調査は女王リディアが行ったと報告されている。
「……何かあるな。」
オリクの表情は険しく、冷たい雪にまつ毛が白く染まっていた。
「この事件にトリアーナは関与していない。」
「そうね。私もそう思うわ。」
ティアは彼の横顔を見つめる。
「あなたが嘘を言うとは思わない。」
「おぉ、俺を信用してくれるのだな、さては惚れたな?」
オリクは口元に笑みを浮かべ、軽く肩をすくめる。
「結婚しよう!」
「馬鹿、なんでそうなるのですかっ!」
ティアは顔を赤らめ、馬から降りた。
オリクも続いて馬を降り、近くの岩場に馬を繋ぐ。
吹雪の中、二人は岩陰に身を潜め、再び巣穴の方を見つめた。
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強行突破か、交渉か
「さて、どうしようかな……?」
ティアは小声で呟いた。
「私が行って話をしてきましょうか?エスタリアの兵だもの、私が行けば大丈夫かと思いますわ。」
「ティア姫、この中に入ったことは?」
「いえ、ありませんわ。お母さまが管理しているので。」
「そうか……。」
オリクは一瞬、何かを考えるように目を閉じ、次の瞬間、目を見開いた。
「なら、強行突破しかないな。」
そう言うや否や、オリクは岩陰から飛び出し、巣穴に向かって走り出した。
「ちょっと待ちなさい!」
ティアの制止も全く聞かず、オリクは吹雪の中をまっすぐに駆け抜ける。
「敵だ!」
見張りの兵たちが叫び、剣を構える。
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オリクは一切ひるまず、剣を抜くことすらせずに突進する。
5人の兵士がオリクを囲み、剣を一斉に突き出した。
オリクはその瞬間、足元の雪を強く蹴り、空へと跳んだ。
「なっ……!」
兵士たちの驚きが吹雪にかき消される。
オリクは人とは思えないほどの跳躍力で、彼らの頭上を飛び越え、後方に着地した。
すかさず動き、剣の柄を使って兵士たちの首筋やこめかみを正確に打ち、次々と意識を刈り取っていく。
「ちょっと!殺してないでしょうね!」
駆け寄ってきたティアが、オリクに詰め寄る。
「大丈夫だよ。全員、気絶しているだけだ。」
オリクは剣を腰に収め、何事もなかったように肩をすくめた。
倒れた兵士たちは、静かに雪の上に横たわり、規則正しい息をしている。
「もう、あなたって本当に無茶苦茶ね!」
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「貴女に言われたくないぞ。」
オリクは笑みを浮かべ、洞窟のような巣穴の入り口へと歩き出した。
「……仕方ないわね。」
ティアは一度ため息をつくと、オリクの後を追った。
穴の入り口は洞窟の入り口のようになっていた、狭かったが、中に入ると広場のような空間が広がっていた。
岩肌はごつごつとしており、所々にどす黒く変色した跡が見える。
それは血の跡なのだろうか。
獣臭と血生臭さが混ざり合い、空気を重く淀ませていた。
――ここで、エスタリアの子供たちは北極熊に喰われたのか。
ティアは胸の奥に冷たい痛みを感じ、無意識に拳を握りしめた。
しかし、広場そのものには特に変わった様子はない。
「……なにもないですわね。」
ティアはあたりを見渡し、静かに呟いた。
「うむ……。」
オリクも慎重に頷く。
「だが、なぜあんなにも厳重に警戒していたんだ?」
オリクは巣穴の奥へ進み、岩壁を手でコツン、コツンと軽く叩き始めた。
「この奥に、空間があるな。」
「え?」
ティアも急いで彼のそばに寄る。
オリクは岩壁を叩きながら壁沿いに進み、やがてピタリと立ち止まった。
「ここだな。」
「どうしたの?」
ティアの問いに答える代わりに、オリクは壁の表面を慎重に撫でた。
カチン、と小さな金属音が響く。
次の瞬間、ゴゴゴゴ……と重厚な音と共に、岩壁がゆっくりと横に開いていった。
ティアは思わず息を呑む。
現れたのは、白く光る廊下だった。
奥へと真っ直ぐに伸び、冷たい光に照らされている。
「行こう。」
オリクは一歩踏み出し、ティアもその背中を追った。
「……明るいわね。」
ティアの声は、白い廊下の中で吸い込まれるように小さく響いた。
「前世界の文明だな。」
オリクは手を壁に当て、滑らかな素材を確かめている。
「300年前、海に沈んだ世界のことですね。」
「そうだ。かつてこの地球には高度な文明が栄えていたが、過信と傲慢によって文明は滅び、そのほとんどが海の底に沈んだ。北極の氷河が解け、現れたこの北極大陸の一部だけが地球に残された大陸となり、そこでわずかな人々が新しい時代を築いた。」
「ということは……この場所は、その文明の残り物?」
「いや、元々北極大陸は存在しなかったはずだ。ここに文明があったとは考えにくい。」
「では……生き残った人々が造ったということ?」
「そう考えるのが自然だが……それなら、なぜこの時代にその文明が受け継がれていないんだ?」
ティアとオリクの足音が白い床に響く。
壁に使われている素材、灯りの技術、どれも今の時代には存在しないものだった。
二人は疑念を胸に抱きながら、奥へと進んでいく。
廊下の突き当たりに、大きな扉があった。
オリクは慎重にドアノブを捻り、静かに押し開ける。
中に広がるのは、さらに広い部屋だった。
天井も床も、そして壁も、真っ白な素材で覆われ、無機質で圧迫感のある空間だった。
かすかに消毒液の匂いが鼻を突く。
人の気配はないが、明らかに「人」が存在している――。
並べられたカプセルの中、横たわる人影たち。
カプセルは透明な素材で覆われ、静かな機械音が部屋を満たしている。
赤や青のランプが、規則正しく点滅を続けていた。
「……なんだ、これは……。」
オリクの声は、驚愕に満ちていた。
ティアはカプセルの中を覗き込む。
「生きていますね……呼吸は感じられないけれど、氷力を感じます。エスタリア人かしら……。」
その時――
入ってきた扉が静かに開いた。
二人が振り向くと、そこに立っていたのはリディア女王だった。
「ここに来てしまったのですね、ティア……。」
リディアの目には、悲しみと覚悟が宿っていた。
「お母さま……。」
リディア女王はオリクにも会釈をする。
「貴方がトリアーナの王子ですね。はじめまして。」
「お目にかかれて光栄です。」
オリクも静かに頭を下げる。
「ティア、貴女に話さなくてはならないことがあります。」
「お母さまは、この場所を知っていたのですか?」
「ええ……いつかは伝えようと思っていました。」
その時――
カプセルの一つが音を立て、透明な蓋がゆっくりと開いていった。
ティアは息を止め、オリクは剣に手をかける。
中で横たわっていた人物が、ゆっくりと上半身を起こした。
その姿はまるで、墓場から蘇った死者のように見えた。
「リディア女王、私が話そう。」
低く、静かな声が部屋に響く。
その男は、髪色は金髪で、白い肌と冷たい瞳を持ち、無機質な笑みを浮かべた。
「私は、アメリフ合衆国大統領トランスだ。以後、お見知りおきを。」
彼はまるで何事もないかのように、静かに一礼をした。
ティアとオリクは、その異様な存在感に、言葉を失って立ち尽くしていた。
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