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SymphonyMemory-氷の姫と炎の王-6話氷力の起源 

冷たい風を切り裂きながら、ティアは馬を駆けた。白夜の薄明かりの中、彼女の銀髪が風に踊る。
「お母さま……無事でいてください!」
胸の中で何度もそう祈りながら、ティアは馬の手綱を強く握りしめた。

だが、心の奥底では、祈り以上に膨れ上がる疑念が彼女を苛んでいた。

不可解な攻撃
「なぜ……?」
ティアは心の中で何度も問いかけた。

なぜ、このタイミングでエスタリア城が攻撃を受けたのか?
そして、誰が攻撃を仕掛けたのか?

トリアーナ連邦国がエスタリア城を攻撃したという可能性は低い。
海峡を渡り、これほどの火力を持ち込むには膨大な準備と時間が必要なはずだ。
トリアーナ軍を戦場で率いていたオリクの表情からも、彼らの関与を感じさせるものはなかった。

では、フェンリ共和国なのか?
だが、それもあり得ない。フェンリ共和国は中立国であり、軍隊すら持たない。
ただ、フェンリ共和国が舞台となった熊の事件以降、何か裏で大きな力が動いている気配はあった。

盗賊の仕業……?
ティアはその可能性を考えたがすぐに首を振った。
エスタリア城を壊滅させるほどの火力を持つ盗賊など存在しない。それに、これほど規模の大きな攻撃が宣戦布告もなく行われるのは異常だ。

「どういうことなの……?」
ティアの疑念は、ただひたすらに深まっていった。

この戦争は最初から不可解なことばかりだった。
北極熊が氷力を暴走させて襲いかかってきたこと、熊の胃袋から発見されたエスタリアの子どもたちの遺体、そしてそこに残されていたトリアーナの武器。これらの出来事がエスタリア国民の怒りを爆発させ、ついに全面戦争が引き起こされた。

だが、ティアには明確な違和感があった。

かつてトレサビ図書館で調べた「イフジス事件」。その事件もまた、エスタリアとトリアーナの間に憎悪を生み出し、戦争感情を煽るような構図だった。今回の戦争もそれに酷似している。
「誰かに仕組まれた……?」

しかし、今回のエスタリア城への攻撃は奇妙だった。
もしもこの攻撃が仕組まれたものだとすれば、それはトリアーナとエスタリアの戦争を止める結果を生み出している。

「……一体、誰が……何のために?」

ティアは馬を駆けながら、自分の中で渦巻く感情に気づいていた。
憤り、恐れ、そして深い不安。それらはすべて、この戦争が持つ闇の深さを物語っていた。

「私たちは誰かに操られている?……。」
その考えが頭を離れない。だが、その「誰か」の正体も、目的も分からないまま。彼女はただエスタリア城を目指し、駆け続けるしかなかった。

馬の蹄が雪を蹴り上げ、白夜の冷たい大地を響かせていた。

馬を駆けるティアのもとに、エスタリアからの伝令が届いた。
「エスタリアへの攻撃は止まり、正体不明の軍は撤退した」との報告だった。

「……撤退した?」
ティアは馬を走らせながら、その言葉の意味を反芻した。

エスタリア城は巨大な火力によって成すすべもなく攻められていたはずだ。それに、主力のエスタリア軍は自分とともに戦場にあり、城の守りは手薄だった。
いくら急いで戻ったとしても1日はかかる――その間に完全に陥落させられる状況だった。

「……侵略が目的ではない?」

ティアの頭には疑問ばかりが浮かび上がる。だが、今はそれを考えている暇はなかった。
「とにかく、お母さまの元へ――!」
ティアは馬にさらに鞭を入れた。

城に着くと、ティアはすぐに玉座の間へと走った。扉を開けると、そこには穏やかな表情で玉座に座るリディア女王の姿があった。

「お母さま!ご無事ですか!?」
ティアは駆け寄り、胸の中にあった不安を吐き出すように叫んだ。

リディア女王は微笑みながら、娘を迎えた。
「戻ってきてくれたのですね、ティア。ありがとう。」

ティアは膝をつき、頭を下げる。
「申し訳ありません。トリアーナとの戦いを放棄して帰還しました。お母さまのことが心配で……。」

リディアはその言葉に首を振った。
「わかっています、ティア。あなたの判断は正しい。私も無事ですし、城の被害も甚大ではありますが、死傷者は出ていません。何より、あなたが戻ってきてくれたことで敵は撤退したのでしょう。」

「お母さま、攻撃を仕掛けてきたのはどこの軍だったのでしょうか?」
ティアの瞳には鋭い光が宿っていた。

リディアは眉をひそめ、答えた。
「それが、全く見当がつきません。見たこともない武器を使い、圧倒的な火力で攻撃を仕掛けてきました。」

「見たこともない武器……?」
ティアは眉をひそめ、疑念を深めた。

「そうです。凄まじい火力でした。城壁は簡単に砕かれ、私たちは成すすべもなく守勢に回るしかありませんでした。」
女王の言葉は、攻撃がどれほど異常であったかを物語っていた。

「ですが……どうして彼らは撤退したのでしょう?」
ティアは小声で呟く。
それほど圧倒的な力を持ちながら、侵略を完遂することなく退いた理由が理解できない。侵略が目的ではないとすれば、一体何のために――。


「ティア。」
女王の声がティアの考えを遮った。

「エスタリア城は多大な損傷を受けました。
この城を補修し、守備を強化するのが最優先です。そのため、トリアーナ連邦国への戦いは延期とします。」

「はい。」
ティアは頷きながらも、その目は、なおも疑問に満ちていた。

リディア女王は続けた。
「しかし、宣戦布告の状態にある以上、トリアーナから攻撃される可能性は否定できません。軍を再編し、守りを重視した展開を考えてください。」

「承知しました。それでは失礼します。」
ティアは深々と一礼し、玉座の間を後にした。


ティアは廊下を歩きながら、敵の正体と目的への疑問でいっぱいだった。
「なぜ彼らは撤退したのか?」
「侵略ではなく、何か別の意図がある?」

冷たい石造りの廊下を進むティアの足音だけが響く。
その音は、彼女の心に渦巻く不安と不信感を映し出しているようだった。



その夜、ティアはなかなか寝付けずにいた。
月明かりが窓から差し込み、静寂の中、彼女の心だけがざわついている。

敵の正体は?目的は?
繰り返し疑問が巡る。

「明日には軍を再編して、城の守りを固めなきゃいけないのに……。」
ティアは枕を抱えながら寝返りを打ち、小さく呟いた。

そしてふと、オリクの顔が脳裏をよぎる。
彼は今、何を考えているのかしら……?

あの戦場で交わした視線――そこには同じ疑問があった。
「なぜ、この戦争が起こったのか?」
彼もまた、この争いの背後に潜むものを探しているのではないか。

「会って話がしたい……。」
その衝動は、確信めいたものだった。

「……うーん、無理!!」
ティアはバッと跳ね起きると、勢いよく布団を跳ね飛ばし、急いで服を着替え始めた。


「ソフィア、寝てるわよね?」

ティアは忍び足でソフィアの寝室に入った。

ソフィアはベッドの上で丸まるように寝ていた。
クマのぬいぐるみのような帽子を深々とかぶり、ふかふかの布団に包まれながら気持ちよさそうに眠っている。

「……可愛い。」
ティアは一瞬、起こすのが申し訳ない気持ちになったが、すぐにその考えを振り払う。

「ごめんね、ソフィア。起きて。」

ティアはソフィアの頬を指でツンツンと突いた。

「ううーん……どうしたんですか、ティア様……また怖い夢でも見たのですか……?」
ソフィアは寝ぼけながらも、ティアの夜中の訪問にそれほど驚かない。時折、こうして彼女に起こされることがあるからだ。

しかし、次の瞬間、彼女の眠気は一瞬で吹き飛んだ。

「……あれ?」
ぼんやりした目でティアを見つめていたソフィアが、ハッとして身を起こす。

「ティア様、なぜ着替えているのですか?」

ティアは無邪気な笑顔で答えた。
「うん、今からトリアーナに行ってくるわ。」

「……え?」

さすがのソフィアも、これには飛び起きる。

「今から……どこへ!?」

「トリアーナよ!」

「トリアーナぁぁぁぁ!?」
ソフィアは驚きのあまり布団を蹴り飛ばし、ベッドの上で立ち上がる。

「ええと……すみませんティア様、私の聞き間違いでしょうか?なぜ敵国に向かわれるのですか?」

「オリクに会って話がしたいのよ!」

「話!?戦争中の敵国の王子と!?そんなこと……」

ティアはソフィアの困惑をよそに、さらりと言ってのけた。
「それでね、私がいなくなったことがばれないように、身代わりをしていてほしいの。」

「はぁぁぁ!?!?!?」
ソフィアは頭を抱えた。

「ちょ、ちょっと待ってくださいティア様!身代わりってどういうことですか!?どうやって私が王女の代わりを……!?」

「寝てれば大丈夫よ。」

「無理です!!!」

「お願いね♪」
ティアはソフィアの反論を聞くことなく、窓へ向かう。

「ちょっ、待っ、ティア様ぁぁぁぁぁ!!!!」

ソフィアの絶叫が響く中、ティアは迷うことなく窓を開けた。
そして、夜の冷たい風を浴びながら、迷いなくその窓から飛び降りた。

「ティア様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

叫ぶソフィアの視線の先で、ティアは両手を軽く広げ、落下しながら氷の階段を生成する。
透明な氷のステップが夜の闇に浮かび、ティアはまるで舞い降りる天使のように優雅に地上へと降り立った。

「ふふっ♪ 完璧!」

用意していた馬へと颯爽と乗り込み、ティアは躊躇なく駆け出した。

ソフィアは呆然としながら、窓の外を見つめた。

「……行っちゃった。」

彼女は深くため息をつく。
“私は解雇にならないでしょうか……?”
そんな不安が頭をよぎる。

だが、次の瞬間、ソフィアは気を引き締めた。

「……はぁぁぁ、仕方ありません。」
彼女は立ち上がり、ベッドの毛布を払いながら呟く。

「まずは、ティア様がいなくなったことを悟られないようにしなければ……。」

忠義に篤いソフィアは、深夜に突然トリアーナへ向かったティアのために、何をすべきかをすぐに考え始めた。

夜の静寂が、二人の騒動を包み込んでいた。



トリアーナ城の夜

その夜、オリクはなかなか寝付けずにいた。

薄暗い寝室の中、暖炉の炎だけが静かに揺れ、木がはぜる音が響く。

エスタリアを攻撃したのは誰なのか?
目的は?
繰り返し疑問が巡るが、答えは見つからない。

なにかが違う。どこかに歪んだものを感じる。

そしてふと、脳裏に浮かぶのは――ティアの姿。

彼女もきっと同じ疑問を抱いているはずだ。
今すぐにでも会って話をしたい。

その時――

カツン、カツン。

窓を叩く微かな音がした。

窓の外に現れた影
「……ん?」

オリクは眉をひそめながらベッドから降り、窓の方へ向かう。

冷たい夜風が微かに揺らぐ。
窓の向こうには、銀色の髪を月光に照らされた美しい女性が立っていた。

氷の絨毯の上に降り立ち、恥ずかしそうに視線を落とすティア。
その髪が夜の風に優しくなびき、淡い光を纏う姿は、まるで幻想の中の存在のようだった。

一瞬、その美しい光景を切り取って飾りたいと思うほどに――

オリクは静かに窓を開けた。

「ティア姫……貴女から来ていただけるとは、光栄です。」
彼は微笑みながら言った。
「実は、私も会いたいと思っていたところでした。」

ティアは顔を赤らめ、慌てたように首を振る。
「わ、わたしは別に貴方に会いたかったわけじゃなくて!話がしたくて来ただけです!」

オリクは肩をすくめる。
「同じようなものだと思うが?」

ティアは言い返せず、頬を膨らませながら視線を逸らした。

オリクはフフフっと笑い、暖炉の前の椅子を指さした。
「とにかく、中に入って温まったほうがいい。」

「お邪魔します。」

ティアはそっと部屋に入り、椅子に腰掛ける。
暖炉の炎が静かに揺れ、部屋の中には薪の燃える心地よい香りが広がっていた。

「あったかい……。」
ティアは思わず呟く。

オリクはその横にもう一つ椅子を引き、ゆっくりと腰を下ろした。
しばらくの間、二人は無言で炎を見つめていた。

しかし、その沈黙を破ったのはオリクだった。

「どうしても疑問が残る。」

「……」
ティアは静かに耳を傾ける。

「エスタリアを攻撃したのは、どこの国だったのか?」

「それが……正体不明のままです。」
ティアの声は静かだが、不安の色を帯びていた。
「私が帰還する前に、彼らは撤退してしまいました。」

「ふむ……。」
オリクは顎に手を当て、考え込む。

「圧倒的な火力でエスタリア城を攻撃したのに、なぜ?」
ティアの疑問が部屋の空気に溶けていく。

そして、オリクはぽつりと呟いた。

「……違和感を感じる。」

ティアは驚いたようにオリクを見た。

「私も、それを感じています。」

「今回の戦争の発端となった熊の死骸の調査の件、ティア姫、あなたも立ち会われたのか?」

「いえ、私は立ち会っていません。すべて、お母さまが行いました。」

「……そこにトリアーナの武器があったことも?」

「そうですね。私が直接見たわけではありません。お母さまの報告だけです。」

「ふむ。」
オリクは再び考え込む。

そして、次の瞬間、目を輝かせた。
「今から行こうか?その熊の巣穴に。」

「……え?」
ティアは目を瞬かせた。

「貴女がこんな時間に敵国に来ることを考えれば、そこまで驚くことでもないでしょう?」

「それもそうですね。」
ティアは微笑んだ。

その瞬間、オリクの心が射抜かれる。

「うわっ!!なんて美しさだ!!」

「えっ!?な、何ですか、突然……!!」

「初めて見た...ティア姫の笑顔! 」

「……馬鹿。」
ティアは顔を赤くし、目を逸らした。

「よし、じゃぁ行きましょう!」
彼女は照れ隠しのように勢いよく立ち上がり、窓の方へ歩いていった。

「ザイラル、いるか?」

オリクが扉の向こうに呼びかけると、すぐにザイラルが現れた。
「はっ、こちらに。」

「今からティア姫と出てくる。いつものように、私の身代わりを頼んだぞ。」

「……はぁ?」

ザイラルは、部屋にいるティアとオリクを交互に見つめる。
「ちょ、ちょっと待ってください!? どういうことですか!?」

「説明している時間はない。」
オリクはティアの手を取り、窓へ向かった。

「ちょ、オリク様!? まさか……」

「じゃ、頼んだぞ!」

「ちょっ、待っ――」

オリクとティアは窓から飛び降りた。

「オリク様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

ティアが生成した氷の階段を使い、二人は優雅に地上へと降り立つ。

「ふふっ、完璧ね♪。」
ティアは得意げに微笑み、馬に跨った。

オリクも後ろに乗り、手綱を握る。
「さて、夜の冒険といこうか。」

馬が夜の闇を駆け出していく。

ザイラルの絶望
「行ってしまった……。」

ザイラルは窓の外を呆然と眺めた。
彼の頭の中には、最悪の未来が浮かんでいる。

「……俺は解雇になるな、きっと。」

彼は深いため息をつき、鏡の前に立つ。

「……はぁぁぁ、仕方がない。」

そして、慣れた手つきでオリクの服を羽織り、髪を整え始めた。

ザイラルの苦難の日々は続くのであった。

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