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SymphonyMemory-氷の姫と炎の王-5話 深まる謎
トリアーナ城にて
「大変です!オリク様!」
護衛のザイラルが扉を勢いよく開け、慌ただしく執務室に駆け込んできた。
オリクは、大量の書類に目を通していた手を止め、落ち着いた声で尋ねた。
「どうしたんだ、ザイラル?」
「エスタリア軍が対岸を渡り、トリアーナ領地内に陣を敷きました!」
その言葉に、オリクの目がわずかに細くなる。
「おお……さすがティア姫だ。」
オリクは腕を組み、感心したように頷いた。
しかし、ザイラルは焦りを隠せない様子でさらに続けた。
「悠長なことを言っている場合ではありません!海峡が完全に凍りついて、エスタリア軍は歩いて侵攻してきたのです!今までそんなことは一度もありませんでした!」
「海峡が……凍った?」
オリクは驚きの声で言った。
トリアーナとエスタリアを分かつ海峡
トリアーナとエスタリアの間に横たわる海峡は、これまで両国の防壁の役割を果たしてきた。嵐の多いこの海域を渡るには船しか方法がなく、その航路を確保するための戦いは絶えなかった。
だが、今回は違った。氷の国エスタリアの力が、この海峡を封じたのだ。
「ティア姫が本気を出したということだ。」
オリクは、あっさりとした口調で言った。
ザイラルは困惑した表情で問い返す。「白銀の死神が...」
オリクは書類を机に置き、椅子に深く腰掛けた。そして、静かに言葉を紡ぐ。
「ティア姫は今まで、力を隠していた。だが、今回は違う。彼女は国のすべてを背負い、トリアーナを滅ぼす覚悟を決めたんだ。」
オリクの瞳には複雑な思いが宿る。彼はティアの決意を理解できてしまうのだ。
白い荒野の戦場
冷たい風が吹き荒れる白い荒野。舞い散る雪が両軍を包み込む中、エスタリア軍とトリアーナ軍が対峙していた。
エスタリア軍は白銀の甲冑と装備に身を包み、その中心に立つティアの姿が威厳を放っている。その背後には氷の紋章が掲げられ、兵士たちの士気を高めていた。
一方、トリアーナ軍は燃え上がる炎の紋章を掲げ、赤を基調とした装備で敵を威圧する。彼らの中心に立つのはオリク。彼の背筋はまっすぐに伸び、兵たちに揺るぎない信頼を与えていた。
両軍の先頭で、ティアとオリクが向き合う。
冷たい風がティアの長い髪を舞い上げ、彼女の視線がオリクに突き刺さる。
オリクはその視線を黙って受け止める。
互いに言葉を交わさぬまま、時間が止まったかのような沈黙が広がる。
だが、その静寂の裏には、戦いの火蓋が切って落とされる瞬間が迫っているのを、両者とも理解していた。
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冷たい風が二人の間を切り裂くように吹き抜けた。
その風を合図に、ティアは高く掲げた氷の剣を振り下ろし、凛とした声で号令を放つ。
「進め!」
エスタリア軍はその声に応じるように動き出した。足音は雪を踏みしめ、まるで一体となった大河のようにゆっくりと進軍を開始する。
オリクはその光景をじっと見据えた後、ゆっくりと瞼を閉じた。
ティアの姿が脳裏をよぎる。冷徹な指揮官としての彼女の姿、そしてどこか悲しみに満ちたその瞳。
「……ティア姫。」
彼はその名を誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。
次に目を開いた時、その瞳には戦いの決意が宿っていた。
オリクは炎の剣を高々と振り上げ、大気を震わせるような声で叫んだ。
「全軍、突撃!」
その瞬間、トリアーナ軍が一斉に前進を開始する。赤い炎の紋章を掲げた旗が風にたなびき、兵士たちの雄叫びが戦場を揺るがす。オリクは馬を駆り、その先頭を走った。
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迎え撃つエスタリア軍
ティアの声が戦場に響き渡る。鈴の音のように凛として透き通ったその声は、エスタリア軍全体に冷静な指示を浸透させた。
「迎撃準備!左翼、右翼展開しなさい!」
エスタリア軍は軍を三つに分け、迫りくるトリアーナ軍を包囲するように動き出す。
ティアが率いる中央部隊は、敵の突進を迎え撃つべく、剣を一斉に前へ突き出した。その剣先からは青白い霧が立ち上り、氷力を宿した剣が一斉に光を放つ。
「穿て!」
ティアの号令とともに、無数の氷の矢が空を裂いて飛び出した。
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無数の氷の矢がオリクの目の前に降り注ぐ。しかし、彼は進撃速度を落とさない。炎の剣を振るい、次々と氷の矢を叩き落としていく。その姿はまるで燃え盛る嵐のようだ。
エスタリア兵がティアを守るために立ちはだかるが、オリクの剣の前には次々と倒れていく。
「止めろ!」
「王女を守れ!」
兵士たちの叫びも虚しく、オリクは容赦なく彼らを切り伏せ、ついにティアの目前まで迫った。
ティアは、オリクの目を見ていた。
「自分と同じ目をしている...」
国を背負い、運命に抗うことすらできない弱さを抱えた瞳。その奥にあるのは、諦めと決意が入り混じった深い悲しみだった。
ティアは静かに呟く。
「……とても悲しいことです。」
その言葉に答えるように、冷たい風が戦場を吹き抜けた。
ティアが再び声を張り上げた。
「左翼、右翼、攻撃開始しなさい!」
エスタリア軍の両翼が動き、トリアーナ軍を包囲しようとする中、トリアーナ軍は正面突破を図る。分散したエスタリア軍の中央を突くことで、状況を打開しようという戦術だった。
だが、ティアはそれを予期していた。
彼女は両手を前に突き出し、静かに詠唱を始める。まるで風にそよぐ草木が奏でるような柔らかな声が戦場に響いた。
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「大いなる力よ……私に宿り、すべてを覆い尽くせ。」
空気が震え、氷の冷気がティアの手元に集中していく。
「吹雪よ、舞え!」
ティアの両手から解き放たれた凄まじい吹雪が、前進するトリアーナ軍を飲み込んだ。
突撃を試みた兵たちは吹雪に翻弄され、馬から叩き落され、身動きが取れなくなる。猛吹雪の中、誰一人として進むことができなかった。
「白銀の死神だ……。」
トリアーナの兵たちの間から恐れの声が漏れる。
だが、その吹雪の中、ただ一人進む者がいた。炎の剣を掲げ、赤く燃え盛る光が冷気を振り払うように輝く。
「ぬぬぬ……さすがはティア姫だ。」
オリクはそう呟きながら、着実に歩みを進めていた。
ティアはその姿を見つめ、微かに笑みを浮かべる。
「全く……私の力の前で立ち続けるなんて……やっぱり変態馬鹿悪魔王子ね。」
オリクは吹雪の中から現れ、その言葉に眉をひそめた。
「そのかっこ悪い二つ名で呼ぶのはやめてくれないか?」
「だって、それがあなたにぴったりなんだもの。」
ティアが両手を下ろすと、吹雪が止んだ。
二人は向かい合い、互いに剣を構える。両軍の兵たちはその様子を静かに見守っていた。
「これで2度目ですね。こうして剣を合わせるのは。」
ティアが静かに言う。
「そうだな……。」オリクも同じように応じた。
「いきます!」
ティアが一声上げ、剣が交差する。鋭い金属音が響き、10合、20合と互いの剣が交じり合う。
ティアの剣術はまるで舞踊のように優雅でありながら鋭く、オリクの剣は力強さと巧みさを兼ね備えていた。
「ティア姫、あなたとは違う時代で出会いたかった。」
オリクがそう言いながら、ティアの剣を受け止めてはじき返す。
「私も……。」
ティアはその勢いのまま、ふわりと体を回転させ、空を舞う蝶のように再び剣を振り下ろした。
しかし、その永遠に続くかのような剣戟は、不意に遮られた。
伝令がもたらす知らせだった。
「ティア様!大変です!」
エスタリア兵の一人が慌てて駆け寄る。
「エスタリア城が攻撃を受けています!凄まじい火力の兵器によって、城が壊滅状態とのことです!」
ティアは剣を下ろし、伝令の言葉に耳を疑った。
「……お母さまが……!?」
彼女は信じられないという表情でオリクを睨みつける。
「あなたの仕業なの!?私たちをここに釘付けにして、エスタリアを攻めるなんて卑怯者!」
オリクも剣を下げ、動揺した声で反論する。
「違う!俺たちの軍にはそんな火力も、海峡を渡る手段もない!」
「どういうこと?」
「どういうことだ?」
二人は同時に声を上げ、答えを求めるように互いを見つめた。
ティアは深呼吸し、静かに剣を納めると背を向けた。
「……ここは一旦退くわ。決着は次の機会に。」
「全軍、退却!」
ティアの号令により、エスタリア軍は整然と後退を始めた。
その時、オリクの耳元でザイラルが低い声で報告する。
「オリク様、エスタリア軍が撤退します。追撃をかけましょう。」
だが、オリクは首を振る。
「無理だ。あれを見ろ。」
彼が指さした先には、エスタリア軍とトリアーナ軍の間にそびえ立つ、巨大な氷の壁があった。それは、追撃を防ぐためにティアが作り出したものだった。
「本当に……さすがだな。」
オリクはため息混じりに呟き、しかしどこか嬉しそうに、ティアの後ろ姿を見つめ続けていた。
「しかし、このタイミングで、エスタリアが攻撃を受けるとは...」オリクは胸につっかえる不可解な思いを感じていた。
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