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夜とポトスとおひめさま

目が覚めた。でもまだ夜みたい。リビングルームからフォークとお皿の音、お酒を飲む細いグラスの音、大人の話し声が聞こえる。
「なに食べてるの?」

返事がない。ベッドからじゃ聞こえないのかな。
「こ。れ。」
お布団にもぐったらみきちゃんがきてくれた。ベッドの柵の間から、何か入ってくる。なんだ、銀色の包み紙。キッチンの棚に置いてあるお菓子のカゴに、いつも入っているフィンガーチョコ。みきちゃんがフィンガーチョコをヘビみたいにクネクネさせた。今日もお仕事の帰りに遊びに来たみきちゃん、ママのおねえさんだっけ。

「朝起きたら食べるのよ」
みきちゃんはまくらの隣にいる白クマちゃんの四つん這いの背中にフィンガーチョコをのせた。いつもみたいに「きれいな髪ね」ってなでてくれたけど、またリビングに戻っちゃった。みきちゃんの手から、みんなが本当に食べている物の匂いがした。今何時かな。夜8時にベッドに入ったから9時かな。

また目が覚めた。しんとしてる。真っ暗だからもう寝たのかな。甘い匂いがする。フィンガーチョコの匂い。銀色の包み紙の匂いもまじってる。でも、ちょっとなにか変。ベッドにいるけど、違う。

なに?
今、すっと、音がした。違う、音じゃない。
風?
髪の毛に何か感じた。
匂いかな?
知っている匂い。なんだっけ、しめった感じ。顔のすぐ近くでかぐ匂い。そうだ、出窓。キッチンの出窓。出窓の植木鉢のポトスにお水をあげる時の匂い。少し高いところにあるから、背伸びをして、じょうろの先を土のところにあてる。でも上手くいかない。きみどり色の葉っぱに当たったお水がいつも周りにいっぱい跳ねちゃう。

「どうして?」
え?
「どうしてここにあやがいるの?」
なに?
「どうして、ここに、あやが、いるの?」
つるん、つるん、すべっていくみたいに聞こえる声。
「作法を間違えたの?」
だれ?
「さっき気がついてたよ」
さっき?
顔に風がくる。あの匂いがする。
出窓のポトス?
「うん」

ベッドにいるけどやっぱり違う。シロクマちゃんもいない。
ここどこ?
「特別な夜だよ」
声の聞こえる場所が、さっきより遠くなった。

きれいなひも?
ポトスの声がしたほうに、すっと、細いきみどり色の光。真っ暗な中をゆるくカーブしたひもがどんどん伸びる。部屋の天井よりもきっとずっと上まで。 
あ、落ちた。

いる。
枕の左にいる。
いま、高いところにいってた?
「うん」
丸くなったきみどり色の光の奥で、少しほそ長い葉っぱの先がうなずく。
キッチンの出窓のポトス?
「そう」
いつもと違うね。
「特別な夜だから」
触ってもいい?
「だめ」
手をのばしたら、葉っぱの先がいっせいにあちこちに向いた。

あ、また。
真っ暗の中に細いきみどり色の光。少しカーブして、またのびていく。葉っぱの先から、きらっ。何か落ちてくる。ダイヤモンド?今度もすごく高そうなところまでいった。左右に分かれた。
わっ。
分かれたポトスが、一緒にこっちに落ちてくる。

丸まってる。お布団をかけたおなかの上で丸まってる。少しふくらんで、もとにもどって、またふくらむ。ダイヤモンドはどこかな?
ポトスを頭に乗せたらおひめさまになれる?
「ど、どうして?」
かんむりみたいだもん。上にいた時、ダイヤモンドも光ってたでしょ。
「違うよ、そんなんじゃないよ」
さっきよりもいきおいよく暗い中にのびていっちゃった。きみどり色の光から、やっぱりダイヤモンドが落ちてくる。もう、よく見えないところまでいっちゃった。

だけど分かるのはどうしてかな。見えないけどよく分かる。もうすぐまたここにくる。夜だからかな?夜中に聞こえてくる救急車のサイレンが、大通りから段々近づいてくるのが分かるみたいに。

「それで、あやはここにどうやって来たの?」
今度はお布団にかくれた膝の上くらいに下りてきた。ふんわり丸まってる。ダイヤモンドが見当たらない。
「ねえ、あやはここにどうやってきたの?」
どうやって?
「うん、どうやって?」
寝てた。
「違うよ」
寝てたもん。
「違うの」
違わない、今は夢?
「夢じゃないよ」
葉っぱの先がぷいっとした。小さな風がきた。ため息?

「あやは作法を間違えて、ここに来ることができたんだよ」
間違えたの?ここはポトスの夜なの?
「そうだよ。今夜はね、あやがいつもと違う作法だったから、こっちに来られたの。だからね、どうやって来られたのか思い出して」
わかんない。
「作法が分からないの?」
全部わかんない。
「作法は寝る時のことだよ」
寝る時のこと?
目を閉じる。
「違うよ、まずベッドに入ってからどうするの?」
ベッドに入ってから?
「そうだよ、いつもどうしてるの?」
目をつぶる。
「その前だってば」
その前?あ、
「分かったの?」
いつもね、目を細めて見てるの。寝る時に点ける小さな明かりを見てる。じっと見ていると、明かりが細く、何本にも広がって光の道ができるから。「それだよ」
それ?
「そう。それがあやの夜の作法だよ。じゃあ質問ね」
うん。
「あやは今夜、寝る時にどうしたの?」
今夜はね、みきちゃんが来てた。ベッドに入っても、リビングやキッチンがまだ明るくて、いつもみたいに小さな明かりは見なかった。
「ほらね」
丸まったままポトスがふくらんだ。きみどりに光るクッションみたい。
「それからどうしたの?」
そのあとはね、一度寝たけどまた目が覚めて、みきちゃんがベッドにきてくれて、白くまちゃんの背中にフィンガーチョコを置いてくれた。それからまた寝たんだ。
「やった!」
ポトスの中を風が吹き上げた。つるがのびて、ばんざいするみたいに大きくなった。

じゃあポトスが寝る時の作法はどんなの?
「え? 今夜はあやも一緒でしょ」
一緒?
もしかしてフィンガーチョコ?
「そうに決まってるでしょ。あやがいつもと作法が違ったから、だから一緒にこっちにいるんだよ」

じゃあ、お友達に寝る時の作法を聞いたら、夜も一緒に遊べる?
「遊べないよ」
先葉っぱの先がツンとした。
フィンガーチョコをあげてベットに置いてもらうもん。そうしたらここで会えるんでしょ。
「同じ作法でもむり」
どうして?
「だっていつもは寝てるでしょ」
うん。
「だからここはね、いまあやがいるのは、こっちの特別な夜なの」

やっぱりわかんない。
「わかんなくないよ、特別な夜にいけると目が覚めるんだよ。目が覚めるとすごく暗くて、すごく静かなんだ。いつもより強くなれるくらい静かになってる」
強くなれるの?だからあんなに上まで飛べるの?特別な夜って楽しいの?
「どうかな、目が覚めたら悲しい時もあるし」
悲しいの?
「うん。でも悲しくても強くなれるよ」
どうして?
「すごく静かで、暗くて、悲しいってちゃんと分かるからかな」
ちゃんと分かったら悲しくないの?
「悲しいよ」
でも暗かったら何も分からないもん。
「暗いから分かるんだよ」
ふうん。

特別な夜にはいつ行けるの?
「知らない。いつも来られるわけじゃないから」
特別な夜にはどうして行けるの?
「分からない。分からないけどあとから分かることもあるよ」
あとって?
「朝になって目が覚めたらピンとくる」
ピンと?
「やっぱりそうだったんだ、って」
なにがそうだったの?
「特別な夜にわかったことだよ」
ふうん。

ポトスがまた伸びていく。上にいくポトスを真似して、真っ暗の中でひとさし指を、下から上にすって動かしてみた。
色?
赤?きいろ?水色?
暗い奥に、色がたくさん見えた気がする。

「さっきとさかさまだね」
さかさま?
ポトスはすぐにお布団に下りてきて、おなかより、もっと顔に近いところにいる。
「ここにどうやって来たのかあやに聞いてたけど、今はあやがいろいろ聞いてる」
ほんとだ。だってまた来たいもん

「本当?」
あれ?ポトスからダイヤモンドがこぼれてる。飛んでいないのにポロンポロンどんどんこぼれる。
泣いてるの?
どうしたの?
もしかして悲しい夜なの?
どうしよう、そうだ。
ほら、こうするとやっぱりおひめさまになれた。
うれしいな、ポトスのかんむり。

お布団からふわっとからだが抜けた。
風?
飛んでる?
ポトスのかんむりがふわっと動く。一緒に上がったり下がったりする。髪の毛に風が通る。真っ暗の中、きみどり色の光になる。
「あやの髪にさわってみたかった」
ポトスと飛んでる。
「まっすぐでつやつやのあやの髪はとってもきれい」
ダイヤモンドが髪にもこぼれていくね。
「あやが大好き」
ポトスのおひめさまになれた。


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