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#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第3話 メガネ(3)

だけど、何か、思っていたのと違うのはなんだろう。もう学校に行きたくなくなって、お父さんに言った。僕が思っていることがうまく伝わる自信はなかったけど、でもお父さんは先生と話してくれたんだ。それでしばらく学校を休むことになった。その代わり、昼間は近くのおばさんの家で勉強する。そこでご飯も食べることに決まった。僕の家からは、駅へ行くときに通るアーケードを抜けて、駅のロータリーも越えて、サッカーが強い高校のグランドの横の道を過ぎたところにあるマンションの5階。

おばさんはお父さんのいとこで、大学の先生をしていたことがあるんだって。それは初めて知ったけど、小学校の先生とは少し違う。おばさんの家では、時間割はないけど、お父さんと決めたテキストとかで勉強する。あとおばさんの家はマンションの5階だから、あまり一人で乗ったことのないエレベーターを使ったり、外の景色を眺めたり、おばさんがベランダで育てている野菜や花のことを聞くのも面白いよ。ミニトマトは甘くて美味しかったけど、ラディッシュって辛いんだよ。昼ごはんやおやつはおばさんと食べる。

学校へ行かないで、毎日おばさんの家へ通うのは大分静かな毎日だけど、だけど、だからって、やっぱり、あの窓が開くわけじゃなかった。それにこの頃おかしなことが起きる。この前は大好きなスナック菓子の袋を開けたら急に食べたくなくなっちゃった。大人がよくいう胃腸の調子かな。

お母さんがいなくなってからは、月は違うけど、命日と同じ日に近い週末も、お父さんとご先祖さまの入っているお墓参りに行く。僕が知っているのはおじいちゃんとお母さんだけだ。お墓の近くにはお蕎麦の店があって、前はお母さんも一緒に行っていた。
「久しぶりに食べたな。おいしいな」
「うん」
お父さんと二人だけで行ったけど、お蕎麦屋さんはいつもと変わらずニコニコしてる。晴れていたけど、長靴のことも何も聞かれなかった。そういえばおじさんとおばさんはいつも長靴だ。

だけど、長ぐつでどこへでも行くのは、わりと大変なんだ。走りにくいし、脱げないように知らないうちに足に力が入っている。出かける時にいつも長ぐつを履くようになって分かったことだよ。そのせいかすぐ疲れちゃう。お蕎麦屋さんでもお父さんに、最近、食欲が落ちているなって心配された。そうかな?やっぱり胃腸の調子かな?

メガネとか、長靴とかさ、試していると、ぐるぐるかき回されるコップの下へいけそうに思えるけど、前にはなかったことも起きるようになった。これまで見たことなかったものが、最近、見えるんだ。気が付いていなかっただけなのかな。初めて見たのは、駅から続いているアーケードを歩いていた時。

その日の朝は、お父さんから頼まれたんだ。
「おばさんの家からの帰りに、パンを買ってきてくれる?」
「うん、いつもの食パンでいいの?」
「いいよ。他に食べたいのがあったらそれも買っておいで」

おばさんの家にいる間、食パンのほかに何パンを買おうかなって考えてた。でもさ、帰りにお店に行ったら結局、いつもどおりになったよ。食パンのほかに、ソーセージが挟まってるやつと、チーズがゴロゴロ入ったパンだけ。何にしようか考え過ぎたのかな。実物のパンを見ても、これが食べたいパンだっけ?って、あまりピンとこなかったんだ。新商品の目印がついたパンがあって、カメの形をしていたから、それを買おうと思ったけど、中身がカボチャだからやめた。あんことか、カスタードクリームとか、チョコクリームじゃなくて、カボチャあんって、変だよね。

アーケードにあるパンの店を出たら、右へ、家に帰る方向に歩き出した。銀行を通り過ぎて、文房具店、クリーニング店の前あたりで最初に目に入ったんだ。通りの反対側の先にあるスーパーマーケットのところで、ケータイを見ているお兄さん。

ケータイを見ている人なんてたくさんいるけど、なにか気になった。初めはお兄さんの顔を見た。でも顔じゃなかった。そして通りを挟んでちょうどお兄さんとすれ違うあたりで、見えちゃったんだよ。おなかの中が。お兄さんのおなかの中だよ。もちろん服は着ている。学校の制服みたいな白いシャツと黒っぽい長ズボン。だけどなんでなんだろう。おなかの内側が透けて見えて、そこには穴が空いてた。穴っていうよりトンネルが掘られているみたいな感じかな。とにかくお腹の中が見えたんだよ。そしておにいさんがケータイから顔を上げた。僕を見た。でもその大きな目は、怒っているとか、びっくりしているとか、そんな感じじゃなくてビー玉みたいだった。

第4話 メガネ(4)
https://editor.note.com/notes/n2ee6de137aa9/edit/

第5話 メガネ(5)
https://editor.note.com/notes/n59700d5a0ba3/edit/

第6話 メガネ(6)
https://editor.note.com/notes/n17052f3e19ff/edit/ 

第7話 ブラウス(1)
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第8話 ブラウス(2)
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第9話 ブラウス(3)
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