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#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第2話 メガネ(2)

春分の日。お父さんとお墓参りに行った。お墓をきれいにして、お花を飾って、お茶とおはぎをお供えした。お父さんと僕はずっとだまっていた。ケンカしていたわけじゃないよ。もしかしたらあの時のお父さんも、誰からもお母さんのことを聞かれず、心配されずに、本当のお父さんでいられたのかな。
「そろそろ帰ろうか」
「うん」
お父さんが先に歩き出して、僕も続いた。15mくらい進んで、左に曲がる時に、何となく振り返った。お母さんが立っていた。いつも僕を見送る時の笑顔だったから、僕も笑った。そして前を向いて、あわててまたふり返った。「どうかしたか?」
立ち止まっていた僕にお父さんが聞いた。僕が笑ったら、お父さんも笑った。その時、僕は僕の足の裏でしっかり地面を感じたんだ。僕の本当の重さを感じた。風は、ぼくの呼吸と合っていて、さわさわするケヤキの街路樹は、ぼくたちの歩く速さとズレていない。僕のパズルはぴったり合っていた。やっぱり窓があるんだよ。

僕はいつも、本当の僕でいるための窓を探すようになった。どうすればいいのかな。元気なふりも、気持ちが沈んだふりも、誰にもうそをつかなくていいための窓。

分かっているのは、いつもふいにその窓が開くこと。もちろん目の前に本物の窓があるわけじゃないよ。ふいに本当のぼくが、ぼくに会いにくる感じ。僕の気持ちが僕から離れていかない。そこにいきたいんだよ。そのための窓だよ。

バスに乗るのも悪くないよ、わりといい方法なんだ。バスに乗る。席に座って外を眺める。バスが走り出す。するとさ、なかなか窓が見つからないいつもの世界なんだけど、少しほっとするんだ。いつもの世界はさ、ぐるぐるかき回されるガラスのコップの中みたいに感じるんだよ。バスに乗っていると、かき回されずにゆっくり沈んでいける感じがする。するとコップの下に、本当の僕がいるかもしれないんだ。

窓が開いた時ってね、なんだか身体の力が抜けた、とても頼りない感じの僕なんだけど、全部僕なんだ。自分の身体の表面が柔らかくなって、僕が溢れだしそうになるくらい。生まれたてのいとこを抱っこさせてもらったことがあるんだけど、そんな感じかな。赤ちゃんて、抱っこすると不思議でしょ。柔らかくて、体重だって少ないのに、とても強い感じがする。でも柔らかい身体からは、なにかがあふれ出してしまいそうなんだ。だからそうっと、だけどしっかり、抱っこしなくちゃいけない。あんなふうに強くなれる。そこにいなくちゃいけない僕から、本当の僕になれるんだ。

ある時思いついたよ。いちいちバスに乗らなくても、いつでも本当の僕になれそうな方法だよ。それはね、メガネ。この前お父さんがメガネを作り直す時に、僕も一緒にメガネ店へ行った。お父さんは、箱みたいな機械の前に座って、店員さんがその向こう側に座って、おかしな具合に向かい合うんだ。そして一緒に箱を覗くと、お父さんの視力が測れるだって。学校とは違ってビックリしたよ。学校だと片目を隠して、離れたところにある「○」の欠けた部分を「上」とか「右」とか言うのにね。

メガネ店で僕は何もすることがなくて、お店の中をうろうろしてた。それでね、気がついたんだ。お店中にたくさん並べられたメガネが、それぞれ色んなものを映していたんだよ。隣にあるメガネや、棚に飾られた置物、お店の外の青空、通りの看板とかもう色々。「メガネのレズに小さく映っているものは一体なーんだ?」ってクイズみたいで楽しかった。そこでひらめいたんだ。僕がメガネをかけたらどうかなって。そうしたら、僕に何かを言おうとする人も、メガネをかけた僕には、少し言いづらくなるんじゃないかな。だから僕に、本当はそうじゃない僕について言う誰かの言葉に、僕が混乱しないですむかもしれないって。

「僕もメガネが欲しい」
お父さんが、出来上がったメガネを受け取に行く日の朝、言ってみた。お父さんは少し驚いたみたいだけど、笑った。
「伊達メガネだな」
「それじゃなくて普通のメガネがいい」
「もちろんいいよ。どんなフレームがいいんだ?」
メガネのフレームを選ぶなんて初めてだった。お店に行くと、数えきれないくらいのメガネが売られているけど、子供用メガネは小さな棚ひとつ分だけだったからホッとしたよ。僕が選んだのは黒いフレーム。見る角度によって青い線が出るのが気に入ったんだ。

でもさ、お店の人が「レンズは割れにくいプラスチックにしますか?」ってお父さんに聞いた時は、ちょっと慌てちゃった。
「ガラスがいい。ガラスのレンズにして下さい」
バスの窓だってガラスでしょ。プラスチックじゃ何となくダメな気がしたんだ。店員さんはお父さんよりだいぶ年上のおじさんだったけど、「おしゃれにちゃんとこだわりがあるね」って言われたよ。お父さんには「将来が楽しみですね」だって。いつか僕が、おしゃれな男の人になるかもしれないってこと?そんなことを思われても別に困らないけど、でも違うよ。

メガネをかけたことは、案外、成功だった。
「視力が落ちたの?」
「うん、少し」
「いつからメガネになったの?」
べつにメガネになったわけじゃないよ。
「なんか感じが変わったね」
メガネをかけて、少し下を向いていると、誰も僕をのぞいてこないみたい。この思いつきは上手くいったんだと思う。学校で誰かに話しかけられることが減ったんだ。初めてかけるメガネはくすぐったかったけど、でも慣れたよ。

次は、こうするんだ。雨の日じゃなくてもいつも長ぐつを履く。
「お天気が良いのになんで長ぐつを履いてるの?」
「どうして今日も長ぐつなの?」
「悲しいことがあったから長ぐつを履くの?」
「おかしいよ」
色々、聞かれたよ。それから言われた。でもそれは予想していたこと。そのうちに僕の思う通りになったんだ。これなら、ぐるぐる回るコップの下にいけるかもしれないよ。僕が混乱して、ほんとの僕と違うことを言わなくちゃいけないことはなくなった。そもそも僕に話しかける人がいなくなったんだ。やっと、無理に笑ったり、困ったりしなくてよくなった。

第3話 メガネ(3)
https://editor.note.com/notes/n6ef497657e56/edit/

第4話 メガネ(4)
https://editor.note.com/notes/n2ee6de137aa9/edit/

第5話 メガネ(5)
https://editor.note.com/notes/n59700d5a0ba3/edit/

第6話 メガネ(6)
https://editor.note.com/notes/n17052f3e19ff/edit/ 

第7話 ブラウス(1)
https://editor.note.com/notes/nae1bb3a092e0/edit/

第8話 ブラウス(2)
https://editor.note.com/notes/n2c24bf08d4e4/edit/

第9話 ブラウス(3)
https://editor.note.com/notes/n1e42539a09c4/edit/


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