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#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門「窓をめぐる物語」第6話 メガネ(6)

おじさんの入院は一週間で終わった。通院してリハビリをして、仕事もできるようになったんだって。そういえばあの日、病院で友達にも会ったんだ。僕とお父さんが病院の入り口で、誰のお見舞いに来たのかとか、用紙に色々書いていた時だった。背中をトントンってされて、振り返ったら友達がいた。その子もお父さんと一緒におじいさんのお見舞いに来ていたんだって。ビックリしたけどうれしかった。その時「今度遊びにいくね」って言ってくれたんだ。

そして本当に、次の土曜日に遊びに来た。僕の部屋で、初めはミニカーとか、僕が作ったお城の模型を見せたり、お父さんが用意してくれたおやつを食べたりしたかな。それから図鑑を一緒に見たよ。恐竜シリーズとか、植物のシリーズ。図鑑って一人で見ていても面白いけど、二人で見るとまたぜんぜん違うんだ。今までは気にならなかった恐竜を好きになったり、おかしな植物の名前を声に出して読んだら面白くて笑っちゃったり、一人で図鑑を読む時とは違うことが書いてあるのかと思ったくらい。

それからもう何度も一緒に遊んでる。近くの公園にも行くようになったよ。小さい公園だけど見晴らしがよくて、鉄棒と小さな滑り台と小山があるとこ。

その日は公園でね、何かに似ている石を探して遊んでいたんだ。すごく小さい石なんだけどよく見るとキリンの形をしていたり、先の尖った手の平くらいの石をじっと見ていたら、表面のでこぼこにピラミッドとかエジプトの昔の人が浮き出てきたりするんだよ。すごく面白くて、走り回ったわけじゃないのに汗かいちゃった。

友達は歯医者さんに行くからって先に帰ったけど、お父さんにも石を見せてあげようと思ってさ、どの石がいいか選んでいたんだ。ピラミッドの石はお父さんも絶対見たいはずだから、それと、お父さんが好きなしょっぱい焼き鮭みたいなのも見つけた。皮が焼けた感じも分かる石なんだよ。僕もそろそろ帰らなくちゃと思って、ポケットに石を詰め込んだ。でも立ち上がる時にちょっとよろめいちゃって、そのせいで気が付いたんだよ、とても小さなおばあさんに。僕のすぐ近くにいたんだ。

どんっ、て音がした。石を落としたんじゃないよ。驚きすぎた僕の心臓の音。だっておばあさんのおなかが見えたんだ。ものすごく、ものすごく大きな穴。水けむりがびっちりある。細くて小さいおばあさんが立っているのが不思議になるくらい、大きな穴なんだ。おばあさんの目は僕をじっと見てる。おばあさんの穴が大きすぎて、おばあさんの目も穴とつながってるみたい。

その時、僕は分かっていたんだ。

あのおばあさんの大きな穴のこと。そして僕のこと。それはね、悲しみ。悲しいの。悲しいんだよ。僕は急に思い出した。ぎゅうぎゅう押されていたこと。ぎゅうぎゅう、ぎゅうぎゅう。小指まで1ミリも動かないくらいに悲しみにぎゅうぎゅう押されてた。いっぱい押されて、僕から、僕がいなくなっちゃったのかな。

空っぽの僕は、ぐるぐるかき回されるップの中にいる。

おばあさんが僕に近づく。おばあさんのおなかが目の前。僕はずっと動けない。おばあさんの目は、色が薄い。おばあさんの目の中で何か動いた。水けむりが透けているのかな。

笑っているの?
おばあさんの口が動いた。やっぱり笑ってる。
そんなおなかで笑えるの?

「あれは、例えるならミックスジュースだ。グルグルかき回されるんだからね。私は結構好きだよ。あんたは?」
ミックスジュースは好きだけど、なんのこと?
「グルグルかき回されればフレッシュだ。ちょっぴり酸っぱくて、甘くて、不思議といい味になる」
それって、僕がグルグルかき回されてるコップの中のこと?
おばあさんはうなずいた。そして笑った。笑えるんだね、そんなおなかで。また笑った。僕も笑った。


公園でおばあさんに会ってからさ、少しいいみたいなんだ。僕のおなか。右にふらついたり、左によろめいたりするのがあんまり気にならない。自転車に乗っても大丈夫なんだ。

それで友達とさ、今度サイクリングをするんだよ。僕と一緒に行きたいところがあるんだって。

第7話 ブラウス(1)
https://editor.note.com/notes/nae1bb3a092e0/edit/

第8話 ブラウス(2)
https://editor.note.com/notes/n2c24bf08d4e4/edit/

第9話 ブラウス(3)
https://editor.note.com/notes/n1e42539a09c4/edit/

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