久留米青春ラプソディ vol.10
<<vol.9の続き>>
タンクトップ君の右の拳が僕の顔面をとらえる。恐らく右眼あたりだろう。
その強い衝撃とともに、背後のレンガの壁で後頭部を強打。
多分一瞬なのだが、TVの砂嵐のように視界が壊れる。
でも、不思議なことに痛みは感じない。頭は驚くほど冷静だ。
倒れてはいけない、絶対に。
僕はそれだけを考えていた。
相手がこういう集団の時、倒れてしまったら「顔面キック」という恐ろしいパターンがあるからだ。
あれを喰らったら最後、歯は折れるし、意識はぶっとぶ。
意識が飛んだら、最後。その後はご想像にお任せするが、命の保証はない。
必死にタンクトップ君を掴み、立ち上がる。
すると今度は脇腹に衝撃が走る。
白ジャージ君の飛び切りのミドルキックを喰らう。
前から、横から大忙しだ。
スローモーションな視界の中で、僕はT君とD君を探した。
視界の奥にT君が蹴られているのが見えた。
そして、視界ではとらえきれないが、D君の声が聞こえる。
「すいません!すいません!助けてください!」
叫ぶような声。
泣いているのかもしれない。
ドラマや映画で耳にするような、命乞いをするような必死な声。
やばい。
これは思ったよりやばい。
しかも、最初は5人だった相手の人数が増えているではないか。いつの間にか10人くらいにはなっていたように思う。
そりゃそうだ。
ここは彼らのホームなんだもの。
ひとつトラブルがあれば、仲間だって、野次馬だって、なんぼでも集まってくる。
あらゆる角度から殴られ、蹴られ。
倒れたところをまた蹴られ。
どれくらい時間が経ったのだろう。口の中はもう血でいっぱいで、耳の中ではキーンという異音が鳴り響く。そろそろ意識がボーっとしてきた。
そんな時、「誰か警察を呼んで下さい!」と何度も叫ぶ女性の声が聞こえた。
すると、ピタリと攻撃の手が止まり、「くそ、行くぞ。」という声と共に、彼らは散り散りに立ち去って行く。
僕は壁に寄りかかり、途切れかけた意識を必死で繋いだ。
彼らの後ろ姿を見ながら、「赤タンクトップ…白ジャージ…ハゲチビ…襟足金髪…」とそれぞれの特徴を目に焼き付けた。
また近々会う日まで、忘れないために。
そして、どうにも座っていられなくなり、地面に横たわり、空を見上げた。夏の日のアスファルトはまだ昼の熱を帯びて、生温かった。
うっすらと光る星が見えた。
こんな日でも星はきれいだった。
自分の身体を少しずつ動かし、状態を確認する。手は動く。足は太ももの外側に違和感はあるがたいしたことはない。
恐る恐る顔を触ると、右眼あたりが腫れ上がっているのがわかる。ゆっくり押してみると痛みはあるものの、どうやら折れたりはしていないようだ。
「あぁ、あの最初のやつや。」
赤タンクトップ君からちょうだいした最初の1発。しっかり覚えている。きちんとお返しするので、楽しみにお待ち下さい、なんて考えてたら少し笑えた。
舌を口の中で動かしてみる。下唇の内側がパックリだ。ただ、経験上この辺りの血は意外と早く止まる。
一通りセルフフィジカルチェックを終えると、急に我に帰った。
T君とD君!!!
いきなり身体を起こしたので、脇腹に激痛が走る。あたりを見渡すと誰もいない。
あるのは画面がバッキバキに割れた僕の携帯だけだ。
花壇を支えに立ち上がったその時、細い路地からT君が駆け寄ってきた。
「大丈夫?!」
T君は僕の腕を取り、支えてくれた。
「うん、俺は大丈夫。」僕は精一杯カッコつけて答えた。
T君は見た感じ、目立った傷もなく大丈夫そうだった。僕はホッとした。
T君に支えられながら、ベンチまで歩き、2人で座った。ポケットからクシャクシャの煙草を取り出し、火をつけた時、僕らは重要な事に気付いた。
「あら、D君は…?」
辺りを見渡してもD君の姿が見えない。僕のようにやられたとしたらその辺に倒れているはず。
しかし、D君の姿はない。
「ちょっと俺この辺見てくるわ。」
T君が探しにいってくれた。
その間に僕は自販機で水を買い、とりあえず口の中の血を洗い流した。
5分ほど経っただろうか。T君がこちらに走ってくる姿が見えた。
息を弾ませながら、T君は言った。
「だめや、どこにもおらん。」
僕はボッコボコに攻撃を受けながら、聞いたD君の叫び声を思い出した。
恐怖に怯え、泣き叫ぶ声。
その時、僕の脳裏に最悪のシナリオがよぎった。
まさか、拉致られた…?
殺気立ったヤンキーの集団。そいつらの車に無理やり引きずり込まれるD君の姿を想像した。
拉致られ、監禁され、おもちゃのように殴られ、蹴られ。いつかどこがで目にしたニュースのように、殺されるなんてことになったら。
やばい。
僕の背中は凍りついた。
そんなはずはない。そんなこと信じない。
僕は自分に言い聞かせた。
臆病な彼のことだ。
どこかに隠れているに違いない。
恐怖で動けなくなっているだけだ。
よし、探そう。絶対に見つけてやる。
すると、僕は絡まれる直前に彼らに言ったことを思い出した。
「はぐれたら駐車場に集合ね。」
これだ!これしかない。
どうにか逃げた後、この言葉を思い出し、駐車場で待っているはずだ。
T君に伝えると、「そうやん!間違いない!」とようやく彼の顔にも笑顔が戻った。
まだ本当に駐車場にいるかもわからないにも関わらず、僕らはホッとした。
そして、駐車場に向かった。
しかし、駐車場が見えてくるにつれ、2人の口数は少なくなった。
多分、2人とも同じことを願っていたに違いない。
頼む、いてくれ。
何度も胸の中で祈った。
車に近づくと、僕らの期待は絶望に変わった。
そこにD君の姿はなかった。
2人で駐車場の周りを必死で探した。
隠れてるかもしれないと思い、大きな声で名前を叫びながら、歩き回った。
しかし、彼はどこにもいなかった。
逃げたとしたら、ここに以外に来る場所はない。
警察に駆け込んだとしたら、さっきの場所に警察と一緒に現れるに違いない。
残る可能性は、どこか知らない場所に逃げたか、最悪のシナリオか。そのどちらかしかない。
時間がない。
早く見つけないとD君が危ない。
そう思った僕はある事を決断した。
助けるためには、それしかないと思った。
「ごめん、T君。携帯貸して。」と言い、僕はある番号に電話をかけた。
静かにコール音がなる。電話の主はまだ出ない。
頼む、出てくれ!
5度目のコールが鳴った時、「はい…」と明らかにテンションが低い声が聞こえた。
電話の主に、僕は「やばいことになった。」と切り出し、事の粗筋を一通り伝えた。
電話の主は驚くでもなく、心配するでもなく、なんともやる気のない声でこう答えた。
「了解。寝起きやけん、ちょい時間かかるかもやけど、1時間くらいで行きまーす。」と。
そう、この危機的状況で電話した相手。
その相手こそ、僕の小・中学生時代からの親友であり、当時の久留米を代表する悪童、Yだった。
いよいよ、久留米の悪童たちを交えたD君救出作戦が始まろうとしていた。
<<続く>>