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久留米青春ラプソディ vol.14

あっという間に3月も終わろうとしている。
世の中は卒業シーズンでそんな話題をメディアなどで目にする機会が増えてくる。

僕はこのシーズンになると必ず思い出す出来事がある。

今日はそんな僕の思い出話を少々させてもらおうと思う。

あれは、僕が中学3年生のころ。
卒業式前日の出来事。

あの頃の僕らはというと、常識の範囲でわき道に逸れ、常識の範囲で反抗期を謳歌した。

いつものように悪友たちと渡り廊下を渡っている時、背後から僕の名を呼ぶ声がした。

「中村せんぱ〜い!」

振り返ると一つ下のバレー部女子3人が僕の元に駆け寄ってきた。

「先輩、今日の放課後、美術室の裏に来てください。」

え?美術室の裏?

「美術室の裏」とは僕の中学でいうと人目につかないシークレットスポット。

その場所で行われることと言ったら、ヤンキーがタバコを吸うか、告白しかない。そんな場所だった。

その2択のうち、女子からのお呼び出しと言ったら、消去法でいくと「告白」しか残されていなかった。

それを察した僕は、急にツンとした雰囲気を醸し出し、「おう、わかった。」と素っ気ない返事をするのが精一杯だった。

僕が女子から呼ばれたことで悪友たちも自動的に「告白」と思い込んだのだろう。

「バレー部女子の一つ下ってことは、Iちゃんじゃない?!」とか「N美ちゃんじゃない?!」とかかわいい子たちからの告白を想像してうらやましがった。

そうこう言われるうちに、僕もまんざらじゃない気分になってふつふつと嬉しくなってきた。

まさに浮き足立った僕は、授業中も休み時間もすこぶるご機嫌で、いつもは文句ばっかり言っていた先生にも「先生、3年間ありがとな。感謝しとるぜ。」とか言ってみたり、漫画ばっかり書いているおとなしいやつにも「お前の夢、叶うといいな!」とか言ってみたり、とにかくご機嫌だった。

先生の怪訝そうな顔は今もしっかり覚えている。

終いには、当時付き合っていた彼女さんにも「俺、今日告られるっぽいけど、彼氏はモテる方が誇らしいやろ?」みたいな自慢したり、手のつけられない浮かれようだった。

6時間目のチャイムと共に僕はトイレに駆け込み、歯磨きをしてみたり、髪のセットをしてみたり、来たる「告白」に備えて万全の体制を整えた。

そして、悪友たちのエスコートと共に美術室裏にほど近い、部室近くにスタンバイをした。悪友たちの「なんでお前が?!」とか「まじでムカつく〜!」なんて妬み、嫉みの愛情を受けながら、いざ1人で美術室裏に向かった。

たった30mくらいの道のりがとてもとても長く感じられ、足元は緊張でフワフワしていた。

この角を曲がったら、IちゃんなのかN美ちゃんなのか、いずれにせよドキドキしながら僕の登場を待っている女子がいる。

浮かれていることがバレないように、カッコつけているのが悟られないよう、心を落ち着かせながら、一歩ずつ歩みを進めた。

いよいよ、建物の角に差し掛かり、ゆっくりと景色が変わっていくその中で、僕の目の前には思いも寄らぬ光景が広がっていた。

てっきり恥ずかしそうな女子がポツンとたたずんでいると思い込んでいた僕の視界にいたのは、1人の後輩ヤンキーだった。

ん???

僕にはその状況が理解できなかった。「なんでこいつがここにいるんだ?」って頭の中が「?」マークでいっぱいになった。

「今日じゃなかったのか?」

「時間を間違えたのか?」

「場所を間違えたのか?」

いろんな「?」が頭を埋め尽くす。

そんなテンパる僕に少しずつ近ずく黒い影。

僕に対峙したその男は、一つ下のヤンキー代表格と呼び声の高い「Tノリ」。

Tノリは僕に近づいてくるなりこう言った。

「お前ムカつくったい!このまま卒業できると思うなよ!」

あれ・・・。
そういうこと?

いわゆる、これって卒業前のお礼参りってやつ?

ようやく状況を理解しだした僕は、冷静になっていくと共に凄まじい恥ずかしさでいっぱいになった。

浮かれすぎてルンルンだった僕。
先生や彼女にさえ自慢してしまった僕。
悪友たちを上から目線でバカにしてしまった僕。

本来なら、頭を抱えるくらい恥ずかしいのだが、目の前に僕に喧嘩を売っている後輩がいる以上、そんな姿は見せられない。

僕は彼をまっすぐ見据えて、動揺がバレないよう、できる限り落ち着いた低い声でこう言った。

「タイマン?おう、上等たい。」

流れる沈黙。
冷たい風が頬を抜ける。

しかし、所詮中学生。
なかなかきっかけがないと始まらない。

一応、先輩として僕は言った。

「殴るか、蹴るか、どっちか1発入れてこいや。」

すると「おう。」という声と共に右太ももに全力の蹴りを喰らった。

その鈍い音をゴングに中学生活最後の思い出作りが始まった。

どのくらいの時間が経っただろう。
一瞬だったかもしれない。
いや、長かったのかもしれない。

僕が我に返った時には馬乗りになり、Tのりが血を流す顔を眺めていた。

「まだやるか?」

僕の問いにTのりは

「すいませんでした…」と小さな声で呟いた。

僕の自慢のギンガムチェックのシャツはボロボロになり、ポケットは引きちぎれた。

僕はなんとなくかわいそうになって、そのシャツを脱ぎ、「これで血ふけや。」と言って彼に手渡した。

僕は所々感じる痛みを堪えながら、悪友たちのもとに向かった。

彼らは僕の姿を視界にとらえるや否や立ち上がり、

「どっち?! Iちゃん?! N美ちゃん?!」と駆け寄った。

そう思うよね。
僕も数分までそう思ってた。

僕は一生バカにされることを覚悟して、彼らに事実を伝えた。

「いや、どっちでもない。Tノリやった。」

キョトンとする悪友たち。

「は?Tノリ?」

「どういうこと?」

「意味わからん。」

「っていうか、なんでそんなボロボロなん?」

理解に苦しむ彼らに僕は状況を説明した。

すると状況を理解した彼らは一斉に大爆笑。みんな腹を抱え、地面に転げながら笑った。

「ダセ〜!めちゃくちゃダセ〜!」
「こいつさっきめっちゃ髪のセットしよったのに〜!」
「歯磨きとかしよったぜ〜!」

もういい。
好きなだけ、笑ってくれ。
笑うがいいさ。

一通り笑い倒した後で悪友Jは、冷静な声でこう言った。

「んで、どげんやった?」

みんなの中に走る一瞬の緊張感。

そこで、僕はめいっぱいかっこつけて、リング上のボクサーのごとく右手を掲げた。

「うおー!」と喜びの雄叫びとともに悪友たちから抱きしめられたり、頭をぐちゃぐちゃにされながら、勝利の喜びを共有した。

そして、次の日。
中学生活最後の日。 

口の中はまだ血の味がするし、左目は少しズキズキうずく。

形式的な校長先生のおもしろくない話を聞きながら、ふと天井を眺めた。

この古びた体育館でさえ、沢山の思い出が詰まっていた。

体育教師にぶん殴られたし、バスケ中にヤンキーと喧嘩になり、顎がパックリ割れて7針縫う大怪我もした。

「仰げば尊し」の前奏が流れた瞬間、溢れるように涙が止まらなくなった。

いつも音楽の時間にはふてくされて歌わない僕らもその日だけは、みんなめいっぱい大きな声で歌った。

沢山の思い出が走馬灯のように蘇る。

ヤンキーに憧れ、いきがってた1年生。
ある日突然クラス全員に無視され、誰とも話さず過ごした3ヶ月。

そんな時、笑いながら「俺らと遊ぼうぜ!」

そう声をかけてくれたJやMのりに僕はどれだけ救われただろう。

落ち葉で焼き芋をして、ヤンキーの先輩たちにしこたま怒られたり、隣のヤンキー中学と揉めて大惨事になったり、テニス部女子の部室を必死でのぞき見したり。

とことんくだらなくて、とことん愛おしい思い出たち。

歌い終わる頃には、涙や鼻水でぐしゃになった。

少し大人になれる喜びと、仲間たちと離れ離れになるさみしさ。

相反する複雑な感情を抱えたまま、僕らの卒業式は幕を閉じた。

いきがって、強がって。
喧嘩して、恋して、泣いて。
駆け抜けた3年間。

今もなお、色あせない沢山の思い出と揺るがない仲間たちとの絆を築くことができた、あの頃を人は「青春」と呼ぶのだろう。

あれから25年。
いつかまた、やつらとつるんでハーレーでも乗り回す、そんな日を夢見て、僕は走り続けよう。

では、また。

(エピローグ)

ちなみに僕と僕の後輩Tのり名誉のために。

卒業式後の恒例行事。
「先輩、ボタン下さい」の儀式。一応、僕の学ランの全てのボタンはどうにか完売した。

そして、そんな光景を少し離れた場所からふてくされた顔で見ていたTのり。

少し女子もまばらになったタイミングで、ボンタンのポケットに手を突っ込んだまま近づいてくる。

俺の正面までたどり着くと、彼はおもむろにポケットから手を出し、おもむろに頭を下げ、こう言った。

「中村先輩。卒業おめでとうございます。」

僕はなんだかとても嬉しくなった。

「おう、ありがとな。」とだけ答え、軽く頭をはたいた。

Tのりは「痛ぇ〜。」と言って笑った。

その顔を見て、僕も一緒に笑った。

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