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【時事】実質賃金 情報整理
岸田政権で実質賃金が連続下落というニュースをご覧になられた事がある方は多いと思います。ようやくプラス転換したものの未だにこれを言う人は後を絶ちません。
「実質」+「賃金」+「下落」で想起されるのは「手取り減ってるんか…」だと思います。が、一方岸田政権は毎年のように賃上げの要請を各経済団体に行っています。それなのに、何故実質賃金が減るんでしょうか?そもそも「実質賃金」って何なの?という点も踏まえてまとめます。
※なお、ディマンドプル・インフレとコスト・プッシュ・インフレの話はめっちゃ長くなりそうなので今回はパス
なお、バナーは賃金ではなくペンギンです。なんとなくです。
これ、私の解像度が低かったので、のんきさんに推敲やご指摘を協力して頂きました。この人の解像度、めっちゃ高くて凄い。マジ凄い。
01. 実質賃金とは
まずは名目賃金、実質賃金、この区別からいきましょうかね。たまに「名目賃金は源泉徴収前の金額、実質賃金は手取り」みたいな誤解をしている方もいらっしゃるので困りもの。
01-01. 名目賃金とは?
名目賃金とは、労働の対価として支払われる賃金そのものを示します。
物価は全く考慮に入れていないので、名目賃金のみで経済を語るのは、何かと実態と乖離が出るかな。例えばハイパーインフレで1年間で物価が倍になったとします。でも、賃金は1.5倍だったら「名目賃金5割アップ!」って喜べはしないですよね。
ここでご注意いただきたいのは「名目賃金は期首に決まる点」です。何に使うかは考慮されない。
01-02. 実質賃金とは?
では、次に「実質賃金」ってなんぞや?という話に移ります。名目賃金が金額提示なのに対して、こちらは「給与でどのくらいの物品やサービスを購入できるのか?」の指標。つまり「数量」の概念が加味されます。
上記の「名目賃金の欠点を補完するために、物価上昇率を加味したもの」と考えてください。物価が倍になっても、賃金が倍になったらトントンでいける。一見「給与が倍になった!」ではありますが、生活は苦しくもならなけりゃ楽にもならない」という訳です。
名目賃金と違うのは、こちらは消費活動を終えた後の「期末」算定になる点です。期末のタイミングで、手元に残っている給与所得(期首に受け取った名目賃金との差額)でどれくらい消費を起こす余力が残っているのか。これが、「実質賃金」の重要ポイントとなります。
01-03. 消費者物価指数とは?
消費者が購入するモノやサービスなどの平均的な物価の動きを把握するための統計指標ことを指します。「CPI(Consumer Price Index)」と略されることもあります。
統計局のサイトに「各品目の価格は、主に毎月の小売物価統計調査によって調査したものを用います」 と記されています。 消費者物価指数そは、毎月の品目ごとの小売価格が出た後でないと決まらない。
期首に名目賃金が算定されて、そこに各月ごとの消費者物価指数が加味されて、期末に実質賃金が決まる、という流れになります。
01-04. 名目賃金計算式
名目賃金=現金給与額の支払総額(推計)÷常用労働者の総数(推計値)
労働者全員の給与を、労働者の総数で割ると算出されるって事ですね。
後述しますが、ここで「就業していない人」は含まれません。
01-05. 実質賃金計算式
実質賃金=名目賃金÷消費者物価指数×100
上記算出の名目賃金に消費者物価指数を乗じた値が実質賃金となります。
01-06. 名目は「金額」で、実質は「数量」
例えばこういう式があります。
購入単価×購入数量=購入総額
購入単価を加重平均してマクロ化したものが「物価」
購入数量を加重平均してマクロ化したものが「実質」
購入総額を加重平均してマクロ化したものが「名目」
この定義はGDP統計ても賃金統計でも変わりません。
これは名目GDPと実質GDPの解説なのですが、わかりやすい説明が大和ネクスト銀行のサイトにありました。
名目GDPは物価変動の影響を受けることから、物価変動の影響を取り除いた状況を確認したい場合には実質GDPを用いることになる。例えば、経済成長率を見たい時には、消費がどのぐらい増えているのかなどを確認することになるため、実質GDPで評価することになる。つまり、名目は金額ベースでの評価、実質は数量ベースによる評価となる。
ここが理解できるまでにめちゃめちゃ時間かかりましたよ…。
02. 実質賃金はどういう要素で上下するの?
次の03の項目で実例と共に確認しますが、何がどうなったら実質賃金はあがるのか、はたまた下がるのか?を確認していきましょう。
02-01. 物価に左右される
実質賃金の上下に最も大きい要素はここかな。例えば賃金が去年も今年も同額とします。物価が上がれば「買えるものの総数は減ってしまう」です。
まずは過去の消費者物価指数の推移を見てみましょう。2001年以降のデータ。基準年を2020年として算出されていますね。
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過去20年ほど数値が微増ペースだったのに、令和4~5年は総合の数値が伸びているのがご理解いただけると思います。では、今後はどうなっていくでしょうか?日銀のサイトから物価動向を見てみましょう。(未来の分は勿論見通しとなります)
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岸田政権って、この消費者物価指数が上昇しまくっている時期に政権運営をしていた訳なので、かなり「実質賃金を上げるハードルが高い」期間なのですよね。国内の政治云々ではどうしようもない、抗えない世界的な原油高が邪魔してくる。
実質賃金の上昇を目指すにあたって、最も苦戦を強いられる要因となったのは物価高でしょう。日本では原油などのエネルギー資源を多く輸入しており、商品価格が上昇すると輸出物価よりも輸入物価が上昇。交易条件(輸出デフレータ/輸入デフレータ)が悪化しやすくなっていることから、これが実質賃金上昇を抑制しています。
02-02. 失業率に左右される
ニューカマー効果という言葉があります。ご存知の方も多いと思うのですが、念のためおさらいしておきましょう。
【ニューカマー効果】
失業率が改善されれば、それまで働いていなかった方々が職を手にします。新規就業者はいわば新人、ぺーぺーです。当然、既に働いていた労働者の平均賃金よりも少ない給与で雇われる。よって、新規就労者が急に増えれば、給与の平均値に下方バイアスがかかる。
例えばこんな4人がいるとします。
労働者A :月収40万円
労働者B :月収40万円
労働者C :月収40万円
失業中D :無職なので収入0円労働者A,B,Cの平均収入は40万円です。
その4人がそれぞれ昇給や就職で収入があがったとします。
労働者A :月収42万円(2万円UP)
労働者B :月収42万円(2万円UP)
労働者C :月収42万円(2万円UP)
新規就労D:アルバイトで月収6万円(6万円UP)
労働者A,B,C,Dの平均収入は30万円です。
全員が収入増なのに、平均値はダウンしてしまいます。これが「失業率が改善されると名目賃金が減少する、次いで実質賃金も減少する」になります。
これは逆に言うと「派遣などの非正規を解雇すれば、平均賃金はあがる」を意味します。具体例は後述。
02-03. 労働人口構成に左右される
私が子供の頃は、サラリーマンと言えば正社員でした。ある時期から「非正規労働者」が増えまして、労働人口構成は次第に変わっていきます。就職氷河期で「正社員の職に就けなかった」という方は平成初期から徐々に増えていますが、それだけだと近年の増加の説明が付きません。
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非正規労働者の中でも、その内部の内訳に変化があるでしょう。この要因の一つが「高齢者の再雇用」と推察。現在、65歳以上の高齢者がどのくらい働いているのかを探してみました。2023年時点で543万人。
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65歳定年までは「正社員の給与」で、それ以降は「嘱託社員の給与」だと当然賃金額は低減されます。労働者総数は減らないのに、労働賃金は減るメカニズム。昔は定年で引退(非正規労働者にならなくても生活できていたから、平均給与の押し下げ要因にならなかった)して退職金と年金で生活をしている方が多かったのですが(生産年齢人口が多かったので「多くの若者で少数の高齢者を支える構造)、現在はそうもいきませんよね。下方バイアス要因の一つはここではないでしょうか。
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名目賃金の上昇以上に物価が上昇したことに加えて、労働時間が短く賃金が低い女性や高齢者の労働参加が進んだこと等が実質賃金低下の原因となっているとは言えるでしょう。
03. 統計数値にて確認
言葉の定義と、上がる・下がるの理屈が分かったうえで、実際の推移と照らし合わせて検証してみましょう。
03-01.平成20年以降の動向
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引用元
毎月勤労統計調査 令和4年分結果速報の解説
内閣官房新しい資本主義実現本部事務局
03-02. 2008年~2013年
セルを赤くしている箇所があります。ここの数年間は実質賃金が高いですね。ここで同年代の失業率を見てみると4%超え。つまりこの時代は「非正規労働者を主軸に解雇、失業が多かった時代。上記のニューカマー効果で説明が付くかと思います。
03-03. 2019年
働き方改革が行われた年です。ここから労働時間は短縮になっていきますが、労働時間が減れば賃金はダウンする側面があります。後述しますが「時間当たりの賃金」が指標としては適切かもですね。給与が同じで、労働時間が短縮された場合は「時間当たりの賃金単価は上がっている」になります。
03-04. 2020~2021年
失業率がずっと下落傾向だったのに、この2年は上昇。さて、この時期に何があったかと言いますと、記憶に新しい「コロナ禍」です。緊急事態宣言などで「外出を極力控えましょう」となっていた時期。当然、サービス業を中心にお仕事が減ってしまい、失業率が上昇に転じました。すると2020年から2021年にかけて実質賃金はあがった形です。
04. まとめ
さて、これをざっくりまとめると下記の通りになります。
04-01. 物価・失業率・雇用形態
実質賃金は「物価の動向がラディカルに上昇する場合」はどうしてもタイムラグが生じます。賃上げは基本的に年に1回ですが、物価は毎月変動していく要素があり、後手に回ってしまう側面はあるかと思います。加えて、物価は「日本の中で経済政策を多少行ったところで、世界的な潮流には逆らえない」という側面があります。
また、失業率上昇で非正規労働者が解雇されるなどの局面では低水準の賃金層が削られて、正社員層(給与水準が高い)が残るため、実質賃金は上がってしまいます。社会の構造としても経済の活性化としても「失業者が多い」は避けたいところなのですが、こういう「情勢が悪化したら(見た目上の)実質賃金は上昇する」という現象が起きます。
日本は高齢化社会で、かつて正社員だった人が定年を迎え、再雇用で嘱託採用なんてケースも多いですよね。例えば「同じ10人が働いている」環境でも「この年は正社員が8人、非正規が2人」だったのが、数年後には「正社員が5人、非正規が5人」となっていたとします。名目賃金も実質賃金も、どちらもいち労働者としてこれを算定要素に加味する訳なのですが、非正規が多い場合はそりゃ賃金落ちますよね。
物価の変動で実質賃金はなかなか上がらない事もあるし、失業率や雇用環境が安定しないと「指標としてはあてにならないタイミングもある」ですが、ゆるやかな物価上昇+「リーマンショックやパンデミックのような、ラディカルな経済の変動がない場合」+労働形態がある程度安定している環境下では「指標たりえる」と考えます。
「実質賃金」とは、仮に「名目賃金」が上昇したとしても、これまでと変わらぬ消費を安定的に行えるようになって初めて上昇する数字です。名目賃金が増える事によって消費総額も増えると、物価も連動して上昇し、実質賃金は押し下げられる事になります。 なので、景気が良くなっていく過程では、どうしても実質賃金は下落するというからくりがあったりします。
04-02. 必読記事
ここを詳しく解説しているサイト、探したけどあんまりなかったですが、第一生命のサイトは物凄くわかりやすかったです。
労働時間あたりの金額は、比較的指標としてはいいのではないでしょうか?働き方改革で労働時間が短縮されたのに、賃金の下落がなかったら「時間当たりの単価はあがった」と言えるでしょう。
これはニッセイの」記事も必読。やはり指標としては「時間当たりの労働単価」がいいのではないかなと考えます。
04-03. 実質賃金が物価高に追いついた
かなり物価高に「翻弄された」側面がある実質賃金。先月からようやくプラス転換です。