香典の領収書をください。
極道の世界は会社員のように毎月決まった給料などありません。
組が大きくなれば「みかじめ料」「用心棒代」名目は色々ですが毎月決まった収入があるとはいえ、それで組の費用が賄えるわけではありません。
頼まれて大きな仕事もありますがコンスタントに頼まれることはありません。
お金儲けの上手な人はいいのですが彼のように金儲けより漢(おとこ)を売ることに重きをおく者は金銭的にそれなりに苦労があります。
確かに大きな金額の報酬がもらえる仕事もあって、「お前、わしの代わりに行ってもらってきてくれ」と言われて分け前が一億三千万円ということもありました。
一千万円の束が13個ですから特別にトランクを用意することもなく頑丈な紙袋二つに入れて持って帰るだけです。
極道の付き合いは派手ですから、これくらいのお金はあっという間に消えてしまいます。
知り合いの社長が仕事を頼みに来るまで全くの無収入ということだってあり得る世界です。
仕事がなくて、さてどうするかとなった時に彼は知り合いの社長に「社長、自分が死んでから香典もらってもなんやから、今貰えると有難いんやけど、、」と冗談交じりに話したそうです。
この社長は「出張行ったついでにエルメスのショップに寄ろうと思ってますが、なんかいるものはありませんか?」と聞いてくれるような人でした。
「社長、なら財布を頼みます。但し金の入ってない財布は受け取りません。」と笑いながら話したら数日後にエルメスの財布にこれ以上はお金が入らないくらいに詰め込んだものを番頭さんに持たせてくれて「あら、本当に財布にお金を入れてくれてるよ」というようなこともありました。
ですから、社長が気を利かせてなんかしてくれるだろうと期待していました。
翌日、朝早くに番頭さんがやってきて「これを渡すように言われて預かってきました」
紙袋の中に現金500万円と銀行に持参すれば、その場で現金化できる三千万円の小切手が入っていました。
「ありがとうございました」と言い終わるか終わらないかという時に番頭さんが「すみませんがこの領収書に受け取りを書いてもらえますか。」
持参した領収書を出してきました。
領収書に「香典三千万円也」と書いて渡しましたが、番頭さんが帰ってから
彼と大笑いしました。
「社長もやるね。この手は一回限りしか使えませんよ」ってことを伝える代わりに領収書を書かせたんだと思ったからです。
今は暴対法ができたりして締め付けが厳しいみたいですが、組を解散してから昔の世界とは完全に縁を切ったから今の事情は全くわかりません。
昭和44年から60年代後半にかけての極妻時代のお話でした。