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【長編小説】サクラクラゲの西洋館 第36話 リリーの小説6

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前の話 第35話 リリーの小説5

 三が日が過ぎ、参拝者が少なくなった頃、僕たちは家から一番近い神社に行くことにした。そこなら駐車場も神社の近くにあり、長い階段もなかった。
 僕達は車3台に分かれた。僕はリツの運転する車で、父は母とリツの母親を連れて、そしてリサは子どもたちを乗せて行くことになった。
 リツは車を運転しながら、上機嫌だった。
「リオ、お前、行きたいところがあったら、もっと言えよ。一緒に行こうぜぇ」
「僕はリツがいてくれるだけで楽しいよ」
「なんだよ、俺の真似かよ。でも、初詣は行きたいと思ったんだろ?」
 僕はテレビを観て、初詣に行きたいと思った。自分の足で歩いて、リツと並んで……。
「お前が行きたいところは、俺の行きたいところだ。遠慮なく言え」
「うん……ありがとう」
 僕は車の窓から外を眺めた。空高くを、トンビか何かが飛んでいた。僕はふと、さっきの家でのリツと子どもたちとの交流を思い出した。子どもたちは今日も、リツに飛びついていた。
「リツは子どもが好きだね」
「え? うん? ……好きなのかなぁ?」
「リサの子どもたちは懐いてるよね」
「それは、リサの子どもが人懐っこいだけじゃないか?」
 そう言いつつ、リツは笑っているようだった。
「リツは、結婚しないの?」
「結婚⁉︎ いや……出会いがないわな」
「……僕のところにいるから?」
「え? なんだよお前。俺は今、出会いは求めてねぇの! ……おっと」
 リツは、信号待ちのブレーキを踏むのが少し遅くなり、慌ててブレーキを踏んだために車体が少し揺れた。リツは「悪《わり》い」と言って、顔を一瞬僕に向けた。僕は「大丈夫」と言って、少しの間黙った。

 3台の車の中で、僕たちの車は一番遅れて神社の駐車場に到着した。リツは慣れた様子で僕を車から車椅子に移した。その様子を見ていた母が、リツに感心していた。
「ベッドから移動するときもそうだけど、やっぱり上手いもんねぇ、リツくん。おかげで助かるわ。ありがとうね」
「いやぁ、はは……」
「リオくんが大好きだから、上手くもなるのよね」
「はは……そうだな」
 リツは、僕の母にも自分の母親にも、愛想笑いをしていた。そして、「寒くないか?」と僕に聞いたあと、車椅子を押し始めた。すると、僕の父が来てリツに代わると言い出した。
「リツくんにはいつも押してもらっているからね。たまには並んで歩くといいよ」
「え……じゃあ、お言葉に甘えて」
 そう言ってリツは、僕の車椅子の隣を歩き出した。リツは僕と目を合わせて笑った。
 境内《けいだい》に入ると手水舎《ちょうずや》にみんな集まった。リサは柄杓《ひしゃく》から水を落とし、子どもたちに手を洗わせていた。するとリツがポケットからハンカチを取り出し、柄杓ですくった水をハンカチにかけた。僕が驚いていると、リツはハンカチを絞って水を切り、そのハンカチで僕の手をふいた。
「用意がいいだろ」
「リツにハンカチって似合わないな」
「なんだとぉ」
 リツは濡れたハンカチをビニール袋に入れて、ポケットにしまった。そして、僕を見た。
「俺、口はやめとくわ」
「どうして?」
「前にそれやったとき、あとから腹が痛くなってさ。この水のせいにしたらバチが当たりそうだけどな」
「僕も無理だな」
「リオも来る前に、歯は磨いただろ? それでいいんじゃねぇの?」
 リツは、僕に合わせているのかもしれないと思った。僕は「そうだね」と言った。
 お参りするところまで数段の階段があったので、リツと父が車椅子ごと上ってくれた。リツは「よしっ」と言うと、鈴を鳴らしてお賽銭を入れた。僕の分は父が入れてくれた。するとリツが手を2回叩いた。僕はすかさずリツに言った。
「違うよリツ! 2礼2拍手1礼だよ」
「おう、そうだった」
 そう言うとリツは、動きを止めて僕を見た。
「お前もやる?」
「うん、やる。手もふいてもらったしね」
「じゃあ、まず2回、礼な」
 僕は頭を2回動かした。リツもゆっくり2回、お辞儀をした。するとリツは、横から僕の手を持ち、ゆっくりと2回手を打つ仕草をした。
「はい、お願いごと!」
「お願いごとって……」
 僕たちは笑いながら目を閉じた。祈願をして目を開けると、僕の両手はまだ合わせてある。リツを見ると、まだ目をつぶっていた。やがてリツが目を開けると、リツは僕の手をゆっくりと元に戻した。
「はい、礼!」
 僕たちは、また笑って1礼した。

 リツは相変わらず毎日のように家に来る。だけど、梅雨の時期に体調を崩して数日来ない日があった。僕は雨の音を聞きながら、家で寝ているリツのことを想像していた。もし僕がリツの看病をすることが出来たなら……。そんなことを考えたって意味がないけど、それでも、リツに何をしてあげるかと、思いを巡らせていた。
 その日の夜、不思議な夢を見た。いや、夢か現実か、区別がつかないことだった。夜中に目が覚めた僕は、少し離れたところから僕を見ている奇妙な男に気づいた。驚いた僕は、とっさに声を上げた。
「なんだ、お前は! どこから入ったんだ!」
「おい、今は夜だよ。静かにしないか」
 黒いスーツに黒いシャツ、赤いネクタイを締めたその男は、落ち着き払って静かに笑みを浮かべている。
「ここで何をしている」
 僕は無抵抗も同然だが、相手を警戒することをやめるはずはない。相手をにらみつけて、相手が手を伸ばそうものなら噛みついてやろうと思っていた。
「そう怖い顔をするな。お前の望みを叶えてやろうというのに」
「なんだ、僕の望みって」
「それは、お前に聞いてみないとわからないな」
 僕は少し、落ち着いてきた。男は歩き出し、時々こちらを見てくる。
「なんで僕の望みを叶えるっていうんだよ」
 僕の言葉を聞くと、男はあやしく笑い、こう言った。
「私の欲しいものをくれそうな匂いがしたから、お前の元に現れたまでだ。さあ、お前の願いが叶うとしたら、何を願う?」
「元の体に戻りたい」
 僕の願いに、男は首を傾げた。
「それは無駄だな。私が叶えてやる願いは残りの寿命と引き換えだから、戻ったところで意味がないだろう。さあ、願いは何だ」
「じゃあ、リツにコーヒーを作ってやりたい」
 僕は半《なか》ば投げやりに答えた。しかしこの男は、さらに聞いてくる。
「コーヒー? 今の時期ならアイスコーヒーかな?」
「いや、ホットコーヒーだ」
 すると、横を向いていた男は姿勢を正し、横目で僕に言った。
「では、ホットコーヒーの似合う季節になったら、また出直そう」
 僕は、いつの間にか寝てしまっていた。

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