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猫が書きました(事実)
逆さま
空が西高東低の表情に変わったからといって、ずっとヌクヌクと布団にくるまっているわけにもいかない。震える手を伸ばして暖房をつける。
洗顔し化粧水をつけ乳液を。っとまいったな。乳液が残り少ない。筒状のプラスチックの容器からわずかに出た分を、とりあえず顔全体に薄く塗る。容器を持ち上げると、まだ若干残っているような感触がある。
私は平らなキャップに感謝して、テーブルに逆さまに置いてキッチンへ向かった。
冷蔵庫を開ける。何を作ろうかと中を見渡していると……。あれ?あれれ?まいったな。君たちもか。やれやれと、ドアポケットに無造作にしまってあったケチャップとマヨネーズを取り出し、平らなキャップに感謝してテーブルに逆さまに置いた。
ご飯とみそ汁、おかずに鮭とその他諸々。大根と人参をざっくり切って野菜スティックの出来上がり。先ほど逆さまになってくれたケチャップとマヨネーズ。 若干ではあるが、中身が出口付近に集まっている。ふたつを別の皿で合わせてオーロラソースの完成。空になったふたつの容器をごみ箱に捨てた。
食事のあと食器を洗い、洗濯へ。……まさか君たちもか。今日の分は問題なさそうなのでいつも通り入れた。スイッチを押したあと私は、洗剤と柔軟剤の平らなキャップに感謝して、棚の上に逆さまに置いた。これで明日の分ぐらいは何とかなるだろう。
掃除洗濯を終えて、ひと休み。熱いお茶を入れた。昨日友人からもらったバウムクーヘンの封を切った。輪っかを半分に切ってジップロックで保存。もう半分を半分にした。少し大きいけどたまにはいいよね。残った半分を皿に載せて妹の部屋をノックした。
「バウムクーヘン食べる?」
「食べる」と、壁に向かって逆立ちしている妹が答えた。
「……なんで?」
「さ、逆立ちはね、健康にいいんだってさ。便秘にもいいらしいよ」
「ふぅ~ん。気をつけなよ。ここ置いておくから」
「あ、ありがと」
顔を真っ赤にした妹をあとに、部屋を出た。
食べる前か食べたあとか。少し考えて、結局食べる前にした。カラーボックスを移動させ、壁に向かって足を振り上げる。何十年かぶりの逆立ち。頭に血が流れるだけでなく、内臓が胸に向かってあがってくる様に感じた。なるほど、これはいい運動になる。便秘も解消するかもしれない。
お?あれは?
よっ、と元の体勢に戻り、頭にのぼった血が落ち着くのを待ってから、ベッドの下に手を伸ばした。小さな冷たい感触。取り出してみると、やはり。
「百円玉みっけ」
なるほど。逆立ちにはこんな効果もあるのか。
運動のあと腹ごしらえ。軽い運動だったが気分がいい。バウムクーヘンもいつもよりもちょっとだけ美味しさアップな感じがする。
そうだった、と突然思い出し、筒状の容器を手にした。キャップを開いて手のひらにだしてみると、ねっとりとした乳液がたっぷりと出た。
よしよしと、これでもかと遠慮なく顔に塗りたくる。乾燥対策もこれでよし。
そっか。
世の中の大事なことは、みんな逆さまで出来ているんだな。
逆さま、恐るべし。