勝利の女神:NIKKE 稗史:伏魔殿の道化師はヒト探し中 黒歴史 女神たちの黄昏
「卿ら……」
一人で決戦場に向かおうと、殿をつとめていたアタナトイは絶句した。
決然とした表情で、ケイトとシャロンが歩いてくるのを見たからである。
「今すぐ部隊に引き返せ、シャロン! 先輩もです!」
「命令違反で銃殺刑にでもするがいいヨ」
「シャロンは煽らないで! 私は全員で戦えばみんな助かると思っているわ」
「馬鹿な事を言わないで下さい、ケイト先輩。アークの中央政府軍がどう動いているか知りもしないで!」
「大体予想はつくわ。このまま全軍をもって追撃すれば全員大量破壊兵器の餌食にでもしてお終いにするんでしょう? だからあなたはより多くを救うため自分だけ犠牲になろうとしてる、そうよね?」
「その通りです」
「この三人なら遠慮は要らないと思わない?」
アタナトイは頭を掻き乱しながら苛立ちを正直にかつ黙って伝えた。
「まずは敵を討つネ。その後は塹壕までダッシュすればイイヨ」
「上手くいかなくても泣き言は無しだぞ?」
「それは覚悟の上」
アタナトイは天を仰いだ後、観念して二人に簡単な作戦を伝えることにしたのだった。
一方、ヘルメティカの方でも領地の手前で思わぬ事態に直面していた。配下のラプチャーたちの反乱である。
これを自身の回復がてら食い散らかし、再び忠誠を誓わせた時、手持ちの軍勢は僅か三万まで激減していた。
その分、女王の気力は充実していた。自身の武装コアたる永劫回帰(エターナルリターン)は完全復活し、全能感に満ち満ちている。懸念はといえば、デカブツを貪っている最中に出てきたニケたちの手足。
「恐らくアストリット将軍は私の居場所をある程度把握しているはず……」
圧倒的な性能差に慢心していて、金髪の獅子姫らに首級をあげられた同類は幾らか存在している。領地で万全の防御態勢を整えられるならばそれに越したことはない。
「先ずは一旦帰還しましょう」
女王は残りの手勢を捨て駒にしてでも、本拠地に戻る腹積りを固めた。
アタナトイ達の追撃が始まる前に、彼女はふたりに作戦概要を説明するところに視点を戻そう。
「何故ヘルメティカが捕捉出来るのか、定かでないとイライラするものもいるだろう」
「何を今更」
ケイトは肩を竦める。
「私は知りたいヨ」
シャロンは素直に疑問を呈した。アタナトイは頷きながら話を進めた。
「まず、私の能力でニケのパーツの一部を敵のデカいの数十体に突き刺して発信器代わりにさせておいた。容量は食ったが方位はバッチリだ」
「よくバレないネ?」
「何体か分離と合体をさせてその都度偵察のフリをさせてるからな。まさかそこまでするとは考えもしまい」
「発想が人間を辞めてること」
「私も既に死人ですから」
十二月十日朝の十時過ぎには、スタルカーが事実上最後の部隊を率いて撤退を開始していた。
「絶対あとについてきて下さいよ?」
「ああ。卿は部隊の皆をアークに無事連れて帰ることだけに専念せよ」
この愛らしい勇者に嘘を吐くのは心苦しい。だが、だからこそ勲章を形見分けしたのである。あの者達はここで自分の巻き添えで死なせるわけにはいかない。それが年長者の務めだと、アタナトイは自己を律すのであった。
途中でケイトやシャロンに出会っているはずだが、自分も行くとついてきていないことを恃みに、三人は決死の追撃戦を開始した。
天候は先日のヤマタノオロチの余波により、宛ら台風一過の様相を呈していた。猛然と吹雪いていたのがウソの様である。
奇貨居くべし。荒野が再び凍つく前に敵を捕捉・撃滅しなければならない。
「レンジャーが先頭に立て!」
ケイトは自国の名言を以て先陣を切るのだった。
三人と、不死の軍勢およそ三万は全速力で走り続ける。
本気で走ったニケは自動車の比ではない。ただ、人間の脳がその事実に耐えられるかが問題なのである。
半世紀以上後、ラプラスという最新鋭のニケが同僚に「ライフルの弾も避けられないのか?」と疑問を呈したが、そのニケは自身をヒーローだと公言して憚らなかった。人間用のライフルですら音速を超えるのだ、通常の人間は運を天に任せて外れるのを願うしかない。それを意識的に避けると言ったのだ。火縄銃の弾でバッティング練習してホームランを量産するのとは根本的に発想が異なる次元にある。
だが、三人はヘルメティカとの間に存在していた数百キロメートルの隔たりを高速で走り抜いた。特にイレギュラー化していないケイトとシャロンは相当な心理的負担がかかっていることは想像に難くない。最早それは意地以外の何物でもなかった。
途中、いくらかの野良ラプチャーの群れを不死の軍勢で轢き潰しながら、遂に彼女達は女王の膝下に辿り着こうとしていた。しかし、その手前で三人は異様な光景を目の当たりにした。
「何が起こったね!?」
シャロンが驚嘆するのも無理はない。大型ラプチャーの残骸--これらは後にタイラント級と呼称される--がそこかしこに散乱しているからだ。
「コアがないな」
休憩を兼ねて最後の作戦会議をするつもりでいるアタナトイも、この光景からヘルメティカの戦闘パターンを出来る限り読み取る。
遺されたものは残骸だけではない。エメラルドの様な結晶体もまた林立している。
「物体の即時生成能力、無限かつ自在の攻撃……」
三名は改めて尋常ではない敵の恐ろしさを体感するのであった。
太陽が沈もうとする黄昏時、ヘルメティカの下に最初に辿り着いたのはケイトである。女王は直ちに発光弾を生成して、領地に残存する守備兵力を呼び寄せにかかる。発光信号を確認した者達に動揺が走る。
アタナトイは不死の軍勢を二つに分ける。まだ戦えるボディを有している機体群は、ほぼ全て自分達を守るための方陣を組ませる。残りのスクラップ化した者はアタナトイが直接身に纏わせたり武器化して利用された。
漆黒のドレスの女王が三人を見定めた。危険度としては近距離において無類の強さを誇るニャンニャンという切り札を持ったニケと、アタナトイと称するアストリットが高く設定された。
この二名は自由にさせられない。女王の掌が翻ると、今従えている三万の手勢が一斉に突撃をかけてきた。
「敵が二人に集中した。この期は逃さない」
ケイトは振り返る事なく、前方から圧をかけてくるラプチャー達を銃撃にて屠る。残念なことに、女王はこのニケを「甘い奴」と認識していた。
互いに相手を視認出来るが、まだ攻撃するには距離がある。
「お久しぶり……」
ヘルメティカが挨拶がてら相手の気を反らせようとした刹那、意識が途絶していた。
「無双三段突き」
ネコ科動物のごとくしなやかに大地を蹴って瞬時に敵の懐まで踏み込んだケイトは、神速の突きを以てヘルメティカの脳、首、コアの三箇所に致命打を叩き込んでいた。
基本的にはヘレティックであろうが、この三箇所をほぼ同時に機能喪失した時点で即死する。
しかし……直後に女王の武装コアの片割れが爆発する!
刺突した箇所から緑色の結晶が生み出されて砕け散る。傷痕は完全に埋められていた。
「折角直しましたのに、残念なことね」
(なかったことにされたか……)
ただ、前回の様に塵芥と化していない。再生回数に限りがあるか、本体だけあって個の強さが段違いというところだろう。
--ならば、出来る限り殺そう。
決然と相手を睨むケイト副司令官、彼女は武器あり特異能力なしの条件であるならば現状最強のニケである。数十年の研鑽は彼女を武神たらしめていた。
「曼珠沙華」
銃剣付きアサルトライフルのリーチを生かし、刃先で頸部を切断する。通常で有ればポンプによって押し出された真紅の循環液が彼岸花のごとく吹き出でるのだが……
「優雅ではないわね」
相手は片手で首を押さえつけ無理矢理癒着させたのである。
「貴女も喰らい尽くしてあげましょう」
ヘルメティカは距離をとりつつ手のひらを添え息を吹きかける。ナノマシンが一帯に散布される。
バァン!!
ケイトは無言で発砲し、ナノマシンを破砕して相手の変幻自在な攻撃を阻止した。
エンハンスドが解除されるまで、あとどれ位戦えるか?
否、解除されようがまた集中し直してエンハンスメントすればいいだけの話だ。
ケイトは今、極限まで研ぎ澄まされた精神状態である。その銃剣は蒼白く輝いていた。
完全に戦闘モードに入ったケイトとヘルメティカは、目にも止まらぬ攻防を開始した。
指弾で飛ばしたナノマシンからエメラルド色のラプチャーを生産しつつ、足下から生やした罠で距離を稼ぐ女王を、高速で追尾しながら逐一破壊する女豹はしばらく戦場を文字通り席巻している。
「ふんっ!!」
ケイトは槍のごとく銃剣付きアサルトライフル・サイドワインダーを振るう。女王と自分を分つエメラルドの障壁はあっさり切り落とされた。
「中々しつこいんですのね」
武装コアであるエターナルリターンのビーム攻撃も絡めて応戦するヘルメティカ。汗一粒もかかず余裕綽綽の態度ではある。だが絶対に相手の必殺の間合いに入らないところを見ると、流石に一度完全に殺された事を警戒しているようだ。
「先輩お待たせしました」
アタナトイとシャロンも到着した。これで三対一。
「少し下がる!」
ケイトは急速離脱し、蹲った。
「ぜぇ……ぜぇ……ううぅ」
疲労が集中力を完全に失わせ、エンハンスメント効果が途切れる。ビーム攻撃で黒の軍服は焼け焦げがチラホラ見られる。直撃はないが、確実に神経を擦り減らされたのだ。
(息を整えろ……あのふたりは強い……まだ慌てなくていい……)
最低限度のセンサーだけ働かせて、女豹は沈思黙考しながら回復を待った。
「レーヴァ・テイン!」
交代したアタナトイは既に巨人形態でニケのパーツを質量兵器としてヘルメティカに叩きつけていた。特に二振りのレーヴァテインはムチのような形状に発展しており、見た目以上のリーチで襲いかかる。
それに対してかっ飛んで来るニケのパーツ群をビームで焼こうとすれば、態と反対側に集結させて消耗を避けながら殴るのである。
当然、前回の戦い同様に女王は足を重点的に攻撃を仕掛けて行く。的自体は大きいので、これらを使用不能にしていけば資源不足で根を上げるのは向こうの方だ。
「甘い!」
アタナトイはジャンプした後、巨人の下半身を分離させる!
しかも離れたはずの脚は、ヘルメティカめがけて蹴りを繰り出してきた。リモートコントロールの賜物である。
巨大な四肢をダイナミックに使った攻撃を真っ向から受けるのは下策、そう考えた女王はエメラルドの障壁で防ぐ。砕け散った宝玉を再生成して自爆特攻型ラプチャーに変形させ突っ込ませる。大きな爆発が起こる!
爆煙からアタナトイが平然と現れる。
「読み通りだ、問題なし!」
「おのれぇ……」
女王が言い切る前に、シャロンが隙をついて腹部に勁を流しにかかる。
「やあああっ!」
「ぐふっ」
ダンっという震脚の踏み込み音と同時に、地面が割れ、ヘルメティカがくの字にかがみ込む。
「野蛮ですこと!!」
手の爪が伸び、シャロンを複数に分割しようと振り回されるが、紫電一閃を逃走に利用して射程範囲外に離脱する。
「駄目か……一時的なダメージがあってもすぐに立て直されるヨ」
冷や汗をたらしながら、シャロンも覚悟を決めた!
「ニャンニャン招来! こちらも命を懸けるしかナイネ、師匠!」
直ちに場の空気が一変する。バチバチと放電して戦場に良いイオンの香りが漂い始めたのだ。
「さて、阿呆の師匠が出てきていよいよらしくなってきましたわね」
「それだとわらわが愚物になるから止めにいたせ」
言い切る前に、シャロン……いやニャンニャンが突っ込んでくる!
切り刻むために生成した爪は電撃により瞬時に破壊され、再び腹部に崩拳が叩き込まれる。
「ニャンニャン招雷、神解」
今度はスタンガンのごとく電流が全身を劈く!
「クアアアア!」
ヘルメティカは尾骨に当たる箇所から尻尾を生やして地面に突き刺す。脳を焼かれる前に稲妻の流れを変えねば!
「無駄無駄無駄ァ!」
ニャンニャンは一気呵成に攻勢に転じる。幾つもの短打にも電気が含まれ肌が爆発する。
「これはいけませんね……」
女王はそう言うと、黒焦げになった腕がポロリと落ちて新たな腕が再生成される。構わずニャンニャンが殴りつける。
「だから貴様は……むっ!?」
ラプチャー特有の金属とは全く異なる反発を打撃から感じ取ったニャンニャンである。
(これはゴムか?)
どういう仕組みか、女王の新たな腕はほぼほぼゴムと化していた。薄いゴム膜で電流を防ぐとかいうレベルではない。身体の構成物質を丸ごとゴムに変えたかのようだ。
「ゴム人間と化したか。女陰も伸びるか試すかの?」
「生憎全て変える気はございませんの」
腕から棘が生成される! 触れれば侵食を齎す恐るべき器官だ。ニャンニャンも攻撃を引っ込めた。
「紫電一閃、一旦下がる!」
「代わりに集中砲火をくれてやる」
追撃を阻む様に、アタナトイが腕から取り出した多数の銃器でヘルメティカを撃ち続けた。厚いゴムだろうと弾丸の雨は容赦なく削り取る。
激闘が続くなか、ケイトの短い休息も終わろうとしていた。内なる闘志が燃え上がり、再び武器に力が備わる。
「よし、いくぞ!」
武神、再登板。闇の帳が降りた戦場の熱狂は最高潮に達しようとしていた。
三対一。一人ひとりがヘレティックを打倒出来る異常な強さを誇るというのに、この蛇のようなヘレティックにはこれですら余裕を感じさせる。
「面倒になってきましたわね。いつぞやの分身をやってみましょうね」
「単純だな! シャ、ではないなニャンニャン殿お任せします」
「お主は?」
「私の能力では武装を狙った方が良さそうだ。先輩は本命を!」
「了解!」
敵はヘルメティカ、そして分身体に武装コアがひとつ……!!
(あれ? 何かおかしくない?)
ケイトのアホ毛がレーダーのごとく跳ね回る。日は落ちて月光があたりを照らす。
(相手は分身体を出している。あの時の攻撃では分身体を出していたのは武装コアだったわよね?)
「ケイトとやら! 何をしておるのか!?」
「先輩! 何故攻撃しないのですか!?」
集中力を回避にのみ使うケイト。ニャンニャンとアタナトイはそれぞれの標的を目下攻撃中だが、ケイトのプレッシャーがないぶん、ヘルメティカ本体がふたりにより一層の攻撃を加えている。
(タクシスが言うにはあのヘレティックは空軍所属のニケの成れの果て。キングコブラになるのが理想形だったのかしら? 本当に?)
それでも、アタナトイの巨腕が武装コアを万力のように締め上げ始める。
「うふふふふ、あはははは!!」
メキメキと音を立てながらも、ヘルメティカは笑いながら攻撃を続ける。巨人の体はビームにより穴だらけだが、アタナトイは健在! 満月の光が巨人を照らす。
(空軍云々は一旦置いておこう。武装コア武装コア……もしも、いちヘルメティカに一個武装があるとすれば今この場には一個足りなくない?! 元々二個あるなら別段関係ないか?)
「満月故に相手がようく見える。まあわらわには電光があるのだから意味がないがのう!」
(満月ですって!? 今日は十二月十日の新月よ?)
「まさか!?」
ケイトが夜空を見上げた瞬間、月、いや黄金に輝くエターナルリターンの高出力ビームがアタナトイのスルトモードの脳天を直撃していた。
なんということだろうか。女王が狡智を以て張り巡らせた策、それは遥か上空からの超高高度爆撃である。最初の武装コア爆発すらニケ三体を足止めし狩り殺すための布石に過ぎなかった事に、ケイトは遅まきながら気付く。
「くっ、アタナトイ!?」
「……無事だ。操縦場所を変えておいてよかった」
巨人は一応無事なものの、構成するニケのボディの多くは蒸発してしまい、その威容はだいぶ小さくなっている。
急ぎ、上に向けて砲撃を開始するケイト。他のふたりの武器では遠距離狙撃に対応できないからだが期待薄ではある。
天空のエターナルリターンで爆撃するヘルメティカはというと、チャージに時間がかかり過ぎるのとケイトの攻撃に業を煮やしていた。
「またあのオレンジ髪!」
流石に忌々しい。空の上は安全地帯ではあるが、ニャンニャンとかいう雷使いも一緒に対抗する場合、もしもがあり得る。まずはこの者から殺す!
「勝機!」
ケイトは逆に、接近戦に活路を見出していた。所詮はアサルトライフル、上空に向けて発報しても当たるとは思えない対空砲火を止め、焦って突出してきた女王との差を詰める。
二回目の死亡帳消しで武装を消せば、あとは三人で袋叩きにすれば全く問題ない。
全ての研鑽を今、この瞬間に捧げなければ!
「地摺斬月」
ケイトは一度銃剣を大地に突き立てて、一気に引き抜きながら相手を切り上げた。正中線を抜けば確実に殺せるのだ。
「ちぃぃ!!」
なんとか射程範囲外に体をずらせたヘルメティカの左腕は両断されるも、すぐに再生した。
(ほう、勢いを得るために態と大地を万力代わりにするか。老子よな)
ケイトの奥義の術理を分析しつつ気を練り直したニャンニャン、天空のエターナルリターンを無視してこちらもヘルメティカ分身体に突撃する。基本的に分身体に攻撃能力は確認されていない。だが入れ代わられたり人格交換の器になる可能性は否定できない。
「娘娘招雷・霹靂一閃」
雷公鞭より低出力の稲妻を眼前で炸裂させ、偽者はアッサリと消滅した。
「うおおお!?」
その割を食っているのはアタナトイである。分身体と連動したエターナルリターンモジュールを押さえ込んでいるため、拡散ビームを浴び続けているのだ。
そこに本物のエターナルリターンからのビームがアタナトイを狙い撃つ。
「あとは運否天賦だ。大神オーディンよ御照覧あれ!」
巨人化を解き、パーツのほぼ全てをレーヴァテインに回しビームを迎え討つ彼女だが、もう一方の拡散ビームからは丸腰になる。
体を捩り投影面積を狭め、両腕でコアと頭部だけでも守る。しかし容赦なく浴びせられる光線に対ビームコーティングされた外套は蒸発、右腕は消滅し左手も親指と人差し指を除いて炭化した。
「死ねよやー!」
頭上のビームを乱舞するレーヴァテインで受け流し続け、遂にこれを凌ぎ切ったアタナトイは赤熱化した刃をそのままダミーのエターナルリターンに叩き付け両断した。
これで正真正銘、ヘルメティカとの一騎討ちだ。しかし、アタナトイはダメージが大き過ぎてその場に倒れ込んでしまった。
(なんとかアンチェインドをふたりのどちらかに渡さねば)
衣服もボロボロだ。胸元からティアマトから譲渡されたアンチェインドの銃弾を取ろうとするも、指二本ではなかなか取り出せない。
その様子をケイトらと鬼ごっこめいた攻防をしていたヘルメティカが見逃す訳がない。まずひとり始末しなければこの土壇場は凌ぎきれない。そんなところまで女王は追い詰められていた。
天空からエターナルリターンの狙撃が行われる。
「三回目だぞ、いい加減タイミングくらいは!?」
アタナトイはなんとか横っ飛びで回避する。運とタイミングが悪ければその場で蒸発していたところだ。
「一角」
ケイトが一気に女王を串刺しにすべく、踏み鳴りを伴った突撃を敢行する瞬間であった。右脚に力を加えた当にその時、アタナトイが横っ跳びで緊急回避を行っていたのだ。
(恐らく着地時の隙を狙うはず。絶対に殺させないから)
信じられないほどの衝撃が右脚にかかり、反動で真一文字に突っ込むケイトの眼前にエメラルドの障壁が立ち塞がる。銃剣は易々と突き刺さり壁は砕け散る。無駄な足掻きだ。しかし……
目の前が緑色に染まる! 何事かによって視覚を封じられてしまった。
「目潰しのつもりか?」
「ええそうよ」
「ケイトとやら、動きを止めてはいかんぞ!」
ニャンニャンの警告が後ろから飛ぶ。
次なる自爆特攻型ラプチャーの猛攻を、ひたすらセンサーの感覚のみで斬り伏せ続けるケイトだが、完全に釘付けにされてしまった。目を擦るが特段異変はない。
(原因がサッパリわからないけど、早く目が見えるようにならないと)
光の乱反射によって奪われた視界が元に戻る瞬間、ヘルメティカの攻撃態勢は整っていた。
対象は、ケイトである。
(参ったな……)
そう考えた矢先に、ケイトの右眼には射程外から生成されたエメラルドの長槍が貫通していた。長くしなる槍の重さなどヘレティックの膂力では柳の葉同然だ。穂先は脳内で爆ぜ、脳漿が飛び散る。
「「ケイトー!?」」
ふたりの悲鳴によって勝利を確信した女王。しかし次に彼女、いや彼女達が見たものは、死に体のニケが手持ちのアサルトライフルをぶん投げる異様な光景であった。
ーー英霊突ーー
南海の孤島で壮絶な戦果をあげた英雄・舩坂弘に因む銃剣投擲の絶技。
今際の際に投じられたサイドワインダーは、女王の心臓部・エナジーコアに間違いなく突き刺さった。
「あああああああっ!!」
断末魔の叫び声をあげるヘルメティカに対して、同時に飛び込んでいたニャンニャンがサイドワインダーの銃床を思い切り下に落とす。コアを支点としてシーソーのごとき軌道を描き、蒼白い光を放つ銃剣はヘルメティカの脳まで達した。
天空で黄金に輝くウロボロスの輪が自壊する!
「ニャンニャン、どうかこれを!」
同時にアタナトイは死力を振り絞って、残る左手親指と人差し指でつまんだアンチェインドを放り投げる。
ニャンニャンは放物線を描くアンチェインドを掴むと、ヘルメティカの裂けてなお自己再生を行おうとする体に銃弾をねじ込み電気で直接雷管を爆発させた。アンチェインドが起爆し、シャロンの手が吹き飛ぶ。
「脳が灼けるうううううう!?」
それと同時に烈しい頭痛が彼女を襲った。
「うばあああああああああ!!」
一方のヘルメティカも、弾丸の効能によって身体中のナノマシンを一気に壊滅させられてしまった。武装コアも先程の致命傷と引き換えに失われた。今そこにあるのは、燃え尽きた灰のように煤けた、一体の機械人形である。
「然らばだ。いずれまたヴァルハラで会おう、戦友(カメラーディン)よ」
失われた右腕をわずかに残った不死の軍勢のパーツで歪な巨腕として再構成したアタナトイが立ち上がる。最大最強の敵であったが、せめて最期の瞬間は敬意を払う。
女王だったモノは少しだけ微笑んで、巨人の拳に押し潰された。
「この後に及んで再生されても困るので、念には念を入れる。チリひとつ残さず消滅させてやる」
冥王と化したアタナトイは、量産型ニケのコアを自爆させて完全に処理した。
「ううっ、ニャンニャン師匠? どこヨ?」
シャロンは頭を押さえて彷徨いていた。
「師匠はどうしたのだ?」
「呼びかけても答えないネ」
「よく分からないがアンチェインドの件もある。帰ったらリペアセンターで精密検査を受けるが良い」
ラプチャーと戦っていた不死の軍勢も戻ってきていた。ラプチャーの多くは打ち払い、残りはヘルメティカが戦死したことで後方に下がった。おそらくは後継者を決める腹積りであろう。
掌握済みのヘレティックボディがサイドワインダーを拾いあげるとケイトの頭部に銃剣を突き立てる。
「!?」
「もしかするとヘルメティカの残滓が残っているかもしれん」
まるで吸血鬼退治だ。遺体に刃を差し込んで完全にトドメをさす光景は、惨いの一言に尽きる。
「……掌握した。先輩の体はもう安心だ」
シャロンはサイドワインダーをひったくると、大事そうに抱きしめた。これはケイトが生きた証なのだ。
「じゃあ、あとは帰るだけネ」
「そうだな。オマエだけでもアークに帰さねば」
「何を言ってるカ!?」
いきり立つシャロンを、アタナトイはヘレティックのボディ二体で羽交締めにした。
「嫌だヨこんなの!」
「気にするな、私がもう限界なだけなのだからな」
最後の力を振り絞り、アタナトイは巨人化する。その過程でシャロンはニケのパーツで球状に包み囲まれてしまった。
「方角は、この辺りで投げればエレベーターまで行けるな」
「無事に済む訳ないダロ!?」
「うおおおおおおおおおお!」
見事なオーバースローで、シャロンを投げ飛ばす。みるみるうちにシャロンと一部のニケボディ達は闇に消えたのであった。
「ようやく静かになった」
そう言いながら能力の大半を解いて、アタナトイはケイトの遺体のそばに座り込んだ。
まとまった衣装を焼き払われたアタナトイだが、ハンカチくらいは持っている。むしろ、指二本で上手いこと物事をやり切る方がツラい。
このハンカチは、頭部がはち切れ無惨な姿になったケイトにかけられた。
「先輩の顔がなんとか見えるようにしてと……上手くいかないのは許して下さい」
最後に目を閉じさせると、なんとか穏やかな死に顔にすることが出来た。能力を使えばもっと簡単なのだろうが、流石にそれはする気にはなれない。
月明かりもなく、満天の星空である。
流れ星がふたつ流れた。
「そうだなぁ、今度生まれ変わったら、銀河を手に入れるというのは如何ですかね?」
ケイトのKを口が発音する瞬間、アタナトイもといアストリットは、その百年近い壮烈な生涯を終えた。頭上には太陽が生まれていた。
エピローグ
「無事に終わりました」
アルテミスの未来視を偵察機代わりに、中央政府軍は短距離核ミサイルの発射を成功に導いた。弾頭の再製造から、発射地点の確保ーー気鋭の新星が少数精鋭のニケ数名で任務を達成しているーーまで気の抜けない展開が満載だった。しかしながら、現状自分達の脅威になりうる存在のひとつ、いやふたつを同時に処理出来た事に実行部隊や管制センター、政府のお歴々に至るまで満足していた。
「大地は汚染されますが、ラプチャーも入るのを嫌がるなら実質奪還したも同然ですな!」
「いやぁこれで一安心。アークは安泰というわけだなガハハハ!」
副司令官達がそう言った瞬間、近くで仕事をしていた量産型ニケが崩れ落ちた。
「おい貴様、何をしている?」
直ちに別の量産型ニケが体を起こすと、急に悲鳴をあげたのである。
「この子、脳が入ってない!?」
副司令官や政府首脳部は愕然とした。このあとも似た報告が各所にて相次いで発生したのである。
「いつも見ていたし、いつでも殺せたという事か……」
安堵と戦慄を同時に味わい、副司令官のひとりはこう総括した。
「勝手に地上に上がるなと言われなかったか?」
そう言ってきたニケの兵士に対し、男は無言で自身の身分証を提示する。地上で哨戒を担当していた量産型ニケはびっくりしてそそくさと立ち去ってしまった。
「ねぇ、ヒマだからってルールをやぶっちゃダメだよ?」
少女型のニケがあとから男の下にやってきた。
「モモ。私は見てみたいんだよ」
男は白衣にサングラスをかけている、初老の中年である。名前はエンデ。中央政府管轄下の生命科学研究所ニケ研究課主任研究員である彼の興味は、ティアマト達義勇軍であった。
恐らくあれほど強化されたニケの個体群は、将来にわたってそうはお目にかかれないだろう。ツテでも得なければ勿体無いというものだ。
だが、彼が乗ってきたエレベーターは、彼女達が帰還しているものとは位置が違っていたようですれ違いになっていた。そうとは知らず待ちぼうけをくらっているという話である。
「来ないね」
「エレベーター発着場を間違えたか?」
「でもいいよ。エンデと夜空が見られるから」
「お前はなんでも楽しめていいな」
星座や北極星を探し当てたりしていると、突然眩い光が空を覆った。
「キャア!」
「これはティアマトか? いや違う!」
火球が消滅して数分後、大音響と大風が彼らにも押し寄せてきた。
「核兵器!! ニケどもが哨戒していたのはこういうことだったのだな。久々の産声だなハハハハハ!」
エネルギーを反射するラプチャーのせいで相互確証破壊が成立してしまい、そうそう撃てなくなった悪魔の兵器を人類側は久しぶりに使用したのである。
「まぁ怖い。大丈夫かな?」
「距離は数百キロは離れているが、風向き次第では放射性降下物がくるだろう。モモ、帰るぞ……」
「アブナイ!」
そう言いかけて、エンデ達は空から降ってきたニケ達に遭遇した。銃剣付きライフルは地面にしっかりと突き刺さり、大量のニケの遺体があたりに四散した。
「ハハハハハ! コイツは愉快だ!」
「エンデも、楽しそうだね?」
死にかけたというのに爆笑しながらエンデはあたりを物色していた。散乱しているニケのボディにはある特徴がある。存在すべき頭部がないのだ、ひとつを除いて。
「コイツだけ頭があるのが一層面白い」
シャロンの頭を掴みあげ、色々眺めていたエンデは、さらに傷ひとつないボディがふたつあるのを発見した。
「ついでにこのボディは、ヘレティックじゃあないか。ハハハハハ、最高だ。楽しくなってきた!!」
興奮は最高潮であり、彼は勃起していた。
「モモ、そこのボディふたつ持ち帰れ。私は頭を持つ」
「あの銃は要らないの?」
「知らん。墓代わりにしとけ」
サイドワインダーを無視して、ふたりはエレベーターに乗り込んだ、宝物を手にして。
手が塞がっていたのもあるが、もしあの銃に手を伸ばしていたらどうなっていただろうか?
モモはそう思った。
サイドワインダーはそのまま、無名戦士の墓代わりに突き刺さっていたが、長い年月とともに朽ち果ててしまった。それでも銃剣は青白い輝きを土の中で保ち続けていたのである。
ある日地上に、見窄らしい男が鉄くず集めをしに現れた。彼はアウターリムに住まう被差別身分のアウトローであり、それ故危険極まる地上に出てきているという次第である。
彼には学もなく、錆びついたサイドワインダーも墓ではなく資源にしか思わなかった。故に気にせずに引き抜いた。青白い光を放ち続ける美しい銃剣に気づいた彼は欣喜雀躍し、すぐにブラックネット経由でこれを売り払った。彼は一瞬だけ金持ちになったが、贅沢を続けるうちにあっさりと金は尽きてしまった。
青白い銃剣はやがて、なんでも斬る妖刀として恐れられ所有者を転々とするが、あるロイヤルの軍人家族に守り刀として買い取られることになる。
死闘から六十年後。
北部基地にひとりのニケが赴任してきた。その名はトーブ。
「今後ともよろしくお願いします!」
アンリミテッド部隊の中核メンバーであるアリスも大喜びだ。
「ハイッ! ヒヨコさんよろしくおねがいします!」
「ヒヨコさん?!」
トーブはもう渾名が決まりびっくりするものの、純粋無垢なアリスはその美しい金髪かスーツのオレンジ色からヒヨコを想起しただけだ。
「慣れない土地で会社も違うから、最初は苦労すると思うけれども困り事があればすぐに相談なさい」
部隊長ルドミラはそう言いつつ、トーブに就任祝いの花束を手渡した。
花束と言っても寒さ厳しい北方の地であるから、立派なものではない。少し南下した先にある山の花畑でアリスやネヴェ達とともに採集した様々な花を集めたものだ。
色とりどりの花は山から北上した高放射能汚染地域まで広がっている。虫や動物、鳥などが種子や花粉を営々と運び続けたたまものだ。また、爆心地も時間経過以外に花々の繁茂も相俟って残留放射線も低下しつつある。
何故その地がそうなっているかはルドミラ以外誰も知らないし、彼女もまた詳しいことはわかっていない。だが今はまだ化外の地ではあるものの、いつか必ず人類の下に帰ることだろう。
(了)
さらに年月を経て人類は地上を奪還した。そしてアークの機密文書庫が開封された。それ以前から、とあるニケの集団が義勇軍を組織して戦った旨の話は言論統制の只中でも講談のネタレベルで細々と語られていたが、史料に乏しく歴史家はこれを疑問視していた。
これに対し、高級指揮官クラスのニケが当時の記憶をその時点で上書きするのをやめて保存していたものが提出され一気に信憑性が増していたところに、重厚に敷設された地雷源の詳細な地図が発見された。さらにその地点から多くの不発地雷並びに大量のラプチャーの残骸が出土したことから、これらはほぼ間違いないと考えられるようになった。
第二次地上奪還戦はニケの戦闘方式にも大きな画期となった。大きな被害と資源の浪費をもたらしかねない大量動員時代は終わりを告げ、指揮官が少数のニケを持ってゲリラ的に戦うドクトリンが考案された。
そんな中で、開戦初期に果てた多くのニケ達は、所詮は時代の徒花だったのだろうか?
いや違う、そうではない。彼女達の奮戦もまた賞賛されるべきであるとして、歴史愛好家たちによって多くの英雄譚が生み出され続けている。ただひとつ通常と違うのは、その英雄達は今なお生きており、人類の平和を静かに見守り続けているという点であった。
(完)
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